第10話 人を襲いたくさせる、眼帯からでてきた蛇

 男の拳がゆっくりと僕に近づいてくる。




 ん? ゆっくりと? わざとこんな遅く殴ってきているのだろうか?




 カムロンの剣をいつも受けていたり、騎士団の動きを見ているせいか彼の動きには覇気を感じないし、なんというか軌道も大雑把な感じだ。




 こんなパンチでは力をうまく伝えることができない。


 避けてもいいんだよね?


 殴られるのは嫌だし……避けよう。




 僕は彼が何度も殴ってくるのを、小刻みなステップを踏んで避けていく。


 ふざけているようには見えないけど……もしかして、カムロンが大きな盗賊団とは言っていたけど、ここではないのかもしれない。




 だって、カムロンの部下がこんなに動きが遅いわけはないのだから。


「はぁ、はぁ、ちょこまかと動きやがって」


「これだからゴリラはだらしないな。俺が仕留めてやるよ」




 そう言ってきたのは先ほど蹴りを放ってきた奴だった。僕は少し警戒しながら彼の動きを観察する。左の肩がゆっくりと後ろに下がり、右足が僕の方へ向かってくる。




 先ほどは油断をしてくらってしまったが、ちゃんと見ればなんてことはない。こんなにのんびりな蹴りを受けたのかと思うと少し恥ずかしくなってくる。




 いや……もしかしてこれはわざとゆっくり攻撃して僕がカムロンに会う資格があるのかを試しているのか?




 最初は大振りだった蹴りのスピードが徐々に速まり、前蹴り、ローキック、回し蹴り……多彩な蹴りにシフトしてきた。




 今まで訓練でカムロンと剣で打ち合ったことしかなかったが、これはこれで楽しい。


 今まで戦ことが怖いと思っていたけど、全然そんなことはなかった。




 これで僕が手をだしたらどうなるんだろう?


 彼は受け止めてくれるのだろうか?


 僕が軽く手をだそうとしたところで、一人の女性がやってきた。




「いったい、なんの騒ぎをしているんだい!」




 優月のうさぎ亭の奥の部屋からでてきたのはボディラインがくっきりとわかる服を着た女性で、左目には兎の眼帯をしている。




 でてきた瞬間に部屋の中がピリつく空気感と眼帯に描かれた可愛い兎にアンバランスな印象を受ける。




「お頭、コイツが急に来て会いたいって言いだして、少し遊んで……ハァ、ハァ、ハァ、やっていたんですよ」




「遊んでやったって言う割にあんたの方が息あがっているんじゃないの。まったくこんなガキ一人に何を考えているんだか。あんた一体私になんの用だい?」




 お頭だと言ってでてきたのはカムロンではなかった。


 これはまずい。僕は本当に違った盗賊団に来てしまったようだ。




「あのすみません……ここの盗賊団のリーダーがカムロンって人かと思って……その間違って……来てしまったといいますか……」




「カムロン? 誰かこの中でどこかの盗賊でカムロンって奴を知っているかい?」


「この近くの盗賊団の奴らで有名な奴はだいたい把握しているけど聞いたことないですね」




「俺もないな。まぁお頭に似た怖い奴なんて、そうそういないけどな」


「本当だよな。うちのお頭みたい怖い人そう何人もいてたまるかっていうの」


「違いない。ハッハハハ!」




 男たちは楽しそうに話をしているが、リーダーの顔色が読めてないようだ。


「今無駄口叩いていた奴ら全員相手してやるから、かかってきな! 今日は虫の居所が悪いんだ」




「お頭やめてください。あいつらも冗談ですから。バカお前ら今日はあの日だ! 今すぐ謝れ!」




 彼女の眼帯をしている目から、紫色のドロドロとした魔力とともに、蛇の形をした魔法がでてくる。一目見ただけでわかる。かなり危険なものだ。




 蛇は彼女の首に巻き付きながら、彼女自身に威嚇している。


 彼女を守っているというよりは……怒りに反応して彼女を苦しめるのが目的のようだ。




「あぁ! イライラするねぇ!  ここにいる奴ら……全員……殺してやろうか……」


 彼女は眼帯を手で抑えながら頭を抱えるようにしている。


 きっと彼女も自分と戦っているようだった。




「あぁイライラする。あんたら早くこの店から出ていきな」


「お前ら、逃げろ!」




 屈強な男たちがお店から逃げ出していく中で、僕は蛇に視線がいっていたせいか、逃げ出すタイミングが一瞬遅れてしまう。




 他の人にはあの禍々しい蛇の姿が見えていないのか、誰も蛇のことに触れる人はいなかった。


 それとも、これがあたりまえのことなのだろうか?




 一番最後に転がりながら逃げていくおじさんを捕まえて、僕は目からでている蛇のことを聞いてみる。




「おじさん、あの蛇なに?」


「何を言ってやがる。ついに気が狂ったか? 蛇なんてどこにいるんだよ。いるのは蛇より怖い頭だけだよ」




「だからあれだって」


「このクソガキのせいで、お頭のスイッチが入っちまったじゃねぇか。こいつを生贄にすれば落ち着くか?」


 けっして彼女が怒りだしたのは僕のせいではない。




 でも、彼女の意思で暴言を吐いているというよりも、彼女の目からでている蛇の影響をかなり受けているようだった。


 蛇は彼女の耳元で何か囁いているようだった。


 その声のせいで彼女の顔はどんどん歪んでいく。




「お前らみたいな使えねぇ部下を持った私が……どれだけ我慢をしているのかなんでわかんないんだよ! あぁイライラする。今日こそはやっぱ殺しちゃおうかなぁ」


 腰につけていたモーニングスターという先端にトゲトゲのついた棍棒のような武器を思いっきりテーブルへと叩きつけると、テーブルは一瞬で粉々に砕け散った。




 彼女の眼帯をしていない右目からは、涙が溢れ出ている。


 彼女の顔は左右で非対象な顔つきをしていた。眼帯側の方の目は喜んでいるような笑みを浮かべ、反対側の顔は悲しそうな顔をしている。




 一つの身体を左右に分けて精神があるようだった。


 もしかしたら、本音では彼女はこんなことをしたくないのかもしれない。


 あの蛇が悪さをしているなら引っ張りだしてやればいいのか……?


「アァァァァー! この怒りを誰にぶつければいいんだ」




 正直なところ、かなり怖い。


 だけど、少なくともこのまま放置はしてはいけないとわかる。




 このままにしていたら、彼女が死んでしまう。

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