第26話お忍び

 それから数日後、アレクシスは時間を見つけて、お忍びで城下に降りてきていた。


 町まで来るのは、クリスティーナと遊んだ日以来だ。きらびやかな装飾を施した服装はやめ、なるべく地味で目立たない格好を選んだつもりだったが、先程から視線がちらちらおくられて来るため、――主に町娘たちのものだったが、もっと控えめにするべきだったかと反省する。


 複数の視線をかいくぐり、目的の場所に足を踏み入れた。


 建物の中で店主が顔をあげる。




「いらっしゃい――」




 店主はアレクシスの顔を見ると、少しびっくりしたように目を丸くした。アレクシスは四十絡みの灰色の髪の店主に近寄った。




「本を探しているんだが」




「へい。見ての通り、ここはたくさんの品揃えが自慢の本屋になります。お客さんはどのような本をご所望で?」




「友情の本だ」




「はい――?」




 店主が首を捻った。




「――それは友情を描いた物語ということでよろしいですか?」




「違う。今まで友人だと思っていた者が、急に何か別の者になったような、そんな気持ちが書かれた本を探している」




 店主はますます首を捻った。




(なんだか面倒くさい客が現れたな)




「はあ。友人が別人に入れ替わったわけですね。それならここではなく、王都の警備を務める――」




「違う――」




 アレクシスは遮って、眉根を寄せた。


 わざわざ王宮を抜け出してきたのは、アレクシスを悩ませるこの得体のしれない感情を解決する方法が書かれた本を探すためだ。王都の中でも一番の品揃えを誇る本屋を探して、訪れたのだ。


 王宮の堅苦しい図書室にはないが、民間の娯楽を主とした本屋ならそれらの部類が多岐にわたってあるだろうと思ったからだ。


 この感情が解決しないまでも、この感情を形にした言葉さえ、見つかれば、少しは安心できるような気がする。それにこれ以上、クリスティーナを遠ざけておけない。急によそよそしくなってしまったせいで、きっと傷つけている。この前などわけのわからない怒りにかられて、怒鳴ってしまった。


 アレクシスは店主を睨んだ。




「とにかく、友情、もしくは心理関係が書かれた本があるところに案内するんだ」




「へい」




 店主は戸惑いながらも、店の一角に案内する。


 しばらくじっと本棚を睨むアレクシスに、店主は恐る恐る声をかける。




「目当ての本はありそうですかい」




 アレクシスは首を振った。




「ないな。はあ、――一体どこにあるんだ」




 アレクシスの嘆きを聞き、店主がおずおずと口を開く。




「良ければ、さっきの話を詳しく聞かせて貰えないでしょうか。あっしが聞けば、本を探す手がかりになるかもしれませんし」




 アレクシスが寄せていた眉をぱっと開く。




「そうだな。本屋の店主なら、本の種類には詳しいだろうし。――それに俺も相談する相手がほしかった」




(父上や母上に下手に相談して、ややこしくなっても嫌だったし、ほかのやつに相談して、クリスの耳に入るのも嫌だったから、誰にも相談できなかったが、全く知らない第三者なら、思い切り話せるいい機会だな)




 アレクシスはクリスティーナの名を伏せて、これまでのあらましを話し始めた。


 聞き終えると、店主が腕を組んで、悩み始めた。




「どうだ。この感情がなんて言うか、わかるか」




 希望を込めて尋ねれば、店主はアレクシスを伺うように、目線だけ上にあげた。その表情は、口を開くのを躊躇っているように見える。




「遠慮はいらないぞ。正直に思ったことを言え」




 店主がおずおずと口を開く。




「それでは正直に申しますがね、あなた様はその方を意識しているということじゃないですかね」




「そう言ってる。気になって仕方ないと言っただろう」




「だから、そうではなく、直接的に言いますが、その方を好きなんでしょう?」




 アレクシスは片眉をあげた。




「好き? どういう意味だ? あいつのことを好きか、嫌いかと問われれば、当然好きに決まってる」




「それは友情の意味でしょう。あっしが言ってるのは、恋愛の意味ですよ」




「恋愛!?」




 思いもよらない言葉に飛び上がる。




「恋愛だと? 男が女を愛するとか、女が好いた男を慕うあれか? あいつは男だぞ」




「だからあっしも伝えるのを躊躇ったんですよ。でも、あなたが言う話を聞けば、それしか思い当たらないんですよ」




「馬鹿げてる。俺が男に恋をするだと? あり得ない。女に恋したことだって、一度もないんだぞ」




 その言葉を聞くと、店主は納得したようだ。




「ははあ、それで、その感情がわからなかったんですよ。初めての恋には誰だって戸惑うものです」




「恋ではないと言ってるだろ。――そうだ、これは長年、一緒にいたために、友情以上のものが産まれた結果なんだ。そうに決まってる」




 アレクシスが苦し紛れに悟ったように断言すると、店主は気の毒そうな目を向けてきた。




(初めて恋をした相手が同性とは――。否定したくなるのもわかるが)




「それでは試しに、口付けしてみればわかりますよ」




 アレクシスが眉を跳ね上げた。




「口付けだと!?」




「へえ。そうすれば、それが恋かそうじゃないか、一発でわかりますよ」




「何故だ」




「どんなに仲の良い同性同士でも、口付けには抵抗がありますから。すれば、相手が恋愛として好きかどうかわかりますよ。あっしにも、昔仲の良い親友がいましてね。それこそ恋仲にあった女よりも長い時間、つるんでべったりだったから、恋人に嫉妬されたほどでした。それでもそいつ相手に口付けするなんて、絶対嫌ですよ。想像するだけで、気持ち悪いもんです」




 店主の説明を聞いていたアレクシスは、後半の台詞を聞いて、戸惑った。つい想像したが、悪くないと思えたからだ。




「――そんなのできるわけないだろう。とにかく、この感情は店主が思っているものじゃない」




「そうですかねえ」




 なおも言い募ろうとする店主を遮って、アレクシスは口を開く。




「とにかく、この友情が描かれた本でも貰おう。何か解決策があるかもしれないし」




 他にも友情に関する本を二、三冊見繕うと、アレクシスは相談料も兼ねて、支払いを済ませ、店をあとにした。


 その後ろ姿を見送りながら、店主は心のうちでぼやく。




(店に入ってきたときはとんだ美少年だと思ったが、中身は同性愛者とはねえ。――ほら、そこのお嬢さん、そんな目で見ても、その恋は絶対叶わないからやめときなさい)




 店先に佇み、頬を染めてアレクシスを見つめる町娘たちに、店主は心の中で声をかける。


 そんないくつかの熱い視線を受けた背中が遠ざかっていくのを、店主は首を降って見送った。


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