第15話
七月。夏休みを目前に控えたある日の放課後。
いつものように昇降口へと向かい、自分の革靴が入れてある靴箱を開けると、靴の上になにやら一通の白い手紙が置かれていた。
「――――?」
訝しみつつも手紙を手に取る。中身を見た私は、その内容に鋭く息を呑んだ。
「こ、これって‼」
慌てて周囲へ視線を配るが、幸いにも辺りに他の生徒も誰もいない。
ほっと胸をなでおろし、もう一度おそるおそる手紙の内容を確認する。
『白柳 華さん。あなたに大切な話があります。放課後、屋上にきてください。来てくれるまでずっと待っています』。
これが何を意味するのか解らないほど私も鈍感ではない。
楠女学院の約七割近い生徒が恋人持ちだ。そのほとんどは他校の男子生徒であったり、少し年上の大学生だったりするのだが、その中の約一割ほどが女性同士で付き合っていた。
そのことは、誰も口に出さないだけで、学院に通う誰もが知るところだった。
そこにこの手紙とくれば、考えられることは一つしかない。勿論、断るつもりだ。それでもこの手紙の送り主は、その人なりに私のことを想ってこの手紙をしたためたに違いない。だったら、手紙を頂いた者としての最低限の礼儀は尽くすべきだろう。
そうとなれば直ぐに行動に移った方がいい。通学鞄からスマホを取り出すと、放課後待ち合わせしていた凜へ『少し遅れる』という旨のメッセージを送る。直に『わかった』という簡素な返事が返ってきたことを確認した私は、スマホを鞄へしまうと、そのまま指定された屋上を目指した。
生まれて初めて誰かに告白される、という少女なら誰でも一度は夢見る展開。(相手が同性)だとしても、私の心臓は早鐘のように脈打っていた。
屋上までの階段が永遠にも思えるほど長く感じられる。最後の一段を昇りきり、屋上へと続く扉の前で一度呼吸を整えてから、鍵のかかっていない左側の扉を開いた。
途端、ブワッと強風が吹きつけ栗色の髪が流された。咄嗟に腕を顔の前にかざし、風が落ち着くのを待ってからゆっくりと腕を下ろす。
入学してから屋上に来たのはこれが初めてのことだった。昼休みになれば屋上は生徒たちの憩いの場として、三年生から一年生まで多くの生徒が足を運ぶ人気スポットであり、極力誰の眼にも留まりたくない、が信条の私にとって最も縁遠い場所なのだ。
しかし直ぐに、これまで一度も屋上に足を運ばなかったことを後悔した。
小さな丘の上に建つ楠女学院の屋上から見える光景は、絶景のひと言だった。
普段は何も思わない通学路も、こうして視点が高くなれば別世界であった。
あの日、初めて凜に空へ連れていかれた時のような高揚感とともに私はしばらく眼下に広がる光景に魅入ってしまう。
その時だった、背後から名前を呼ばれたのは。
「白柳さん?」
「は、はい!」
やや上ずった声と共に振り返り、入り口のちかくに佇む手紙の差出人を視界に捉えた。
小柄な女子生徒。当然ながら装いは私と同じ楠女学院のものだ。でもその上から裾の長い白衣を羽織っている。髪は烏の濡れ羽色。艶やかな長い髪を頭の後ろで一本にまとめたポニーテール。知的な印象をうける銀縁の眼鏡、左目の下には泣き黒子がひとつ。凜とはまた違った意味で特徴的な、いや相当に美人な女生徒だった。
「よかった。来てくれなかったらどうしようって心配していたよ」
その言葉とは裏腹に、少女は無表情であった。
ツカツカと無造作に歩み寄ってくる。
「え? ちょっ‥‥‥」
一瞬、どう対応すべきか逡巡した私は、そのまま屋上外周部を覆うフェンスまで後退ってしまう。
ガシャン、とフェンスに白衣の少女が手を押し付けた。俗にいう壁ドン(壁ではなくフェンスだが)の恰好。突然の展開に目を白黒させる私を少女は無表情に見下ろしていた。
「あ、あの‥‥‥」
「君、何者?」
「え?」
予想外の言葉に思わず間抜けな声を洩らした。
「アナタが全部あれをやっているの?」
「‥‥‥あれって、何のこと?」
「とぼけても無駄。僕は全部知ってる」
僕、という一人称がここまで似合わない人を初めて見た。
孤高の白雪姫と仇名されている凜のような浮世離れした美貌ではなく、常識の範囲内ではあるが十分以上に美人と称される眼前の少女が、使う一人称としては相応しくないような。と、脱線しかけた思考を私は小さく頭を振って締め出し、この状況を一度立て直すべく、眼前の少女の胸をドンッと強かに押しのけようと腕を伸ばす。しかし逆に手首を掴まれてしまい、フェンスに押し付けられてしまう。
「ッッッ‼」
「ねぇ、答えて。アナタが本当に『奇跡の使者』なの?」
刹那、時間が抜け落ちたような衝撃に見舞われた。
「‥‥‥なっ、何でソレを‥‥‥」と、吐露した所でハッとした私は、今更間に合わないとは思いながらも口を閉ざした。
「やっぱり、そうなんだ」
「ち、違‥‥‥私じゃ‥‥‥」
「もう遅いよ。今更隠したって」
手首を抑えていた右手を離すと、そのまま私の方へと伸ばされる。正体を看破され動揺した私は、糸の切れた人形のようにただ呆然と近づいてくる手を見つめることしか出来ない。
「ねぇ、何をしているのかしら?」
一瞬で空気を凍り付かせる冷厳な声に、私は思わず弾かれたように振り向いた。
白衣の少女の肩を掴む佳人―――学校一の有名人でもあり、私の親友である黒条 凜。
「凜―――ッ‼」
思わず大声で名前を呼んでしまう。しかし、呼ばれた本人と、白衣の少女はコチラへ一瞥もくれずに、お互い親の仇を見るような鋭い眼光を至近距離からぶつけ合っていた。
「ねぇ、教えて? アナタ今、その子に何をしようとしていたの?」
「‥‥‥‥‥‥」
季節は夏だというのに、今この瞬間だけ、冬になってしまったかのような錯覚を覚える。
「えぇっと、二人とも‥‥‥」
おそるおそる口をはさんでみたが、当然ながらいらえはない。
永遠にも思える長い沈黙の末、白衣の少女が肩に置かれた凜の手を振り払い、数歩後退った。
でもそれは凜の気圧されたというよりも、停滞し始めた空気を打破するためのように思えた。
ずるずるとフェンスを背にへたり込む私に、凜の雪のように白い手が伸ばされる。
「大丈夫? コイツに何かされなかった?」
「う、うん。大丈夫。何ともないよ、ただちょっと驚いただけ‥‥‥。でも何で 凜、私がここにいるって解ったの?」
素朴な疑問に、凜は口元に微苦笑を浮かべ、
「華がどこで何をしているかなんて私の魔法ですぐに判るのよ」
「え⁉ そんな魔法使えるの⁉」
「そうよ。『愛』があれば何でも出来るんだから」
想像の斜め上の回答に、私は「あっ、そうなんだ」と気の抜けた声で返答した。
「その前に‥‥‥」
雑談をそこで区切り、凜は五メートルほど先で無表情に佇む白衣の少女へと向き直る。
「それで? この子に一体何の用があってこんな所に呼び出したのかしら? 佐倉さん」
「え? 二人って知り合いなの⁉」
「いいえ、ただの顔見知りよ」
「それって、知り合いなんじゃ‥‥‥」
「ちょうどよかった。君にも話を聞いてみたかったんだ、黒条さん」
「あら残念ね。私はアナタと話すことなんて何もないわ」
「別に構わないよ。その時は、マスコミ各社に君たち二人が近頃ネット上で話題になってる『奇跡の使者』の正体だって暴露するから」
「な‥‥‥っ‼」
「脅しのつもり?」
「どう解釈するかはソッチの自由。僕は本気だよ」
凜を相手にここまで物怖じせずに話が出来る人を、私は教職員を含め初めて見た。
「そう。好きにすればいいわ。別に私たちは構わないもの」
何を⁉ と言いかけ、親友の横顔から任せろと無言の意思を感じ、グッと押し黙った。
「本気? 大変なことになるよ。特に、白柳さんの方は周囲からの注目に耐えられないんじゃない?」
「無駄よ、そんな脅し。それに証拠も何もないんじゃ、脅しにもなっていないわね」
「証拠ならあるさ」
「何ですって?」
言うや否や、佐倉さんは白衣の内ポケットから何やら分厚い封筒を取り出すと、それを私たちの足元へ無造作に放り投げた。足元に広がったのは、現像された写真だった。
そのうち一枚を拾い上げ、写真を見た私たちは刹那、言葉を失った。
「こ、これって⁉」
「‥‥‥‥‥」
そこに写っていたのは、夜間、人目を盗んで病院に忍び込む二つの人影。
さらには、治癒魔法を施すために、眠っている病人の側で手をかざす楠女学院の制服を着こんだ二人の少女――――つまりは私と凛の姿である。
これだけでも十分すぎる証拠だが、拾い上げた数枚目に視線を落とした私は、その中身に息を吸うのも忘れるほどの衝撃に見舞われた。
それは宙に浮かぶ私と凜の姿。紛れもなく魔法の力で浮遊している時のものであり、これはどう言い繕おうとも、専門の人が詳しく調べれば捏造されていないことが直に判る。つまり、私たち二人が魔法使いである、という動かぬ証拠に他ならない。
「‥‥‥どうやって、私たちの秘密に気付いたの?」
未だ衝撃が抜けきらない私は、ほとんど意識することなく佐倉さんへと訊ねていた。
「最初は単なる偶然だったよ。あの日、死にかけの猫を蘇生させた君の姿を見かけたのはね」
後頭部を鈍器で殴られたような衝撃に、私は小さく後退った。
それは、私が初めて治癒の魔法を発動させたときの話だろうか?
あの時、周囲には誰もいないと思っていたが、偶然にも佐倉さんに目撃されていた?
凜からは誰にも口外しないようにと再三注意を受けていたのに。
どうすればいいのか判らず、私は縋るように傍らの親友へ振り向く。
「なるほど。でも判らないわね。私は証拠が残らないように、魔法を使う時は辺り 一帯の電子機器を全てハッキングしていたはずだけど、この写真はどうやって撮影したのかしら?」
狼狽する私とは対照的に、冷静さを失わない凜が訊ねた。
「辺り一帯の電子機器をハッキング? ははっ、そんなことも出来るんだ」
乾いた笑みを零し、眼鏡の位置を右中指で整え、
「それはつまり、電子機器以外には干渉できないってことでしょ? 幸か不幸か、僕が使ったのは祖父が持っていた古い一眼レフだから、影響されなかったみたいだね」
盲点だった。唯の女子高校生に過ぎない私や凜が、これまで誰にも知られることなく『奇跡の使者』として活動を続けられたのは、一重に凜の魔法で、半径数キロ圏内の電子機器を全て掌握していたからだ。それ故に油断してしまった。機械の眼を欺くことばかりに気をつかって、すぐ近くに隠れ潜んでいた佐倉さんに気付くことが出来なかったのだ。
滅多に表情を崩さない凜の横顔に、焦燥の気配を感じ、改めて窮地に立たされていることを思い知った。
「それで、何が望み? 私たちの正体を公にするつもりなら、こんな回りくどいやり方しなくてもいいはず。でもそうしないのは、それ以外の目的があるからなんでしょ?」
「さすがは学院一の才女だ。その通り。僕は、君たち二人の事をマスコミなんかに暴露したりしない。ただ、僕のお願いを叶えて欲しいだけなんだ」
「お願い? 佐倉さんが私たちに?」
「君たちの使う不思議な力の正体について、教えて欲しい」
「ムリね」
間髪入れずに、凜が答えた。それでも佐倉さんは眉一つ動かさずに答える。
「なら、君たちの事をマスコミ各社。それ以外の至る場所で吹聴するだけさ」
瞬間、今が六月であることを忘れてしまうような極寒の冷気がこの場を支配した。ゾクリとする悪寒が背筋を撫でる。それは静かだが、絶対零度の冷気を思わせる凜の殺気であった。
「そっちがそのつもりなら、こっちにも考えがある。余計なことを吹聴できないようにしてあげる」
それは冗談や誇張ではない、凜は本気で言っている。
「‥‥‥り、凜‥‥‥⁉」
零下の殺意をあてられて尚、佐倉さんは春風駘蕩とした姿勢を崩さなかった。
「僕を殺すつもり?」
「殺しはしない。だけど、誰にも私たちのことを喋れないようにするだけ」
凜なら本当にやりかねない。そんな危うさが、今の彼女からは感じられる。
「それは困るな。でも―――今の君にそれは出来ない、違う?」
どういう意味なのか気になる言い方だった。チラリと隣を一瞥すると、先程までの凄絶な気配から一転、驚愕に顔を青白くさせた凜は、桜色の唇を細かく震わせて続けた。
「‥‥‥アナタ、一体どこまで知っているの?」
「さぁ、そこまでは教えられないよ。僕にも、身を守る最低限の手札は必用だからね。それに、どっちみち隣の彼女がそんなことを許さないだろう?」
突然、話の矛先を向けられた私は「え? 私?」と軽く狼狽する。が、すぐに悔しそうに顔を歪めた凜が、応答する。
「前々からアナタのこと好きになれなかったけど、ようやくその理由がわかったわ」
「えー、ひどいなぁー、僕は学院一の有名人の黒条さんと仲良くなりたいのにー」と、まるで感情の籠っていない棒読み。凜にそのことを気にした様子はなかった。
そんな二人を客観的に見守っていた私は、この二人ほんとうは似たモノ同士なんじゃないのかな、と。そう思い始めていた。
◇ ◇ ◇
下校時間がせまっていたため、場所を屋上から学院近くにある古い喫茶店へと移した。
この時間帯のファミレスは他校を含む学生たちでごった返しているだろうし、何より学院一の有名人でもある凛と、美貌だけなら彼女に劣らない佐倉さんが一緒に店に現れれば、落ち着いて話が出来なくなることは火を見るよりも明らかだった。
その反面、この喫茶店は理想的であった。
純喫茶と書かれた看板が示す通り、内装は昔ながらのレトロな雰囲気で、この時間帯ともなればお客さんの数も私たちを含めて二組だけ。
これで落ち着いて話が出来るはず、という私の幻想は、テーブルをはさんで無言で向かい合う二人の少女たちによって粉々に打ち砕かれた。
かれこれ十数分間、沈黙が流れていた。
胃が痛くなるような雰囲気を紛らわせようと、注文したアイスカフェラテを一口飲む。
チラリと視線を二人のほうへ向ければ、凜は六月だというのにミルクと砂糖なしのホットコーヒー。その向かい側の佐倉さんはテーブルに備え付けられている角砂糖をこれでもかという程、コーヒーに投入していた。それを見ているだけで何だか私の口の中も甘ったるくなってきそうで、私はぷくっと行儀悪く泡を吹いた。
「それで、何が聴きたいのかしら?」
憮然としながら凜が口を開いた。
カチャッ、とソーサーへカップを置いてから佐倉さんは眼鏡の位置を調整し直した。
「女子高生二人が一体どうやって、どんな名医でも匙を投げだすような難病を治療していたのか、その理由。それとさっき見せた写真。空を飛ぶ現象について。それ以外にも何かあるのなら、是非ともそれを訊いてみたい」
そう捲し立てる佐倉さんの真意を探るように、凜の瞳に怜悧に光が宿る。再び流れかける不穏な空気に、耐えきれなくなり、よく考えもせずに口を開いた。
「その、どうして佐倉さんは、私たちの力について知りたいの?」
眼鏡の奥から黒曜石を思わせる瞳を向けられ、思わず背筋を伸ばしてしまう。
凜とは異なる、独特の雰囲気を佐倉さんから感じ全身に緊張が走る。
「鈴、でいいよ。佐倉さんって呼ばれるのあんまり好きじゃないんだ。僕も白柳さんのこと華って呼ばせてもらう。別に構わないでしょ?」
その言葉に凜がピクリと反応する。氷のように冷たかった眼差しが更に氷点下まで低下していくのが判り、内心冷や汗が止まらなかった。
「あ、うん。それじゃあ私と凜も佐倉さん‥‥‥じゃなかった鈴って呼ばせてもらうね」
「了解。それで何で君たちの力を知りたいか、だったよね?」
「う、うん」
「それは僕の性分みたいなものかな。将来は生物学者になりたいんだ」
「え? 生物学者?」
突然将来の夢を告白され、思わず声が裏返ってしまう。
「ごめん、続けて」
「昔から自分の知らないことが気に食わないっていうか、納得できるまで調べないと気が済まないんだよ。だから、あの日、公園で死にかけていた猫を救っていた華を見たとき、衝撃的だった。今の時代、何かを調べようと思ったら大抵のことはもう他の誰かが調べてるからね。まぁ、医学とか、宇宙とかに関してはまだまだ未知の部分も多いけど、いずれ人類は突き止めるだろうからね。だけどその辺に関しては僕たちが生きている間には解明されないだろうし、あんまり興味もない。だけど君たちの力には凄く興味がある。華の存在を認知してからは君のことが頭から離れなかったよ」
チリッと肩が焼けるように感覚に、おそるおそる隣を盗み見る。あいかわらず表情に変化はないが、銀色の双眸の奥にメラメラと憤怒の炎が揺らめいていることが判った。
ゴクリと喉を鳴らし、ここは気付かなかったことにしておこうと視線を正面に戻す。
「それからお爺ちゃんのカメラを持って、華を尾行していたら―――」
言葉を切り、チラリと黒瞳が隣の凜へと移り、
「そしたら、君まで現れた」
何度目とも知れぬ睨み合い。
この二人は言い合っている時よりも、こうして無言で睨み合っている時の方が数倍怖い。
「あの力が一体何なのか、教えてくれるかな?」
その言葉に凜は、やれやれと溜息をひとつ零すと、手元のソーサーに置かれたティースプーンを細い指先で摘まみ上げる。
瞬間、凜の体を淡い青色の光彩が包み込んでいく。チラッと鈴の方を覗き見るが、凜の変化に気付いた様子はない。やっぱり『殻』―――魔法は、魔法使い(わたしたち)にしか見えないのだ。
視線を凜へと戻すと体を覆っていた殻が、そのままスプーンを包み込む。指一本触れていない先端がグニャリと折れ曲がった。
「‥‥‥‥‥⁉」
「手品じゃないわよ。これがアナタの知りたがっている力の正体」
「スプーンを曲げることが?」
「仕方ないわね。じゃあ、あっちを見ていなさい」
そう言って凜がカウンター席に座って何やら話し合っているサラリーマン風の二人組。その肘元に置いてあるコーヒーカップをよく見ておくようにと囁く。まさか、凜、と制止する間もなく、引っ張られた餅のように伸びた殻がコーヒーカップの底を数ミリほど持ち上げ、そのまま床へ落とした。甲高い破砕音が店内に響きわたる。店の奥にいたマスターと思しき初老の男性に、サラリーマン風の男性が頭を下げていた。この場に居合わせた誰もが、その人の肘が偶然カップに当たり床へ落ちたのだろうと思っただろう。しかし、私たちの向かい側に座る鈴だけは驚愕に眼を丸くしていた。
「これで信じてもらえたかしら? その気になれば他にも色々見せられるけど?」
無表情に告げる凜に、鈴は静かに頭を振った。
「興味はあるけど今日のところはやめておこう。それに、実際眼の前で見せられれば信じるしかないしね。それにしても、君たちのその力は、一体なんだい?」
「私たちは魔法って呼んでる。って、私も凜からそう教わっただけなんだけど」
「魔法? ‥‥‥普通なら笑っただろうけど、なるほど魔法か。それなら納得だ。でも一体どうやって? まさか神様的な存在から与えられたとか、使えるって信じていたら使えた、なんってどこぞの三流漫画みたいな展開はよしてくれよ」
一瞬凛と相談すべきか迷い視線を見交わす。ここまできて全て話さなければ鈴はきっと諦めないだろう。数秒の沈黙を経て、半年前に見た不思議な花と、これまでの事を話し始めた。
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