第54話ザヴィヤの王太子
「ザヴィヤから王太子が?」
クリスティーナが声をあげると、アレクシスが執務机から頭をあげる。
「ああ。来週こっちに来る。ただの表敬訪問だ」
「そうなんだ」
各国の賓客をもてなすのはアレクシスの役目だ。
「どんな人かな」
「さあ、俺たちより二つ上としか聞いてないな」
隣国の王太子が来ると聞いて、アレクシスしか知らないクリスティーナは、一体どんな人だろうと心待ちにして、一週間を過ごした。
そして当日。
立派な馬車から下りてきた人物を見て、クリスティーナは目を丸くした。
まるで本から浮き出てきたかのような、麗しい風貌だった。すらりとした均整のとれた体躯に、金髪と碧眼。この世にひとの顔を創り出す者がいたとしたら、目の前の顔を作ったひとは間違いなく一流の芸術家だろう。それくらい秀麗な顔だった。
アレクシスが太陽の化身だとすれば、目の前の人物は誰も足を踏み入れることが許されない神聖な湖のような雰囲気があった。穏やかに凪いでいるが、その内側に何が隠されているかまでは見通せない悠然とした笑みを浮かべている。
着ている厚手の上着は光沢のある白群色。その柔らかな青色は王太子をさらに柔和に見せていた。腰に近い位置から下まで、優美な曲線的な刺繍が銀糸で施されている。下にある白い光沢生地は勿論絹織物で、襟元には小さな薔薇模様。しかし、控えめなため、女性らしさは感じられない。
その人は地面に降り立つと、優雅に一礼した。
「はじめまして。わたしはシルヴェスト・レオナール・バリエンフェルト。以後、お見知りおきください」
流暢なアルホロン語に驚いた。てっきり、ザヴィヤ語で話すとばかり思っていたクリスティーナはその機会はなくとも、ザヴィヤ語の挨拶を頭で考えていた。しかし、考えてみればアレクシスもザヴィヤ語を話せるのだから、王太子であるシルヴェストも話せて当然なのだ。
「こちらこそ。わたしはアレクシス・キースクラウド・ダウランドです。遠路はるばるようこそお越しくださいました」
「では、あなたが王太子ですか?」
「はい」
アレクシスが頷くと、シルヴェストが柔らかく笑った。
「そうですか。会えて光栄です。お世話になりますがよろしくお願いします」
「こちらこそ、至らぬ点や不便な点がありましたら何なりとおっしゃってください。すぐに対応いたしましょう」
「大国アルホロンにそのような点など、見つかるとは思えません。しかし、お気遣い感謝致します」
「早速、お部屋に案内します。まずはゆっくり旅の疲れを癒やすよう、色々用意させて頂いております」
「それは何から何まで、ありがとうございます」
こうして、アルホロンとザヴィヤの王太子同士の初対面は始終落ち着いた穏やかな雰囲気のまま、終わったのである。
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