第74話交渉
クリスティーナが女であることを知ってから、アレクシスの中で渦巻く疑問がある。
(何故、クリスは男のふりをしてるんだ?)
女であることをひた隠し続けるのは、大変だったことだろう。普通にこなしていく日常の中でも、不安と緊張の連続だったに違いない。
常に身に纏う上着が、秘密を守ろうとする鎧のようでやるせない。
(何故、俺に明かさなかったんだ)
子供のときからの付き合いだ。強い絆で結ばれていると信じている。
女であることを明かされても、驚くことはあっても、決して怒りはしない。親友であることには変わりはないのだから。
(俺に言えなかったということは、よっぽど何かの事情があるに違いない)
そのため、クリスティーナに真実を知っているとは告げられなかった。まずはその理由をさぐる必要がある。
(それと本名だな。クリスは男の名だから、本当の名前があるに違いない。あとで、戸籍を管理する部署に問い合わせるか)
もちろん、秘密裏にである。
それともうひとつ理由があった。こちらのほうがむしろ本心かもしれない。
(俺に正体がばれてると知ったら、ここから去るかもしれない)
真面目なクリスティーナのことだ。騙している罪悪感から、速攻王宮から飛び出し、自分のもとから去ってしまうことは容易に想像できた。
それだけは絶対避けなければならない。
(せめて、クリスの気持ちがわかっていれば)
そうすれば、繋ぎ止めらる。
アレクシスは異性としてクリスティーナのことが好きだ。しかし、クリスティーナはどうか。
好かれていることは自信過剰でもない自分でもわかる。けれど、その『好き』が親友としてくるものなのか、それとも異性としてくるものなのかわからない。
つまり、確証が持てない。
なので、まずは外堀から埋めようと思ったアレクシスである。
目的の場所まで来ると、扉をノックする。
「通すが良い」
中からすぐに返事がきて、両脇にひかえていた騎士が扉を開ける。
アレクシスは迷わず奥へ進んだ。
玉座の間では、上段にアルバートとヘロイーズが座っていた。
「珍しいな。そなたのほうから、わたしたちを呼び出すとは」
「ええ。初めてではないかしら」
二人がアレクシスを眺める。
アレクシスが一礼して、顔をあげた。
「以前、ここでわたしに言ったことを、改めて確認したく、お時間を頂戴しました」
「以前、言ったこと?」
「覚えておいでですか。婚約者の件をわたしに一任すると言ったこと」
「もちろん、覚えているとも。そのことを話にきたということは――」
「ええ。婚約したい令嬢が見つかりました」
ふたりが目を見開いた。
「まあ、一体どこの令嬢なの? それらしい令嬢の噂なんて聞いたことがないけれど」
あいも変わらず、女性を寄せ付けないアレクシスである。はて、最近親しそうにしていた令嬢はいただろうかと、ヘロイーズは思い返す。
「その前に、わたしに婚約者を一任するという件の確認を」
もう六年も前の話である。この場所でかつて告げられた言葉を、改めて確認する必要があった。
クリスティーナを選んだあとで、ふたりはクリスティーナがアレクシスの従者であったことに気付くだろう。実害はなかったとはいえ、王族を騙していたことには変わりはない。クリスティーナを万が一にも咎めてほしくなかった。二人が不服を言い出さないためにも、今言質をとっておく必要があった。
そのため、わざわざ玉座の間を指定したのだ。ここで話されることは公式的な意味合いを含む。あとから、あの話はなしだと言わせないためだ。それから、自分が真剣であることを伝えるためでもあった。
二人ももちろんそれはわかっているだろう。
アレクシスはぐっと拳を握った。
(誰にも文句など言わせるものか)
アルバートが神妙な顔つきで、我が子を見据えた。
「ああ。異論はない」
「絶対ですね」
「ああ」
「あとから撤回と言っても、聞きませんから」
アルバートが眉を広げた。
「お前がそれほど念を押すとは、一体どんな令嬢だ」
表情に好奇心の色が浮かぶのを隠せていない。
「それは明かせません」
「なぜ?」
「まだ、わたしの気持ちを打ち明けていませんから」
「それでも名前くらいは言えるだろう?」
果たして息子の心を射止めたのはどこの誰だろうかと、興味津々にアルバートが尋ねれば、ヘロイーズも心なし身を乗り出している。
「言えません。言って万が一、まわりに広まってしまえば、断われない状況にさせてしまいます。まずはわたしの気持ちを伝えるのが先です。彼女に本心からわたしを受け入れてほしいのです」
建前でもあり、本音でもあった。まだクリスティーナであると知られるわけにはいかない。そして、クリスティーナには何の枷もなく心から自分を選んでほしかった。
無理強いしたせいで、これまで築き上げた絆がひとかけらでも欠けることがあれば、耐えられそうにない。
ヘロイーズが眉をあげた。
「そんなに悠長に構えていて、あとから後悔しても知らないわよ。婚約が決まったら、最低一年は王太子妃教育が必要なのよ。わかってるでしょう? 結婚するのはそれからなんだから」
「それについては、ご心配なく。すでに充分な教養を備えています」
「ほう」
アルバートが眉をあげた。
アレクシスが口の端をあげた。
(子供の時から俺と一緒に学んできたんだ。王太子妃教育なんて、今更必要ない)
「いいだろう。お前の好きなようにすれば良い。しかし、その令嬢から返事を貰えたあとは、速やかに紹介すること、わかったな」
「もちろんです」
アレクシスが力強く頷いて、ふたりを仰いだ。
アルバートとヘロイーズは目配せし合った。
とうとう待ちに待った息子の晴れ舞台を拝める日がやってくる。その予感に胸を弾ませ、ふたりの口元に笑みが広がった。
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