第622話 ソルートンのさらなる発展と、英雄にはオーラがないらしい様 ──十六章 完──




「ほれ、走れ走れぇい! かっかっか!」


「ひえぇー!」

「クマ……巨大クマー!」



 ソルートンの街の一番北側にある『フォウワークス農園』に冒険者になりたてと思われる若者の悲鳴が響き渡る。


「あれは大丈夫なのか……」


「……だい、じょうぶ……メロ子は楽しそうにしている……」


 体長五メートルは余裕で超える大きさの巨大クマ、メロ子が冒険者を追いかける形のトレーニングらしいが、あれ逆に恐怖を心に植え付けられるんじゃ。


「いや、メロ子の機嫌じゃなくて、未来ある冒険者の若者の精神状態を心配しているのだが……」


 確かに冒険者を追いかけているメロ子は楽しそう。


 こないだ知ったが、メロ子はただのクマさんではなく、『ロックベアキング』とかいう超レアモンスターらしいぞ。確か冒険者の職業レベルが二十以上は必要なぐらいの、結構どころか出会ったら死を覚悟するクラスの強さ。


 横にいる笛を吹く男こと、ハーメルが笛の音色で会話し親友になっているので安全面は大丈夫だと思う。多分。


 一応説明しておくが、あれは農園のオーナーであられるおじいさんが冒険者センターにクエストを発注、その内容は『鍛えたい若者募集、初心者大歓迎!』とかいうものに彼ら自ら応募してきたのだ。


 なので大爆笑しているおじいさんが理不尽な修行を押し付けているのではなく、あれが彼らの希望なのだ。


 クエストだから、ちゃんと時間になったら報酬を貰えるんだぞ。鍛えてもらってお金が貰える、なんと素晴らしいクエストなのか。


 ……まさかロックベアキングに追いかけられるとは思わなかっただろうけどな。


 



「気張れお前らー! ほら、重さを感じる前に横にポンだ、簡単だろ、がっはは!」


「う、腕がぁぁあ!」

「ぎゃああ! 魚が噛みついてきたぁ!」


 ソルートンの南にある港。


 漁船から新鮮な魚が詰まった木箱を人から人へ手渡し倉庫へ運ぶ、人間ベルトコンベアが起動中。


 冒険者の男性二人が元気過ぎる魚と、腕にのしかかる二十キロは越える木箱に苦戦し悲鳴を上げている。


「おうオレンジの兄ちゃん! どうだ一緒に、腕が鍛えられんぞ! がっはは!」


 ベテラン海賊風の格好をした丸太みたいな腕を持つ男性、漁師ガトさんが俺をみつけ豪快に笑う。


「い、いえ! 俺は間に合っています……!」


 手をブンブン振り、俺は必死に断る。


 魂抜けかけている初心者の冒険者であろう二人には悪いが、あのコンベアの一部になるのはもうご勘弁……。


 ちなみにあれもクエストで、腕が二度と上がらなくなるかもしれないが、貰えるお金は破格なんだぞ。あ、俺はもうお金あるんでいいです。




「おまたせいたしました、本日のデザートセット『ロールケーキのダブルオレンジソースがけ』になります!」


 ソルートン港から西に街道を進むとある宿ジゼリィ=アゼリィ。


 店内は大混雑していて、ホール担当のスタッフさんがフル回転中。中には動きのおぼつかない新人さんもいるが、あれもクエストを受けてやってきた冒険者だ。


 喋るのが苦手な人には厨房の野菜の下ごしらえ、宿のベッドメイク、温泉の掃除など多種多様にあるので、巨大クマに追いかけられたり、腕が二度と上がらなくなるコンベアの一部になるのが苦手な冒険者にはオススメ。



「なんというか、ソルートンに冒険者が増えた気がする」


 俺は混雑する食堂のいつもの席に座り紅茶を注文。ポニーテールが大変似合う正社員五人娘の一人、セレサが笑顔で配膳をしてくれた。


「そうだね~、最近目に見えて増えたかな~。冒険者センターなんか新人冒険者で溢れているしね~あっはは~」


 右隣にいる水着魔女ラビコがお酒片手に笑う……ってまだ昼過ぎだぞ、もう飲むのかよ。


「宿にクエストとしてお手伝いに来てくれる冒険者の方もすごい増えたんですよ。おかげでとても助かっています、ふふ」


 左隣りに座っている宿の娘ロゼリィがデータが書かれた紙、冒険者センターからのクエスト受注数を見せてくれる。


 ほう、毎日かなりの数ですな。


「街を歩いていても、初々しい冒険者とよくすれ違うぜ。みんな例のラビ姉が表紙の冊子持って嬉しそうにしてたぜ、にゃっはは」


 猫耳フードのクロが街の状況を教えてくれたが、それは俺も同感。


 ラビコが表紙の無料冒険者ガイドブック、あれを配り始めて以降、本当にソルートンに冒険者が増えた。


 俺も毎日見ている。そして「使い終わったらさ、それくれない?」と言うタイミングをいつも伺っている。くそ……俺もエロい感じのラビコが表紙の冊子が欲しいぃ……。


「……なんだか街がザワザワしています……」


 バニー娘アプティが紅茶を無表情ながら幸せそうに飲む。ザワザワ……うん、活気があるとか言おうアプティ。



「魔晶列車が出来て移住者が増えて~、今回の冒険者センター改革で冒険者が増えた~ってやつかな~。あれあれ~おかしいな~この二つの出来事に絡む共通人物がいるな~誰かな~あっはは~」


 水着魔女ラビコがわざとらしくニヤニヤ笑い、俺に肩をぶつけてくる。


「……別に俺だけの功績じゃない。皆が頑張ったから……」


「無理だね~。作られた物語じゃあるまいし~頑張ったからって必ず成功するわけじゃあないよ~。みんなの努力を、想いを花開かせるには、それらを迷わないようにまとめ上げ、分散していた力を一つに重ね合わせることが出来る存在が絶対に必要なのさ~。そしてそれは誰にでも出来ることじゃあない」


 俺の言葉にかぶせて水着魔女ラビコが言う。


「人脈、金、運にタイミング、そこに辿り着くために歩んだ過程、実績に信頼……これだけじゃ全然足りない、もっと色んなことが奇跡的に噛み合い出来上がった歯車を上手く組み合わせてグイグイ回した少年がいるんだよね~あっはは~」


 無料冊子は、たまたま次期冒険者センター代表になるクラリオさんがソルートンに来てくれたから出来たわけで。ってこれがタイミングってことか?


「最近のソルートンという街の発展具合は本当に信じられないです。まさかソルートンに駅が出来上がるなんて、子供の頃、想像もしなかったですし。……あなたが来てから変わったんですよ、ふふ」


 ロゼリィはずっとこの街に住んでいたからな。俺がいた日本でだって、新しい駅が出来上がるなんて大イベントだからなぁ。


「ほンと、一人の男の行動が街を変え、国をも変えたンだよなぁ。まさに時代の申し子ってやつか? おうキング、ペルセフォスに飽きたらよ、次はセレスティアに住まねぇか? キング好みに変えちまっていいからよ。ああ、ついでにアタシも好きにしていいぞ、にゃっはは」


 猫耳フードのクロがゲラゲラ笑う。魔法の国セレスティアっすか、たしかに魔法を使ってみたい俺としては、その魔法の本場であるセレスティアに魅力は感じるが……でもちょっと寒いよねあの国……雪すごいし。


 ん? 最後クロを自由にしていいとか言った? ふむ、それは一体どういう意味なのか詳しく頼む。


「はぁ~? 家出猫がどのツラ下げて実家に戻るつもりなの~? 残念ながらコイツはもう、いや最初っから私の物なんだよね~社長に体を求められたこともない結婚指輪順位下位は黙ってろっての~あっはは~」


「あ、ズッリィ! つか指輪はたんにもらった順番だろ? 順位とかねぇよ!」


「そうですよラビコ。それに順位があるのなら、一番最初にずっと一緒にいて欲しいと囁きながら指輪を渡してもらった私が不動のトップということになりますし、ふふ」


「……マスターは島で私と結婚です……」


 あれ、この流れ……面倒なやつ。


 なんか皆、興奮しながら左手薬指に付けている銀の指輪を掲げているが、俺はラビコに体を求めたことは無いし、渡した指輪に結婚や順番の意味も込められていないし、ずっと一緒にうんたらとか囁いていないし、島で結婚もしない。


 もう紳士諸君には説明もいらないと思うが、あれは日々の感謝という、その一点を込めて贈った指輪だ。



「ザワザワ……」


 ……今この宿の食堂ってすっごく混んでいるんだよね、しかも世界的に有名な大魔法使い、ラビコが横にいるもんだから、新人冒険者の方々の視線がずっと来ているわけ。


 その状況で始まった結婚だの体を求められただの。


 さぁ俺の印象はどうなんだろう、と。



「……用事を思い出した」


「はぁ~? どこ行くんだよ万年童貞~! 社長がさっさと周りの無抵抗の女に手を出せばこんなこと起こらないのにさ~誰から抱こうか迷っているから揉めるんだぞ~!」


 自己保身の為に席を外すか、と立ち上がると、水着魔女ラビコが俺の現状のステータスである童貞を叫び俺のジャージのズボンにしがみついてくる。


 ちょ、余計なこと言わないで。無抵抗の女とかのパワーワードもやめて。俺何もしていないんだから。あと体重かけたらズボン脱げるからやめて……。


「どうして迷うのですか……! 順番なら私が最初……」


「アタシは抱いてくれンなら何番でもいいけどよ、一度セレスティアには来てもらうぜ?」


「……マスター、島、で結婚なら邪魔が入りません……」


 続いてロゼリィ、クロ、アプティが俺にしがみついてくる。


クッ、立ち上がった男にしがみついてくる女性四人、まずいぞ、さっきよりさらに状況は悪化したぞ。


 向こうでモヒカンだのドレッドヘアーだのと個性的な髪型の世紀末覇者軍団がこちらを指して大爆笑していたり、ホール担当の正社員五人娘や最近知り合ってパーティーを組んだクロス、エリミナル、ルスレイが苦笑いをしているので理解者がいる、と多少救われているが、今日初めてみた新人冒険者はどう思うのかなぁ……。


 俺に対して英雄像は……抱かないよね。


 まぁもう諦めているからいいけど。



 なんだかクラリオさんにけしかけられてギルドを作りそうになったけど、俺にはそういうのは向いていなそう。


 だって今パーティーを組んでいる女性四人とだって毎日トラブルまみれ、だしな。人数増えたらどれだけの揉め事が起こるのか……俺は異世界でスローライフをしたいのであって、トラブルはご勘弁。


「ベッス!」


 お、ナイスだ愛犬ベス、今吼えてくれたおかげで女性陣の力が緩んだ。


「よしベス、散歩に行くぞ!」


「あ~逃げたぞ~みんな追え~あっはは~」


「わ、私も行きます!」


「ちょ待ってくれって、今ロールケーキ食い切るから……よし、じゃあみんなでデートしようぜ、にゃっはは!」


「……マスター、ズボン脱げてます……」


 俺はなんとか女性陣から逃げ、愛犬とダッシュで宿から出る。


 なんか下半身がスースーするが、多分気のせいだろう。異世界では細かいことを気にしてはいけない。


 例えパンツ一丁だとしても、俺は異世界で強く生きてやるのだ──





 

 ──後日談になるが、ついに冒険者センターガイドブック正式版が完成したとクラリオさんから連絡を受けた。


 予約が出来ると知り、ラビコのエロい写真が使われた本が絶対に欲しいと、俺はすぐに冒険者センターに出向き予約。


 笑顔で宿に帰ろうとしたら、新人冒険者と思われる男性に話しかけられた。


 はて……あ、あれか! 初心者用の無料冊子、使わなくなったから俺にくれるってやつか……! 待ってました!



「やぁ君、初心者だろ? 僕らとパーティーを組まないか?」



 ……違ったし、俺ってどんだけ見た目しょぼいんだ。










「異世界転生したら犬のほうが強かったんだが」


「十六章 異世界転生したらギルドを立ち上げることになったんだが」 


       ──完──









++++++++++++


これにて十六章が完、となります。

不安定な更新の中、お読みいただき感謝!

十七章開始までには少しお休みをいただきまして、その間に書籍化作業をがんばりたいと思います。


それではまた十七章でお会いいたしましょう!


  影木とふ









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