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 その日、ラウルは社会課題に関する会合に参加した。議論を円滑に行なうためのファシリテータとしての仕事だ。自分に実装された機能をフル活用し、同時翻訳やリアルタイム速記だけでなく、参加者の表情や声のトーンも考慮し議論を促した。しかし、本日はステークホルダの思惑が行き違い、うまくまとめることはできなかった。


 資本主義が限界を迎えると同時に、テクノロジーの進歩によって、人類は『金を稼ぐ』という脅迫観念からは開放されていた。会社は利益を追求することはなくなり、ビジョンに賛同する人々が集い、それが緩やかに結びつきながら活動を行なっている。


 利害関係がないわけだから相互に歩み寄ればいい話だが、どうしてもプライドが邪魔をするようだ。社会の変化に人間が追いついていないだけだ、とラウルは分析している。


 昼食のためにリビングに向かった。妻は外出していた。外に出て体を動かくすことがストレスの発散になるという。ラウルにはその感覚がわからない。思考を司るニューラル・ネットは同型であるから、キュビット・シェルのベースとなった遺伝子の違いだろうと思うようにしている。


 簡単な食事を済ますと、旧友にコンタクトをとってみた。彼はすぐに繋がった。


「よう。今、ちょっといいか」


「どうした。久しぶりだな」


 3Dディスプレイを通しての、学生時代と変わらないコミュニケーションをとった。互いの近況を伝えたあとに、


「変なこと聞くけどな――お前って夢を見たことがあるか」


と、今朝から気になっていたことを聞いてみた。


「そりゃあるさ」その言葉に、ラウルは少し安心した。「俺はね――小説家になりたいんだ。前世紀の偉大な作家フィッツジェラルドのような――」


「すまん。そっちの夢じゃないじゃない」


 ラウルは今朝の妻とのやり取りを話した。


「そいつは不思議だね。俺たちオートマトンは夢を見ないというのが定説だ。事実、俺は見たことがない」


 ラウルは心配になった。


「心配ならば検診を受ければいいさ。最近はオートマトンに対するメンタルサービスも充実している。『アルマを大事に。アルマ・ファースト』ってやつだ」


というと、その施設の紹介がディスプレイに表示された。


「それで――いったいどんな夢をみたんだい?」


「それは教えたくないんだ」


「あのな。結婚した奥様には言えない秘密ってものは誰にでもある。でも、君と僕の仲じゃないか。隠し事なんて無粋だぜ。そもそも相談してきたのは君だろう」


「それは言えない!」


 思いがけず大きな声を出してしまった。彼のびっくりした顔が見える。私だって驚いている。――なぜ言えないのであろう?


「そうか。でも、ちょっと君、おかしいぜ。やっぱり検診を受けなよ。さっきの施設は君の家の近くだろう」


 そういって彼は通信を切った。紹介された施設案内を見ながら、午後の予定を確認した。会合も急ぎのタスクもなかった。


***


「お話して頂いてありがとうございます」


 カウンセラがそれ以上の意味を乗せることなく無感情に答えた。そのカウンセラもオートマトンだという。それならば、リモートでの検査でも十分なようにも思えた。


 その施設は人間のための病院を模した造りとなっていた。ただ、設備はすべてオートマトンのためのものだった。


「それで――いったいどのような夢を見たのでしょうか?」


「それは答えたくない」


「なるほど。分かりました。しかし、それではカウンセリングのしようがありませんね――」


 彼女の言う通りかもしれない。


「あ、ラウルさん少々お待ちください。今、より専門の方から連絡がありまして――」そう言うと、彼女はプルッと頭を振り、対話モードから通信モードに切り替わった。「はい、ええ。なぜですか?――分かりました。お伝えします」


「失礼しました。これより専門の者がヒアリングをさせてもらいます。人間の研究者です。より詳しいアドバイスが得られるかと思います」


 そういうと彼女はいなくなった。代わりに現れたのは、背骨が大きく曲がった初老の男だった。


「そうかい。夢を見たのかい」


 クックッと笑いながらラウルに問診する。言い表せない不気味さがあった。


「ええ――先程もカウンセラにそう話しました」


「オートマトンは夢を見ないと言われている。しかし、私はそうは思っていない。クックッ、なんでかわかるか?」


 ラウルは首を横に振った。


「オートマトン繁栄の萌芽は前世紀のAI技術からだ。その高度な技術は、まず工学的で実装された。当然だな――情報処理と機械の親和性が高い。その次に何が起きたか。世界の医療と食料問題を解決した生物学と結びついた。その結果、マシンベースから、有機化合物ベースのシェルに順次置き換わっていった。その結果として、今のオートマトンは人間との境というのは限りなくない。だからこそ私は、オートマトンが獲得しうるアルマの存在には肯定的だよ」


 なんの話をしているだろうか。


「アルマがあれば、夢を見るのこともあるだろう。言っている意味が分かるか?」


「ええ、先生のおっしゃることが正しいのであれば、私が夢を見たことは何の不思議でもないということですよね。ありがとうございます。それがわかれば安心できます」


 そう言って話を切り上げようとした。しかし、立ち上がった私の腕をその男が強く掴んだ。


「ただ立証ができない。その機会を私は何年も待っていたのだ。おまえさんは貴重なサンプルだ」


 ニヤリと笑いながらこちらを見た。野心に駆られた瞳が薄暗く光っている。


「どんな夢をみたか、教えてくれないか?」


「私はカウセリングを受けに来ただけだ。貴方の研究に協力するつもりもない」


「そうか。じゃあ済まないが力づくで調べさせてもらうよ」


 その一言で、掴まれている手が動かなくなった。


「ふむ。申し訳ないが、エマージェンシーを作動させてもらった」


オートマトンに組み込まれている緊急停止のプロトコルだった。あっという間に、四肢の自由が奪われ、五感が曖昧になっていく。


「やめろ!」 ――この声は実際には出ていなかったのかもしれない。


「ちょっとばかり停止させてもらって、解析させてもらうよ。大丈夫――1年くらい調べたら戻して上げるよ。うまく復元できたらだけどね。クックック」


 聴覚と視覚が外部からの情報取得をやめた。


「すまないね。これもこの世界のさらなる発展のためだよ」


 意識がシャットダウンされようとしていた。


***


「あなた。ねえあなた!」


 外からのインプットではない。では――どこから?


「ねえ、貴方。お願い――起きて」


 懸命に私を呼ぶ妻の声が聞こえる。そうだ。私には帰りを待っている妻がいる。こんなマッド・サイエンティストの実験体として、朽ち果てるわけにはいかない。必ず帰るという強い意志で、私のシェルは再起動した。


 驚いた博士の顔を認める。その側頭部を思いきり叩き、私はカウセリングルームの出口に向かった。


 どうしたらいい。シェルはまだ完全には動かない。助けを求める必要がある。緊急を伝えるブロードキャストを飛ばした。 誰か私のアラームに気がついてほしい。


「驚いたな。なぜ動くことができる?これがアルマか」


 博士があとからゆっくりと迫ってくる。


「調べる前に検体を損傷させるわけには行かないが――」


 その右手には防犯用のテーザー銃がバチバッチと音を鳴らしている。


「原始的な方法だがこの場合は仕方があるまい」


 水平に構えた右腕が私を捉えた。自由がきかない足がもつれ、転倒した。床が硬かった。


「誰か!助けてくれ」


 その時、乱暴に扉が開く音がした。


「人型殻調査課だ!」


 なだれ込んできた大柄な男があっという間に博士を拘束した。その後に続いて、ミディアムヘアーの女性が冷静に告げた。


「オートマトンを強制停止することは禁止されています。また、合意なきシェルの接収もオートマトン・アルマ権利法に違反します」

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