第75話主従逆転
「クリス、その荷物はなんだ?」
アレクシスが見咎めて、立ち止まる。
「なにって。これから行く会議に必要かもしれないから持ってきたんだよ」
クリスティーナの胸にはいくつかの書類と分厚い本が抱えられている。
「それなら俺が持つ。貸せ」
「いいよ」
「いいから貸せ。重いだろう」
「大丈夫だよ。わたしの仕事だもの。それより、アレク、どうしたの、そんなこと急に言い出して」
「急じゃないだろう」
「急だよ。今まで何十回も、これくらいの荷物持って歩いていたのに、そんなこと言ったことないじゃない」
「何十回も!?」
アレクシスが飛び上がった。
「何十回も――。何十回もだと?」
くるりと背を向け、渡っていた回廊の柱に頭を打ち付けた。
「アレクッ!?」
「俺は気付かず、なんてことを。いや、知っていた。けれど、それはクリスを男だと思っていたからで。今となっては自分をぶん殴りたい」
柱に向かって何やらぶつぶつ呟いている。
ただならぬ気配に、クリスティーナは慌てた。
「どうしたの、急に。頭打って、痛くない?」
心配しておろおろとアレクシスの周りをまわれば、アレクシスがくるりと振り返った。
首をひねっていると、アレクシスがクリスティーナの腕の中から荷物を取り上げた。
「あっ!」
「俺が持つ。ちょうど手ぶらで何か持ちたかったんだ」
「ちょうど手ぶらって、いつも手ぶらじゃない」
「今日から俺が持つ」
「だ、駄目だよ、そんなの」
「どうして?」
心底不思議そうに尋ねるアレクシスである。
「主に荷物を持たせて、自分が手ぶらな従者なんて、どこにもいないよ。――返してよ」
クリスティーナが手を突き出せば、アレクシスは思案したあと、書類の中から一枚紙を取り出した。
「これで、手ぶらじゃないよな。――行くぞ」
さっさと歩き始めるアレクシスである。
啞然として動きを止めてしまったクリスティーナは、その後を慌てて追った。
颯爽と歩くその背は、もうクリスティーナの言い分など知らぬ存ぜぬといった雰囲気である。
会議室に着けば、いくつかの書類と分厚い本を持った王太子と紙切れ一枚だけ持った従者というちぐはぐなふたりに、皆は首を捻ったものの、それも一瞬だけ。気を取り直して、部下が口を開く。
「それでは始めましょうか。まず、議題は――」
「待ってくれ」
「はい、何でしょうか、殿下」
「椅子を用意してくれ」
「は?」
「俺の従者が座る椅子を用意してくれ」
後ろに立っていたクリスティーナは目を丸くした。
部下はちらりとクリスティーナに目をやる。
「しかし、その者は会議に出席してるわけではありませんし、それにいつも立って、殿下の後ろに控えていますが」
一同が頷いた。
「そんなことはない。クリスも立派に役目を果たしている。俺のために、いつも必要な書類を用意してくれている。それだけで充分、椅子に座る権利があると思うが」
「はあ」
部下が気のない返事を返せば、アレクシスがぎろりと睨む。
「異論があるのか――?」
普段見せることのない迫力のある眼差しに、一同飛び上がった。
「い、急いで椅子をご用意します!」
「早く、椅子を持ってこい!」
部下たちの手によって、慌てて椅子を運ばれてくる。
アレクシスの隣に並べば、アレクシスが振り返った。
「さあ、クリス、今日からここがおまえの席だ。遠慮はいらないからな。お前も会議の立派な立役者なんだから」
「あ、はい――」
今まで見たことがない朗らかな満面の笑みに、クリスティーナは目を白黒させながら座った。
周りの目線がいたたまれなくて、会議中ずっと下を向いていた。
そのクリスティーナを先程とはうって変わって、甘い眼差しで見下ろすアレクシスに、廷臣たち一同は見えないところで互いの手をつねり合った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます