第8話 たった一人の僕が彼女を助けるためにできる唯一のこと

 彼女の着ていた鎧の胸には双頭の鷹のマークが描かれていた。


 あの遠目にいつも見ていた女性が今目の前にいる。


 だけど、彼女はどうやら追われているようで……なんとも複雑な気持ちだった。素直に喜ぶこともできず、僕にはその感情をどう表現していいかわからなかった。




 さて、どうしたものか。 


 もちろん、ダドとドダに引き渡すなんて選択肢はない。




 かと言って死にそうな人をこのままここに捨てていくわけにもいかないだろう。


 心のどこかで面倒ごとに顔を突っ込むなという声が聞こえてくる。騎士団が追いかけているような女性を助けたりしたら、間違いなくこの場所にだって住むことができなくなる。




 だけど……僕はいいことを思いついた。


 彼女が騎士団の人だって知らなかったことにしておけばいいか。 




 僕は彼女の鎧を脱がし、腰につけていた剣などもすべて外す。


 剣はいかにも特別な剣といった感じだった。




 僕が手に持つと、まるで吸い付くようにマッチする。


 これが魔剣というものなのかもしれない。




 見つからないように川の端にある大岩の間に入れて入口を石で塞ぐ。この辺りは毒ガスが時々噴き出していることがあり、ボットムの人間でも近づくことは少ない。 




 僕は……身の危険よりも人にあわないことを優先している。




 ここに武器などは隠しておき、もし彼女が死んだとしたらカムロンに引き取ってもらえばいいだろう。きっといい値段になるはずだ。




 盗賊団のリーダーなら、売れない鎧だってきっと金属分の値段で買い取ってくれると思う。


 鎧を脱がすとかなり鍛えられているが、出るところはでて、締まっているところは締まっている。僕はできるだけ色々と見ないようにする。




 それにしても……近くで見るとよけにキレイな人だった。


 ドキドキしてしまうので、できるだけ直接みないようにして背負うと、僕は静かに家まで走った。




 知らないフリをすると言っても、ドダとダドに見られたら一発でアウトだ。




 それにしても……ドブ川を流れてきたはずなのに騎士団の女性からはとてもいい匂いがしてくる。




 普段ゴミ溜めの匂いばかりだったので余計にそう感じるのかもしれないが、その香りが僕を余計にドキドキさせた。




「ただいま」


「おかえりテル、魚釣れなかったのかい?」


「そうなんだ。だけど、倒れていた人がいて……助けてあげたいんだけど……でも、助けたらお母さんにもっとひもじい思いをさせることになるかもしれないんだけど……」




「テル……優しい子に育ってくれて嬉しいかぎりだよ。困っている人がいれば助けられる範囲で手をだしてやるべきだよ。優しさを恩に思わない人もいるけどね。でも、誰かに優しくしてやることは少なくとも自分のまわりを幸せにすることにつながるからね。幸せな環境っていうには自分で作るしかないんだよ」




「良かった。そう言ってくれると思っていたよ。あの赤髪の騎士団長覚えてる?」


「赤髪の騎士団長……? もしかして塔から見ていたときに目立っていた女性かい?」




「そう! あの人だと思うんだけど、川に流されてきていたんだ。とりあえず身体を暖めないといけないから火をおこすね」


「そ……そうしてやってくれ。そうか……あの子が騎士団長に……」




 僕はダドたちがこの人を探しているということを言えなかった。


 それを言っても追い出されることはないと思うけど、わざわざ心配を増やす必要はない。




 彼女をここに置くことで、この家を危険にさらすのはわかっているけど、僕は彼女に憧れていた。




 僕が普段寝ている場所に彼女を寝かし、火を起こしてから、できる限り身体から水分を拭きとってやる。彼女はシバリングをおこしており、あのまま放置していたら大変だったかもしれない。


 俺の万年床では臭いかもしれないけど……命にはかえられない。




 あとは……どうしようか?


 こんな場合に周りとの付き合いがあれば相談もできたのだろうが、残念ながら周りに頼れる仲間もいない。




 となれば……カムロンを探すのが一番かもしれない。カムロンはなんだかんだでできる男だ。この女騎士のこともどうにかしてくれるかもしれない。




 普段カムロンがこっちにくるばかりで、僕から彼を頼りにしたことはないが、騎士団から逃げることができるような盗賊団なのだから、彼女をかばうことくらい朝飯前だろう。




 この近くの盗賊団だと有名のなのはカンデル盗賊団が一番有名だった。大小混在した盗賊団の中でも頭領は比較的若いという話を聞いたことがある。




 たしか根城はボットムの中でも比較的裕福な人が住んでいるエリアだったはずだ。名前は……優月のうさぎ亭という食事処だった気がする。




「母さん、ちょっとカムロンのところへ行ってくるね」


 母さんはいつの間にか眠ってしまったのか、まったく返事がなかった。まぁすぐに帰ってくれば問題ないだろう。僕がここにいて彼女にできることはない。


 できれば彼女が起きる前に戻ってきたいところだ。

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