第32話 32、エピローグ
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月日は経ち、ホムスク世界は完全に落着きを取り戻していた。
もちろん、州同士の諍(いさかい)いも全く無くなったというわけではなかった。
それは人間集団の性なのであろう。
だれしも他人より豊かな生活を望む。
どんな世界でもドアを開けるドアマンとドアを通る金持ちはいる。
どんな世界でも豊かな州と貧しい州がある。
帝国議会は相変わらず皇帝の要望の承認機関で皇帝のみが議題を提出し、議員はそれを自動的に全会一致で承認するシステムであったが、皇帝は帝国議会とは別に新しい議会を作る要望を提案し帝国議会は全会一致で承認した。
新しい議会は人民議会と名付けられ、各州一名の議員から構成された。
人民議会は帝国人民の意見、要望、願いなどを皇帝に具申することをその役割とされた。
これまで、人民の望みを皇帝に伝えるのは国王から続く世襲の州知事の役割であった。
州の首長が人民から選ばれるようになったので、新たに人民議会が作られたのだった。
そんなある日、恵は実験工場の千を尋ねた。
「千、久しぶりね。昔を懐かしんでここに来てみたの。元気。」
「よく来てくれたわね、同志の恵。元気よ。恵は。」
「歳相応に元気よ。この工場はまだ動いているのね。歳をとらないみたい。」
「でも此処の借地契約は70年だからいずれ閉めなければならないわね。」
「まだフライパネルは売れているの。他の所でも重力遮断物質は作れるようになったようだし。」
「まだ売れているわ。外側の包みが欲しいみたいね。」
「確かにあの金属は凄いわね。変形しないもの。」
「周先生はお元気。」
「教授を止めてから急速に老け込んでいるわ。しかたが無いわね。あの講座は私が継いだのだけど、あと数年すれば私も引退するわ。後を継げる人がいないので消滅するかもしれない。それで千の方はどうなの。万様はお元気。」
「万様はかなり前に長い眠りに入ったわ。少なくとも今の体制が続いている限りは眠っていると思う。数万年になるかもしれないわね。ロボット技術が発展し、ヒト型ロボットが出現するようになると宇宙で巨大なロケットを作る事ができるようになるの。恵が見つけた重力遮断物質のおかげで重い物を宇宙にもってゆくことができたのよ。それでもまだ大宇宙には出れないの。大宇宙を旅行できる推進装置がなかなかできないから。この星から大宇宙までは50億光年も離れているから。大宇宙を航行できるエンジンは数千万年待たなければできないわ。時間を自在に制御できるようになって初めてそんなエンジンができるようになるって万様はおっしゃっていた。」
「気が遠くなるような時間と距離ね。想像もできないわ。これまでの千年なんてほんの一瞬じゃない。」
「でもこの星には希望があるの。この星の時間進行速度は万様のお父様の星、地球の時間の進行速度よりも千倍も早いと万様が言っておられたわ。この星の千年が地球の一年なの。大宇宙の大部分の惑星ではおそらく人類もまだ出て来ていないわ。文明の御破算がなければホムスク文明は大宇宙の支配者になれるはずでしょ。ホムスク星の1億年は他の星ではたったの十万年なんだから。」
「そう考えればそうね。ホムスク星はラッキーなんだ。宇宙人に侵略されることもないわね。」
「恵は長生きしたい。50年くらいなら簡単にできるわよ。」
「ありがとう。でも止めておくわ。私はあの人が亡くなったら自分の人生を顧みながら消えてゆくわ。それが私の人生。千はずっと生きていなければならないのね。」
「そうね。そうなるわね。これまでもそうだったから。でも私には秘法があるの。万様と同じように寝室の時間を遅らせることができるの。みんなの記憶がなくなるまで、知り合いが全て亡くなってしまうまで何十年も眠ることができるの。私にとってはそれがたったの8時間ほどの眠りになるの。これなら発狂しないですむでしょ。」
「二人とも眠ってしまって危険は無いの。」
「大丈夫よ。帝都の郊外にある聖域とか大学の農場にある自宅で眠るから。誰も入って来れないし核爆発でも無傷よ。」
「そうか。それはうまい方法ね。一晩寝て起きてみたら外界は数十年経っていたなんてお伽話(とぎばなし)と同じね。」
「天女だから。」
「そうだったわね。なつかしいわ。」
その日、恵と千は昔を懐かしんで夕方まで話し込んだ。
途中の昼食では千の家でチャーハンを食べた。
「このチャーハンも懐かしいわね。千は解決できない蓋然性が高い難問に出会った時にはチャーハンを食べるんだったわね。何が解決できない問題なの。」
「そうだったわね。その話しが出たのは理学部の思索の森だったかしら。そんな意味でチャーハンにしたのじゃないけど、解決できない難問ねえ。『なぜ宇宙はかく在らむ』かしら。万様も万様のお父様もこの問題には答えが出なかったみたい。私にもわからないわ。」
「万様のお父様って宇宙はどうなっているって考えていたの。」
「私たち、世界って時間も含めて四次元だって思っているでしょ。でも未来のホムスク人は空間の三次元と、空間の時間の四次元と、四次元が集まった時の重なり、過去と未来の5次元と、いろいろな5次元世界を意味する別世界の6次元と、それらの次元をつみ重ねている7次元があるって考えるようになるの。郊外の聖域を囲んでいるバリヤーは未来のホムスク人が発明したものなのだけど、この世界の7次元位相とは別の7次元位相にあるから物が通過できないの。7次元を理解できるようになって初めて大宇宙を航行できるエンジンを作る事ができるようになるの。残念ながらホムスク人の思考はここまでだったのね。それだけで宇宙を支配できるから。でもね、現実は違ったの。それを万様のお父様が発見したの。次の次元は別の空間の世界だったの。私たちの大宇宙は7次元だけど大宇宙の外側は時間の速度が極端に早くなっていて物体の大きさも極端に大きくなるらしいわ。私たちの大宇宙が空中に浮かぶ塵のような大きさに見えるくらいにね。そんな世界にも一次元から7次元までの次元はあるの。その世界の7次元は塵の様なこの世界の7次元と繋がっているらしいの。だからそこの住民はこの世界では7次元を越える事象を行うことができるようになるの。そこの世界の7次元は私たちの世界の次元からみたら14次元だから。万様は事情があってその世界に住んでからこの世界に来たの。だから7次元バリヤーを通る事ができるの。そんな世界を発見した万様のお父様はそれでも『なぜ宇宙はかく在らむ』って自問されていたようよ。」
「私にはとても理解できない話ね。でもそうすると万様は私たちの大宇宙よりも大きかったわけね。それならなんとなく分る様な気がするわ。」
「『どのように』の質問には答えることができるかも知れないけど『なぜ』の質問には永久に答えることができそうもないわね。」
「千のチャーハンはおいしかったわ。色々なものが入っている。」
「それが世の中よ。」
千は恵が亡くなるまで帝都大学重力遮断実験工場管理官を続けた。
その後は70年の借地契約を待つことなく工場を解体し更地に戻した。
もちろん海までのトンネルも埋めた。
千は帝都大学を辞し、七面診療所に籠り診療を数十年続けたが次第に診療時間を短くして行き、最後は訪問診療のみとした。
千の存在は人々の記憶から失われて行った。
百年も経った頃には診療所の建物は雑草に覆われ、ある日更地になっていた。
それから数十年後の春、帝都大学は恒例の新入生入学式を執り行った。
新入生の中には若くて美しい千の姿があった。
大学に提出されていた千の履歴書には名前と帝都大学農場の一角に当る現住所だけが記載されており、一枚の添え書きが添付されていた。
添付書には「この履歴書に記載された者の詳細な履歴の提出は不要とする。皇帝、周仁」と記されていた。
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