第十九話:宝珠さんの力。
ノブコはわたしに、ギロリと一瞥をくれる。
「桐本有里さん。間違っても手出しは無用ですよォ? 一介の人間が手出しできるほど、わたしの火は甘くないですからねェ」
ク、ク、ク、と妖しげな嬌声が辺りに響き渡った。
「さて、宝珠和愛さん。殺す前に、少しお話しましょうか」
「グフ……ゲホッ」
首をギリギリと締め上げられ、言葉を発することも満足に叶わない。
「宝珠さん!」
わたしの身など、どうなっても構わない。
そう思い駆け寄ろうと思ったが、それを手で制したのは、他ならぬ宝珠さんだった。
近寄ってはいけない。
よしんば接近した所で、炎の餌食になるのが関の山だろう。
わたしはピタリと足を止めた。
ゆきんこを見る。
彼女もわたしと同様に、空でノブコの動向を注意深く疑っていた。
「私は火の規模、位置を自由に操ることができる。かつ、火種がほんの少しでも傍らに残っていれば良い。それじゃ、どこに隠していたかって?」
彼女は自分の舌を見せた。
燃えている。
「まさか思いませんよね、最後の火がここにあるなんて。でもこれぐらいの細工、出来るように改造してあるんですよねェ――」
ノブコがふぅ……と口から火を吹き出す。
そして、宝珠さんの頬が少し焼けた。
痛みと熱さがあるはずなのに、宝珠さんは微動だにしない。
「さァて、御託を続けても仕方はありません。大方素性は分かったところで――あなたを除去させてもらいます」
ノブコは首をへし折るつもりだ。
彼女の腕に、力が入る。宝珠さんは、脚を前後にパタパタとさせた。
脱出するための抵抗を試みているのだろう。
だが、それは糠に釘を打つようなもの……ノブコの腕が宝珠さんの首を離れる様子はない。
「さァ! ノブコに死に花を魁せてください! 貴方が失意のままに死ぬその表情を、私に――」
「誰の表情ですか?」
ノブコは、肩をポンと叩かれた。
彼女は振り返る。
――彼女の後ろに、"もう一人"の宝珠さんが立っていた。
ノブコは慌てて目の前で首を締めている少女を見返す。
それもまた、宝珠さんだ。
「形代ってご存知ですか? 神や霊を宿すための媒体――言い換えれば仮の身体です。私、得意なんですよ。自分を増やすのが」
「すり替わったのですか? いつ! どの時点で!!」
「いいえ、すり替わってなどいません。貴方が戦っていたのは、最初から私の形代です」
ノブコは腕に握られた少女の首をへし折る。するとその少女は一枚の紙切れに戻った。
「だったらどうしたと言うのです! 何人集まろうが、貴方がたは私の前に無力!!」
激昂したノブコは、二人目の宝珠さんに火を放つ。
あれでは、宝珠さんが燃えてしまう!
と思ったその瞬間、二人目の宝珠さんもまるで髪のように燃え盛った。
いや、違う。
あれも"形代"という奴だ。
二人目の宝珠さんも、たちまち紙に戻った。
道理で燃えやすいはずだ。
「分かっていたでしょう」
階段を登るもう一つの影。
それはやはり、宝珠さんだった。
「貴方は私を本物か偽物かすら判別することができない。さて今階段を登り、貴方の眼前に現れた私は」
――そのどちらでしょうね、と言い、口元を僅かに綻ばせた。
表情を変えた宝珠さんを、わたしは初めて見たのだ――。
「虚仮威しを!!」
ノブコは周囲の木々に火を放つ。
「二人だろうと三人だろうと同じ事! 貴方方は焦熱地獄に焼かれ、死ぬのだからァ!」
「地獄? 貴方に地獄の何が分かるのですか?
途端に、火が収まった。
上空では、ゆきんこが冷気を起こしていた。
「ご苦労様です、ゆきんこ」
「ちゃんとご主人の命令、聞こえてるからねっ」
三人目の宝珠さんの身体にも、炎が上がった。
「黙れ黙れッ! 私はこんな所で、普通の人間如きに負けるはずが――」
そう叫ぶノブコの背に、今度は四人目の宝珠さんが現れ、彼女の肩に再び手を置いた。
「普通の人間では無いのですよ、私は。日本有数の陰陽師であり、国家を護持する無二の支柱。貴方如きの三下が到底敵う相手ではありません」
「私が、三下だとォ――」
ノブコは、四人目の宝珠さんを元離れ、わたしに走り寄った。
そして、わたしの髪を乱暴に掴む。
「であればこれでどうする! 私を殺せばこの女も死ぬ!! これで手出しができるまいっ!!」
その様子を見ていた四人目の宝珠さんは、顎に手を置く。
「ふむ。それは困りましたね」
「仕方ありません、この女の命だけは助けてやりましょう! ただし宝珠和愛、貴方の命が対価ですよォ!!」
「そのような茶番を仕掛けてくるなど、私もどう反応すればいいのやら」
「……なに?」
ノブコは汗を流す。
「まさかわたしが桐本有里の価値に気付いていないとでも? 貴方がたが彼女を簒奪するおつもりという事など、想像に難くありません」
その言葉にわたし自身も驚く。
どうしてわたしを。
「貴方がたは絶対に桐本有里を殺せない。脅す相手を間違えましたね。それに――」
彼女の足元に、何時の間にか巨大な五芒星が描かれていた。
「私にそのような小細工が通用すると思わぬことです」
その五芒星は姿を変え、一帯は巨大な穴へと転じた。
わたしとノブコは、底なしの闇へと堕ちてゆく。
「クッ…私はどこに落ちている……!!」
ノブコはわたしの身体を強く握る。
きっと、わたしを盾にしようとでも考えているのだろう――。
「なんだ、これは……ッ!
ようやく見えた穴の底を見て、ノブコは驚愕した。
暗闇の果てに、大小様々な怪物が待ち構えていたからだ。
そしてその中心に居るものが見えた時、私も驚く。
あれは――デカ太郎だ。
「ア゛ァァァ!!!」
デカ太郎は咆哮を上げると、ノブコに飛びかかる。
ノブコはデカ太郎に火を放つも――
身体を炎に包みながら、デカ太郎はノブコの首筋に喰らいついた。
「ぐああああああっ!!!」
そのまま、デカ太郎とノブコは怪物の群れに落ちて行った。
そして、わたしは……ゆきんこに手を掴まれていた。
「行こ、ご主人のところへ」
「う、うん」
ゆきんこは、わたしの手を掴み、うんしょうんしょとわたしを空に運んでいく。
すると穴の入り口で、冷ややかな視線を奈落の底に送る宝珠さんが立っていた。
「地獄というのはこういうのを指す言葉です。冥府で認識を改めることですね」
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