第48話公爵令嬢(3)
「どうしたんだ、それ?」
アレクシスが目を丸くしてクリスティーナの傷を見れば、クリスティーナは笑って誤魔化した。
「花が萎れてたから、変えようと思ったんだ。そしたら薔薇の棘で引っ掻いちゃった」
クリスティーナの胸には薔薇が抱かれている。
「馬鹿だな。そんなの庭師に任せればいいんだ。――こっちに来い」
アレクシスはクリスティーナの手を引っ張ると、ソファに座らせた。メイドに頼み、薬箱を持ってこさせる。
「いいよ、自分でやるよ」
アレクシスが顔に手を伸ばすのを、クリスティーナは断ろうとしたが、アレクシスは手を止めなかった。
「顔だと自分じゃ手当てしづらいだろう。俺がやる」
がんと言い張るアレクシスに諦め、クリスティーナは大人しく座った。
「まったく、次から気をつけろよ」
呆れながら言うも、その手つきはすごく丁寧である。まるで壊れ物を扱うかのように、指先が触れていく。
頬がくすぐったくて、クリスティーナは首を竦めた。
アレクシスが真面目な顔で言う。
「こら、大人しくしろ。綺麗に塗れないだろ」
それからローテーブルに置かれた薔薇の花束をちらりと見る。
「この薔薇、燃やしていいか?」
クリスティーナは飛び上がった。
「なに言うの。せっかくとってきたのに」
「そうだが、花のくせに俺のものに――。いや、なんでもない」
ごほんと、咳払いをする。
「これから薔薇を切るのは禁止だ」
「ええ、そんな――」
「こんな傷つくるなら、当たり前だろ」
「今度から気をつけるよ」
「だめだ――。お前がとってくることは禁止だ。お前が行くなら俺が行く」
じっと見据えてくる相手と、一国の王太子にわざわざ怪我の手当をしてもらった手前、クリスティーナも頷くほかなかった。
会いたくないと思えば思うほど、願いは逆に通じてしまうものなのか。
クリスティーナは届け物を終え、執務室に帰る道すがら、フリダに会ってしまった。
「あなたにお願いがあるの」
クリスティーナを叩いた扇子を目の前で仰ぎながら、フリダが言う。
「――何でしょうか」
「わたくし、この前、殿下との時間を設けるはずがあなたに邪魔されたでしょう? その償いをさせてあげようと思って」
「償い、ですか」
「ええ。明日、昼過ぎに殿下を薔薇庭園に連れ出してちょうだい。勿論、おひとりでね」
「あの――」
「それじゃあ、頼んだわよ」
クリスティーナが言い繕うのもかまわず、フリダは言い終わると去っていった。
一方的に出された指示に、思わず重い溜め息を吐いた。
一介の従者が公爵家の人間に逆らえるはずもない。
理不尽だと思うのは、自分が未熟なせいだろう。フリダはもしかしたら、将来の王妃になるかもしれないのだ。アレクシスの、もしかしたら、恋する相手になるならば、嫌だと思う自分の心を殺して、応援せねばならない。それが、王太子に仕える従者の役目だろう。それに一度は自分がいたことで邪魔してしまったかもしれない。
ふたりが仲良くなる機会を奪ってはならない。
クリスティーナはわがままを押し殺そうと、自らの心に蓋をするように目を瞑った。
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