ミルドレッド王女のお気に入り
水越ユタカ
序幕
〈山猫(ワイルドキャット)座〉は、世代交代したばかりの、まだ若い座長が率いる一座だ。ずっと後ろの方の席で観ていた老婦人は、幕が下りたあと、ほとんどの観客が姿を消してからそっと立ち上がった。
婦人がそばについていた男に耳打ちすると、男は入り口に立つ少年に厚みのある白い封筒を差し出した。
「えっ……」
少年は封筒の中身を察するや否や面食らったような様子でうろたえ、立ち去ろうとした婦人をあわてて呼び止めた。
「ほんの、応援の気持ちですわ」
婦人が答えると、少年はいやしかしと困惑しながら言った。
「せめて、せめてお名前だけでもお聞かせ願えませんか」
婦人は、風がそよぐような、老婆とは思えない可憐な声でくすりと微笑んだ。
「わざわざ名乗るような名でもありませんのよ。でも、そうね」
婦人はふっと目を細めて、目尻に皺を作る。
「ミリ―という婆が応援していると、座長に伝えてくださる?」
そういう彼女の表情は、まるで少女のようだったという。
女性の名はミルドレッド。
母なるアイリーン山脈を越えた先、緑豊かなかの国を賢王エイドリアンが治めていた御世に、そんな名の姫君がいた。これから話すのは、彼女がまだ王女と呼ばれていた頃の話である。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録(無料)
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます