第7話 川を流れて来た元騎士団長、このまま流してしまうべきか悩むー。
カムロンの股間が大変なことになってから数日、カムロンがまた家にやってきたがカムロンの様子が明らかにおかしかった。
なにか心配事があるのか、いつもの明るくて、僕の態度にも寛容に接してくれるカムロンではなかった。
「カムロン、何かあったの?」
「えっ……別になにも……」
「そっか。せっかく兄として認めてあげようかと思ったけど、アレもなくなったし、カムロン姉さんって呼ぶしかないかな」
「誰が姉さんだ! 俺のは回復薬のおかげで九死に一生を得たんだよ! はぁちょっと色々と忙しくなってこっちにしばらく遊びにこれなくなりそうなんだ」
「盗賊団の方が?」
「あぁ盗賊団に裏切り者がでたんだ。俺の直属ではないんだけど、それがまた面倒で。リーダーとしての資質を求められているような感じだな。俺の才能にかかればあっという間に組織をまとめるなんてことは簡単なんだけどな。しばらく食べ物を持ってきてやれないから、それが心配で」
「そんな心配は大丈夫だよ。少なくともカムロンよりは魚を釣るのは上手いし、幸いにも鎧ネズミは沢山いるからね」
「あぁ、しばらくお前と一緒に剣の訓練ができないことを考えると寂しい限りだぜ」
「カムロン姉さん大丈夫だよ。姉さんがさぼっている間に姉さんには触れられなくても倒せるくらいまで強くなっているから」
「勝手に言っていろ。すぐに問題を解決してやるからな。それと、俺たちとは関係ないけど、色々あって騎士団の動きも活発になるみたいだから気をつけろ。あいつらボットムの住民を人とは思っていないから、八つ当たりだけで殺されかねない」
「カムロンは心配性だな。元々騎士団だけじゃなくてもこの街は弱肉強食なんだから。むしろこの街を歩き回る騎士団の方が危険じゃない。むしろ盗賊のリーダーなんだから捕まって処刑されないようにね」
「あぁそうだな。兄が死んだから悲しむ弟がいるからな」
「そうだね。姉さん」
カムロンはなにか本当はもっと言いたいことがあったのかもしれないが、少しカラ元気をだして帰っていった。言いたくないことを無理に聞き出すことはない。
それを聞いたところで、それが本当のことなのかを確かめるすべは僕にはないのだから。
ただ、心の中では少しだけ応援しておく。
『カムロン兄さん頑張れ』
さて、カムロンがたまに届けてくれていた食べ物が手に入らないとなると、鎧ネズミの食事がメインになってしまう。
僕が毎日鎧ネズミを食べるのに抵抗はないけど、母さんにはたまには美味しいものを食べさせてあげたい。でも、騎士団がボットムの街中を歩くなんてなったら、残飯を漁っていたりしたら、八つ当たりで命までとられる可能性もある。
街の外に魔物を狩りに行ってもいいが……意外と一人では効率が悪いし、協力を頼める相手なんてのもいない。
となると……魚釣りに行くか。
どうも今日は天気が悪くなりそうだ。嵐でも近づいてきているのかもしれない。
ヘドル川ではクセも臭いもかなり強い魚を釣ることができる。
もちろん、美味しくはないがお腹を満たすには十分だ。
僕が釣り竿を持って家からでると、家の近くにドダとダドの兄弟がやってきていた。
僕はいつものように急いで身を隠すが、今日は石が飛んでくるような気配がない。
油断させるつもりだろうか?
それにしても……二人が川に近づくのも珍しい。
僕を見た瞬間に石を投げつけて来なかったのも初めての出来事だった。
何かの作戦だろうか? いや、あの兄弟に作戦を考えるような頭はない。どうしたものかと考えていると、向こうから声をかけてきた。
「おい、ゴミ溜め今日はお前が役に立つ機会を与えにきてやったぞ。喜べ」
「ちゃんと兄さんの言うことを聞いて喜べ」
なにか街であったらしい。この弱い者いじめが好きなこの兄弟が僕に何かを依頼するなんて天変地異の前触れでしかない。
「なにか用? 僕はこれから魚を釣りにいかなければいけなくて忙しいんだ」
「この辺りでもし、変わった女を見つけたら教えろ!」
「変な女を見つけたら教えろ!」
弟のドダが繰り返してくるのがウザいが、普段からこの街のルールに従っていない僕たちは、これ以上悪目立ちしていいことはない。
「どんな女性? 年齢は? 身体の特徴は?」
「年齢は16歳、特徴は赤い髪の毛だ。元この国の騎士団長まで最速で上り詰めた女らしい。手負いらしいが、お前が見つけたら倒そうなんて思わずに報告しにこい。見つけてもお前のような虫けらじゃ一瞬で殺されるだけだからな。お前が死ぬのはこの世のためになるが、女騎士を逃すのはお前の命よりも重い」
「見つけたら声をかけろよ」
「わかったよ。どこかで見かけたらすぐに言うよ」
「言うよじゃなくて、声をかけさせてもらいますだろ? 俺の石魔法で身体中穴だらけにしてやるぞ」
「あぁわかったよ」
絡むだけで自分が損をするというのがいる。
この二人はまさにその典型だろう。
「おめぇ、これにどれだけの賞……」
「ドダ、余計なことは言うな。行くぞ。こんなのを相手している暇はないからな」
どうやら賞金がかかっているらしい。騎士団といい盗賊団といい嵐がきそうだというのに色々大変みたいだ。
まぁ人の心配をするよりも、僕は自分の心配をしないといけない。
余裕がある人間は賞金首を探す余裕はあるが、僕たちのようなその日暮らしの人間には、今日を生き抜くのに一生懸命なのだから。
僕には嵐が来る前に魚を釣ってこなければいけない使命があるのだ。
僕は川を少し登り、魚が一番釣れやすい場所で糸を垂らす。
エサは土竜ミミズを使う。このミミズは食用には向いていないが、魚のエサとしては最高だった。
こんなまずい餌を食べている魚が、美味くなるわけはないけど。
僕が釣り竿をたらしてすぐ、大きな当たりがあった。これは幸先がいい。
竿に力を入れて思いっきり引く。
んっ……あっ……これ竿が折れるやつだ。
大物は釣りたい。でも、釣り竿が折れたら今後の食糧確保に影響がでる。僕が釣り糸を切ろうとしたところ、川に何か赤い長い物が見える。
なんだあれは?
僕は川の中に入ってその赤い物を近づいて思いっきり引いてみた。
それは女性の髪の毛だった。身体には切り傷などもあり先ほど話していた女性と特徴が一致する。
そうか。この川に興味を持つ奴なんて誰もいないから、ここへ逃げてきたんだろう。
可愛そうに……水死体になって流されてしまったのかと思いきや、口のまわりが風魔法で覆われている。どうやら、とっさに魔法で溺死するのをまのがれたらしい。
この人が元騎士団長か。
魚を捕まえるはずが、とんでもないものを捕まえてしまったようだ。
もう一度川に流してしまうべきだろうか。
少し悩みどころだ。
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