第23話 23、中央警察署での攻防 

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 新州知事、亜蘭はデモが起ると古巣の中央警察署に直ちに入った。

そこは少し前まで亜蘭が勤務していた場所だった。

亜蘭は新知事として州都で生じた争乱を効果的に収束させることに意欲を持っていた。

多数の情報員を派遣し、多数の機動隊と装甲車を各所に配置しデモ隊を庁舎前で殲滅させるつもりであった。

数万人の犠牲者などたいした数ではない。

人々にゴラン洲中央政府に対する恐怖を植えつけ、二度と施政に口出しをしようと思わせないことが重要だと思った。

 状況は亜蘭の思う通りには進まなかった。

今回のデモは統制が取れていた。

いつものように大声を出して市内を突き進む烏合の衆ではなく、まるで組織立った軍隊のような動きをしていた。

市内に放った多数の情報員はほとんど全員があぶり出されてさらし者にされた。

各所に潜ませた多数の機動隊は個別に次々に攻撃され、機動隊員は後ろ手錠をかけられて全ての装甲車は奪われた。

 機動隊員がかけられた手錠と言うのも鍵穴が無くどんな切断機を使っても傷一つ着かない優れ物であった。

こんな手錠をかけられたら両手首を切って繋ぐ以外は一生その状態で過ごさなければならない。

「いや、手首切断は少し言い過ぎかな。親指と人差し指を手術で分離してもらえば手錠は外すことができるかもしれないな。」

亜蘭は主題から外れる独り言を呟(つぶや)いて気を紛らわせた。

 周囲の者達によればその手錠は重機関銃の連射に傷一つ着かなかった千医師の自動車と同質であるらしい。

亜蘭は今回のデモに千医師が拘(かか)わっているのだろうかと不安に思った。

千医師は絶対に敵対したくない相手だった。

亜蘭は千医師の危険性をとっくに嗅ぎ取っていた。

今の医学では到底考えられない治療を低料金で人々に施している。

そんなことはあってはならないことだった。

奇跡を起こす者は施政者に取っては危険極まりない。

 午後三時を過ぎるとデモ隊は中央警察署に向かって警察署を十重二十重に囲んだ。

警察署の周囲が深い溝で囲まれ屋上が無くなっていることを知って歓声を上げた。

一月前に洲庁舎を破壊し、警備兵を消し去った何者かがデモ隊に味方しているということが分ったからであった。

そうなれば怖い者はなかった。

デモ隊は装甲車を溝の近くまで進め、重機関銃の銃口を警察署に向けた。

 警察署に残っていた警官は倉庫からロケット弾と機関銃を持ち出し、警察署の広い庭に展開し銃口をデモ隊に向けた。

デモ隊の装甲車はロケット弾で破壊できる。

それさえ破壊すれば後は機関銃で制圧できると考えたからだった。

しかも周囲はデモ隊が越えることができない深い溝で囲まれている。

暫(しばら)く耐えれば他の警察署から応援が来るはずであった。

 きっかけは些細なことから起った。

デモ隊の一人が用意した火炎瓶に火を点けて十mの巾の溝を越えて警官隊の近くまで投げた。

運悪く火炎瓶は硬い物にぶっつかって割れ、周囲に火炎を撒き散らした。

それを合図に庭に展開した警官隊は機関銃をデモ隊に発砲し、ロケット弾を装甲車に向けて発射した。

装甲車は止まっていたし、警官隊は十分に狙いを定めることができたのでデモ隊の後ろに待機していた二台を除いて大部分の装甲車は破壊された。

機関銃の発砲は停(とど)まらず、溝の近くに居た者から順に倒れていった。

デモ隊は死体を掩体として伏せるしかなかった。

後ろは人で溢れていたのだ。

 機関銃の発射音は突然消えて静寂が辺りを満たしたと地面に伏していた人々は思った。

機関銃の大きな音で耳が聞こえ難くなっていたのかもしれないが、ともかく、慎重に頭をもたげると警官隊が展開していた庭は無くなっており垂直な壁が警察署の建物の縁からできていた。

デモ隊は再び歓声を上げた。

 人々の見守るなかで不思議な現象は次々と起って行った。

警察署の周囲の全ての庭は瞬時に消えて建物だけが周囲を100mの深さの垂直な崖の上に残っているだけになった。

30分経つと今度はパトカーや装甲車が保管されていた車庫が消えて深い谷を作った。

さらに30分経つと警察署の玄関付近が数mの半径を持つ円形に抉り取られて円柱状の深い穴ができた。

穴が出来たことで警察署の中の状況が明らかになった。

 警察署の職員は穴の縁からなるべく離れようと逃げ惑っていた。

切断された机や椅子が穴の底に次々に落ちて行った。

不運にして体を切断された職員は血しぶきを吹き上げながら穴に墜落して行った。

玄関付近の最初の一撃では多くの職員が消え去った。

多くの職員は各階の正面の窓からデモ隊の人々が銃撃されて行く様子を安心感を持って見下ろしていたからだった。

30分後には先に円形に消された場所の左隣が同じ様に消されて穴が作られた。

今度の消去では死人は出なかったようだった。

職員はなるべく穴から離れるように逃げていたらしい。

円形と円形の間に残された建物と土は不安定になって崩れて行った。

次の30分後には玄関の右側に円形の穴が穿(うが)たれた。

 次の穴が穿たれるのはおそらく30分後であった。

20分後には天井のない最上階で大きな白旗が振られたのだけれど30分が経つともう一つの穴が玄関の左側に穿たれた。

最上階での白旗はさらに多くなり、振り方は必死な哀願の様子になっていたのだけれど30分後には玄関の右側に再び穴が穿たれた。

デモ隊はもはや歓声を上げなかったし、涙を流す者もあった。

ほんの数時間前には廻りの人間が無造作に殺されていったのにも拘わらずである。

 中央警察署の5分の一が消された頃、三機の警察ヘリコプターが飛んできて最上階の上空でホバリングをして特殊隊員の数人が降下した。

特殊隊員は最上階で特定の人物数人を保護してから隊員と共にヘリコプターにつり上げられてヘリコプターに戻った。

残った警察署の職員の数人はヘリコプターに乗せてもらうよう懇願したらしかったが、特殊隊員の発砲で床にころがった。

それらの様子は遠くにいた新聞社のヘリコプターからの実況中継で州民に明らかにされた。

 三機のヘリコプターは遠くに飛び去ることは出来なかった。

二機のヘリコプターは一瞬で全体が消え去り、最上階から人を拾い上げたヘリコプターはヘリコプターの床から下が一瞬で消え去った。

燃料タンクが一瞬で無くなったヘリコプターは早急な着陸を余儀なくされたが周囲は仲間が無差別に殺されて怒り狂っているデモ隊で囲まれており警察署の最上階は足場が不安定でもあり、見捨てられた職員で溢れていた。

結局ヘリコプターの操縦士は警察署の周囲に広く開いていた穴の中に降下することを選択した。

穴の底はよく見えなかったがヘリコプターは咳き込みながら地下百mの穴の底になんとか着陸できた。

 穴の底は下水の水や水道の水で浅い水たまりになっており、水面には落下した椅子や机の他、多くの切断死体が半分浮き出ていた。

ヘリコプターで拾い上げられた三名は亜蘭新州知事と新しい秘書室長と警察所長であった。

穴の底には件(くだん)の3名の他に1名の操縦士と8名の特殊隊員とが生きている人間であった。

操縦士はヘリコプターの無線で救助を要請し、秘書室長は携帯電話で救助を要請したが、深い穴の底からの通信は通じにくかったようだった。

そして穴の中には夕闇が迫って来ていた。

 デモ隊はヘリコプターが降下して行った辺りめがけていろいろな物を投げ込んだ。

道路の敷石やロケット砲で破壊された装甲車の部品とか、投げるに適当な物は何でも投げ込んだ。

火の着いた火炎瓶も含まれていた。

消火栓からホースを伸ばし大量の水を放水し続けた。

仲間を殺された人は装甲車のガソリンを取り出して穴に注ぎ込んだ。

それでも足りないと感じたのか近くの道路に止めてあった自動車を穴の縁に移動させ燃料フィルターを外して自動車のガソリンを注ぎ込んだ。

 穴の深さは100mもあったので投げ込まれた物の多くは十分な殺傷エネルギーを持っていた。

4名の特殊隊員は頭に鉄の塊が当って絶命した。

穴の底の各所で火の手が上がったがそれらは暫くして消えた。

穴の中の酸素が不足してきたからだった。

州都はやがて夜となり辺りは街灯周辺以外は闇となりデモ隊は解散した。

デモ隊の死体は仲間によってどこかに運ばれ、重傷者はデモ隊によって呼ばれた救急車で搬送されて行った。

軽傷者は問題とされなかった。

そんなことはよくあることだった。

 真夜中になって千はフライヤーに乗って穴の底に音も無く入って行った。

辺りは真の闇であったがディスプレイには底の様子が明るく映し出されていた。

新知事は着陸したヘリコプターのキャビンの中に寒そうに踞(うずくま)っていたし、他の二人もキャビンの中で小さくなっていた。

4名の特殊隊員たちは銃を胸に抱いてヘリコプターの側壁に寄りかかっていた。

懐中電灯は各自が持っていたが点灯すればそこに向かって物が投げ込まれる危険があった。

 「皆さん、お元気ですか。起きていただけますか。」

千の声は少し拡大されてフライヤーの外に発せられた。

5人の特殊隊員は直ちに銃を構えて辺りを見回したが真っ暗なので何も見えなかった。

「姿を見たいのなら隊長さんの左のポケット入っている暗視ゴーグルがいいですよ。でも銃は射たない方がいいですよ。射っても傷も付きませんから。それでも射つならその方は消えてしまうかもしれませんね。ヘリの操縦席に座っている隊長さん、部下に静かにしているように命令して下さいな。」

「分った、発砲するな。」

 「さて、新州知事さん。亜蘭さんと言いましたね。大変な目に合いましたね。」

「お前はだれだ。どこに居る。」

「『誰だ』の答えは秘密です。『どこにいる』の答えはそれも秘密にしましょう。ヘリの運転席ドアに寄りかかっている特殊隊員の方、懐中電灯は取り出さないで下さい。その方がお互いのためです。ここでの洲知事とのやり取りは聞かなかったことにして下さい。その方が貴方のためです。闇の中の重要な話し合いです。危険はありません。いいですか。」

「わかった。」

 「洲知事さん、民衆は怒っているようです。そう思いませんか。」

「貴様はだれだ。」

「先ほど秘密と申しました。でも話しは早くした方がいいと思います。この空間は警察署の周囲にできた深さ100mの穴の底です。側面は何の補強処理がされておりませんから少しずつ崩れかけております。現在警察署に残っている職員の救出がなされておりますから土台に振動が与えられております。暫くすれば現在建物を支えている土が一気に崩壊し、警察署全体が穴の中に崩れ落ちます。時間がないのです。話を早くした方がいいと思いませんか。」

「何の話しだ。」

 「民衆は州知事の施政に不満を持っているということです。州知事は何らかの応答をしなければなりません。」

「応答とは何だ。」

「施政権を民衆に与えることが最善と思われます。」

「そんなことはできない。帝国法で決まっている。」

「できます。皇帝は帝国法を変えることができます。」

「皇帝はそんなことをするはずがない。」

「私は皇帝にそうさせることができます。」

「そんなこと、できるはずがない。」

 「皇帝が認めたら州知事は施政権を市民に与えることに異議はないのですね。」

「施政権を民衆に与えるなんてできるはずがない。」

「与えることが嫌なのですか。それとも帝国法で出来ないのですか。前者なら私はここからいなくなります。新知事は暫くすれば土砂で埋まるでしょう。後者なら皆さんを連れて地上に引き上げます。どちらでしょう。」

「後者だ。帝国法のためにできない。」

 「分りました。ではこうして下さい。地表に出たら民衆に向かって施政権を民衆に移行すると宣言して下さい。上には多数のテレビ局が周囲を囲んでおります。デモ隊は解散しており現在はテレビ局が周囲を囲んで警察署職員の救出を中継しております。テレビカメラの前で施政権の民衆への移行を宣言していただくことができますか。」

「する。」

 「ありがとうございます。とりあえず直ちに宣言をしてください。帝国中央から色々と言って来ると思いますが突っぱねてください。それで宜しいですか。」

「それでいい。そうする。」

「勇気ある決断です。ありがとうございます。そろそろ崩壊が始まりますね。特殊部隊の皆さんもヘリコプターのキャビンに入って体を固定して下さい。ヘリコプターごと地上に運びます。仲間の死体も中に入れるくらいの時間はありますよ。」

 千はヘリコプターのブレードを避けてヘリコプターの屋根をフライヤーの底に磁力固定しフライヤーを上昇させた。

「州知事さん、心変わりはだめですよ。いいですか。心変わりは知事の消去に至ります。」

「わかった。」

フライヤーはヘリコプターを付けたまま一気に穴を飛び出して上昇して暗闇に消えてから報道陣の輪の外近くに降下してヘリコプターを着地させてからヘリコプターを切り離し上昇して闇に消えた。

 州知事はヘリコプターから出て、周囲に集まって来た報道陣のカメラの前に立ち、全ての質問を両手で封じてから静かに言葉を発した。

「全ゴラン州民の皆さん、お話があります。私はこの度のデモの意味を考え、私が持つゴラン洲の施政権をゴラン州民に移行することを決意しました。私は今をもって施政権を洲民に与える。具体的な施政は人々から選ばれた代表が作る議会で選出される行政機構によって遂行される。州民代表は選挙によって選ばれる。以上だ。今日は疲れた。自宅に帰って休むとする。質問はなしだ。」

 州知事の言葉は州全体にライブで放送された。

州民の多くは喜んだ。

中央警察署は知事の発表の十分後に穴の中に崩れ落ちた。

救出できなかった職員も多数いた

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