第28話新しい教師

 その日、クリスティーナとアレクシスは王に呼び出された。


 玉座の間に入れば奥にはアルバートが座り、台座の下のほうに見知らぬ四十代半ばの貴婦人が立っていた。


 アルバートが口を開いた。




「今日、呼んだのは、お前たちに新しい先生を紹介するためだ」




「先生、ですか」




 アレクシスがアルバートを見上げる。




「そうだ、紹介しよう。マルケッタ・カートラ婦人だ」




 アルバートが言えば、脇に控えていた細身の女性が進み出る。ドレスの脇を掴み、優雅に一礼する。




「お初にお目にかかります。マルケッタ・シルパ・カートラと申します。この度、殿下たちのダンスの講師に任じられました」




「ダンスですか」




 アレクシスがマルケッタを見て呟けば、アルバートが頭上から声をかける。




「お前もあと半年で、成人を迎える。十六の誕生日のその日に、立太子と成人の祝い、お前のお披露目を兼ねた盛大な舞踏会を開く。その折りには勿論、ダンスを踊ってもらう」




 アレクシスは未だ王太子という地位を得ていない。この国では成人を迎えて実は初めて、王太子に任ぜられるのだ。勿論どんな時でも例外はある。王が高齢の場合と病床にふせた時である。それ以外は、十六の誕生日を迎えたその日、立太子式を行い、名実ともに王太子となるのだ。


 アレクシスはアルバートの一人息子である。そのため事実上は、ほぼ王太子と変わらない。周りも無論、アレクシスをその様に見て、接してきた。けれど、今回の舞踏会で、立太子式を終えたアレクシスを、諸外国の王族や国民に向けて知らしめることによって、アレクシスは正式に初めて王太子として振る舞うことが許されるのだ。その顔を公式に認められたことになる。


 そんな大々的な催しであるから、主役のアレクシスには勿論失敗ができない。


 マルケッタが顔をあげて、胸を張る。




「光栄にも殿下の講師を賜わりましたこと、恐悦至極でございます。教えるからには、わたくしの全力を持って、取り組みさせて頂きます。殿下の評価に傷ひとつつけることがないよう、この半年、このわたくしが練習中手取り足取りみっちりとそばにつき、完璧な出来栄えになるよう、務めさせて頂きます」




 その時のアレクシスの顔を、クリスティーナは半歩後ろに下がっていたため、伺うことはできなかった。けれど、アレクシスの顔を見たアルバートの忍び笑う姿を見て、アレクシスのげんなりした顔を想像してしまった。あながちそれは間違っていないだろう。クリスティーナもきっと同じような表情を浮かべていたから。


 やる気に満ちたマルケッタ婦人によって、クリスティーナとアレクシスの特訓の日々が始まった。


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