第20話 刻印がある高い剣と刻印がないけど安くていい剣。君ならどっちを選ぶ?
ボットムの商店街へ行くといろいろなものが売っていた。
魔法の水晶や、絨毯、なにに使うのかわからない壺や武器に防具。
僕は今まで本当に必要な物以外、買うことができなかった。
いや、必要な物であっても買うことができなかった。
だから、商店街を歩く時僕はいつも俯いて歩いていた。
知らなければ欲しくなることもない。
こうやって、じっくり商品を見れるのが新鮮だった。
クリーンでキレイになったおかげで、今日は品物を見ていても店主から怒鳴られることはない。
自然と頬が緩む。
「テル、なんかとても楽しそうね?」
「うん。ボットムの商店街をゆっくり見ながら歩くなんてなかったからね。僕はいつもお金がなかったし、臭いが特にひどかったからいつも商店街では怒鳴られていたんだ。だから、下を向いてできるだけ早歩きで通りすぎていたんだ」
いつもと同じボットムの商店街なのに、僕にはそれが新しい街に来たかのようにすべてが輝いて見えた。
だけど、そんな僕とは対照的にノエルは少し疲れたような表情をしていた。
「ノエル……疲れた顔してるようだけど……?」
「心配させたわね。こんなこと今までなかったんだけど、私も少し疲れているみたいで。最初に武器屋へ行きましょうか。さすがに私用の剣が1本もないと手元が寂しくて。剣が手に入れば少しは気持ちもかわると思うわ」
「わかった。武器屋だったらあそこかな」
僕は今まで入ったことはないけど、腕がいいと噂の武器屋へと案内した。
外観は……僕の家よりは少しマシくらいのお店だ。
でも大切なのは見た目よりも中身だというのはみんな知っている。
「テル……ここが武器屋なのか? 看板がかかっていないし、なんていうか……」
「人と武器屋は外見ではわからないものですよ」
僕はかまわず扉を開ける。
いつもだったら外から眺めることしかできなかったが、今日はお客さんとして堂々と店内にはいれるのだ。
「いらっしゃい。適当に見てってくんな」
「ありがとうございます」
僕は元気にあいさつして、ノエルの手を握って室内に引っ張り込む。
「ちょっと!」
ノエルも普段入らないお店は緊張するようだ。
武器屋には外観とは違い、手入れの行き届いた武器が壁全面に飾られ、わけあり品と書かれた剣の墓場のようなものまである。
値段は……最低3万ルルンからだった。僕と母さんの一カ月半分の生活費だ。
僕には手がでないが、ノエルなら買うことができる。
なんといっても30万ルルンも持っているからね。
「手に取ってもいいですか?」
「いいぞ。ただし試し切りは無しだぜ坊主」
「わかっていますって。ノエル、大丈夫だってよ?」
「あっ……うん……ほへっ? ここってボットムの武器屋だよね?」
「なんだ嬢ちゃん、俺の店の商品に文句がいいたいのか?」
今までも無愛想だったが、店主の表情が曇りさらに無愛想な言い方をしてきた。
別にノエルは悪気があったわけじゃないけど、ボットムの武器屋だと言われたことで馬鹿にされたと思ったのか少しイラっとしているようだ。
店主の顔が怖い。
「いやいや違うんです。これって……見間違いじゃなければロバテリウス作の剣じゃないんですか? しかも他で買う値段の10分の1。いや、でもこんなみ……あっうん。売ってるわけない……か」
ノエルがこんな店と言いかけたところでやめたが、店主の顔はどんどん険しくなっていく。
「嬢ちゃん、どこ出身だか知らないが、なかなか失礼なやつだな。見てわからないのか?」
「見てわかるから説明がつかないんですよ。もしかして……盗品?」
「坊主、この失礼な嬢ちゃん叩きだしていいか? 温厚な俺でもいい加減キレるぞ」
店主はイライラが段々溜まってきていたのか、指で机をトントンと叩きだす。
「ごめんなさい。ほら、ノエルも余計なこと言わないの!」
「だって……」
「はぁ、まぁいいさ。種明かしをするとだな。柄の部分を見てみろ」
ノエルは手に持っていた剣を下げ、柄の部分に目をやると驚きの声をあげた。
「紋章がない! やっぱり偽物か! いや、でもこの独特な刀身は……」
「そう、それはロバテリウスが作ったものに間違いないが、ボットム仕様でわざと彼の紋章が入ってないんだ。彼は金があるところからぶんどる主義だって言って未だに安く卸してくれているのさ。それでも、こっちでは高級な剣に分類されるけどな」
「まさかこんなところで名品と出会えるとは」
ノエルはとても嬉しそうに剣を手に取って眺めている。
これで少しは元気になってくれれば嬉しい。
「嬢ちゃん一応言っておくけど、これは紋章がないからロバテリウスの剣としては売れないからな。あくまでも似たような剣ってことだけは覚えておいてくれよ」
「もちろんですよ。これと、これください」
「はいよ」
ノエルは長剣を1本と短剣を1本購入し、短剣の方を僕の方へと差し出してきた。
「これはテルへのプレゼントだ。ナイフを1本折ってしまったからね」
「僕に……ですか?」
「そうだ。遠慮せずに受け取ってくれ。テルならこの剣を使いこなしてくれるに違いないからな」
僕は両手で短剣を受け取る。今までもらったものの中で一番ドキドキしている。むやみやたらに振り回したらいいけないのは知っているけど、僕は何度も、出したりしまったりをしてしまった。
「ありがとうノエル。この剣があれば僕もノエ……魔法騎士になれるかな?」
ノエルが騎士であることは、今は秘密だと思い出し、それ以上は言うのをやめた。
「うん……一つずつ進んでいけばいいのよ。夢と自分との間にある差を知って何が足りないかがわかればそれを埋めていくの。そうすればいつの間にか夢は叶っているわ」
ノエルはそう優しく僕に言ってくれた。
ずっと否定されることが多かった僕は、否定されないだけでもとても嬉しかった。
僕は大切に剣を抱きかかえる。
初めてこんな高価なものをもらい、ドキドキが止まらなかった。
でも、僕は浮かれていてノエルの異変に気が付いていなかった。
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