第609話 冒険者センター大改革 4 クラリオさんの帰還とルナリアの勇者メンバーが見た希望の光様




「もう帰るのか~しばらくいればいいのに~」


「ああ、いい加減本部に帰らないとならない。一週間延長したが、さすがに滞っている仕事も多数あって……まぁ本音を言えば一ヶ月ぐらいソルートンにいたかったものだ」



 お昼過ぎ、以前新たに出来た魔晶列車の駅、ソルートン駅にてクラリオさんを見送る。


 本人も言っていたが、俺が発案した『ガイドブック』の作成や結果を見るために本来の予定から一週間も休暇を伸ばしたそうだ。でもさすがに今日で限界だったらしく、クラリオさんは冒険者センター本部がある冒険者の国ヘイムダルトに帰ることに。



 ああ、本部に帰ってから本格的に作る『ガイドブック』用のラビコの写真は新たに撮りまくっていたぞ。


 お昼には列車に乗らなくてはならないので、シチュエーションにこだわっている暇はなく、宿ジゼリィ=アゼリィで色鮮やかなパンケーキやフルーツ等を食べるラビコ、という写真を何枚も撮った。


 これがそのまま使われたら、宿ジゼリィ=アゼリィの料理が全世界で発売される冒険者センター公式ガイドブックに載ることになる。


 クラリオさんが宿のオーナー夫妻であるローエンさんとジゼリィさんと話し、料理担当のイケメンボイス兄さんにも了承を取っていた。うむ、これはとんでもなく素晴らしい宣伝になるぞ。


 写真を撮っている最中、ラビコも素直にリクエストに応じ、スムーズに撮り終えたのには驚いた。てっきりまたゴネて暴れるかと思っていたからな。


 合間合間、なんかやたら不満そうに俺の方を見てきたのは気になったが。



「ああ、楽しかった……やはり昔の仲間に会うというのは良いものだな。心があの時に戻ったようだったよ。ローエン、ジゼリィありがとう。今日来れなかった二人にもお礼を言っておいてくれ。また必ず来るとな」


 クラリオさんが見送りに来ているローエンさんとジゼリィさんと握手をする。残念ながら海賊風漁師ガトさんと農園のオーナーのおじいさんはお仕事で来れず、クラリオさんが少し残念そう。


「本部には優秀な部下とかたくさんいるんでしょ~? なにもクラリオがこんなに最前線でがんばらなくてもいいんじゃ~」


 水着魔女ラビコが珍しく別れを惜しむような態度。


 まぁこの二人、地味にいいコンビなんだよな。何でも包み隠さず言い合える仲だし、取っ組み合いをしたあとだって後腐れもないし。


「いるにはいるが……私はこの仕事がとても楽しくてな、まだまだ現場でやるつもりだ。もっともっと皆が安心して暮らせる世界を作りたい。この想いはあの時から変わっていない。子どもたちが安心して暮らせる世界をこの手に! ……くくっ、あいつはいつもそう言っていたもんな。てっきり仲間を集めるための体の良い詭弁かと思っていたが、本気も本気だった。元気なのかな、彼と彼女は……」


 クラリオさんがグッと右手を突き上げるポーズを取る。


 彼というのはルナリアの勇者さんのことだろうか。そういやジゼリィさんも子どもたちが、とかの想いだったけど、ルナリアの勇者本人自体の目標もそれだったのか。そりゃあジゼリィさんとローエンさんが付いていくわけだ。


 ラビコだって孤児院育ちだし、その目標に思うところがあるからガトさんや農園のオーナーもルナリアの勇者メンバーに入ったのだろう。


 彼女……それはラビコがよく言う回復魔法を使う女性のことだろうか。


 どう考えても俺と同じ日本からの転生者っぽいんだよな、その人。


 いつか会って話をしてみたいものだ。



「時間か、ではまた会おう戦友たち! 何かあったらすぐに冒険者の国に来てくれ、まだまだ話したいことがたくさんあるんだ。そして少年、君には今回助けられた。冒険者センターはもっと冒険者に寄り添う良い組織になることを誓おう。公式ガイドブックの完成には少々時間が掛るだろうが、出来次第宿に送らせてもらう、楽しみに待っていてくれ!」


 クラリオさんが見送りに来てくれた全員を見渡し、大きく手を振り魔晶列車に乗り込んでいく。






「……まさかクラリオがソルートンに来るとはね~。あいつ、ルナリアの勇者パーティー解散以降、狂ったように冒険者センターの仕事にのめり込んでさ~。休みなんてほとんど取っていなかったみたいで~ちょ~っと心配だったんだ~」


 ソルートン駅からの帰り道、のんびり歩いていると水着魔女ラビコが静かなトーンで語る。


「こないだ私たちが冒険者の国に行ったけど~、地下迷宮での出来事以降、クラリオの追い詰められていたような顔がなくなったんだよね~」


 追い詰められていたような顔? はて、どういうことだろうか。


「……クラリオは冒険者センター本部で逐一世界の状況を仕入れているから~今この世界がどうなっているか、どういう方向に向かっているか大体分かっていたのさ~。その上で彼女が取った手段が冒険者のレベルアップ。つまりこの世界に蒸気モンスター相手に戦える人材が減っているって実感した、だからクラリオは勇者を求めた。かつて自分に夢を見せてくれた彼の再来を求めたのさ~」


 彼、ルナリアの勇者ことだろうか。


「あんの変態、サーズも魔晶列車で言っていたけど~この世界って結構ヤバかったんだよね~。この世界のことを知れば知るほど、情報を集めれば集めるほど未来に絶望するのさ、あっはは~」


 そういえばソルートンに魔晶列車が開通したとき、一番列車でサーズ姫様たちとご一緒したが、その時サーズ姫様もそんなことを言っていたような。


「私だってルナリアの勇者パーティーで世界を巡ったけど~正気を保つのに必死だったからね~。死ぬ思いで手に入れたルーインズウエポン、それをもってしても上位蒸気モンスターには敵わない……あっはは、もう絶望さ」


 ルーインズウエポン、ルナリアの勇者メンバーが持っている超強力なアイテム。確かにそれを使っても上位蒸気モンスターだという銀の妖狐には通用していなかった。


「……でもさ、私たちは光を見た。今はとっても脆い光なんだけどさ、私たちにとってはついに手に入れた一筋の光。私もローエンもジゼリィもガトもノレッジも、そしてサーズとクラリオも同じ想い。この崩壊に向かっている世界を食い止めることが出来るかもしれない。そう強く思わせてくれた……希望の光」

 

 ラビコがじっと俺を見てくる。


 え、な、何? ラビコさんとんでもなく美人さんなので、そうやって見つめられると心臓がギュンギュン加速するんですけど。


「……みんなに笑顔を取り戻してくれたお礼……ありがとう……」


 そう言い、ラビコがガッシリ俺の後頭部を掴み頬に口づけをしてくる。


 ひっ……え、な、何事……。


「そしてこれは私個人のお礼……フンゴ!」


 ラビコがそのまま俺の口に顔を近付けて来たところで、背後から頭を鷲掴みされる。


「言いたいことは分かるけどそこまでだよラビコ。そういうのはうちの娘がやることだ」


 宿ジゼリィ=アゼリィのマダムことジゼリィさんがラビコを俺から強引に引き離し、代わりに自分の娘であるロゼリィを俺の前に設置。


「った~! なにすんだこの怪力不良女~! あ~、なんでロゼリィが社長の前にいるのさ~! そいつは私の男なんだぞ~!」


「え、あの、どういう……」


 ラビコがジゼリィさんに頭を掴まれながら暴れ、俺の目の前に突然置かれたロゼリィが状況を理解できずにモジモジしている。


 いや、俺だって何が起きたか分からねぇよ……。


「あ? なンだロゼリィ、やンねぇのか? ならアタシがやって……いたたたた!」


 俺とロゼリィが向かい合ってモジモジしていると、猫耳フードのクロがヤンキー座りから立ち上がって俺の顔を両手でつかんでくる、がジゼリィさんがクロの頭を鷲掴み。


「今いい感じなんだから邪魔すんじゃないよセレスティアの次女」


 ペルセフォスでは国王と同権力を持つラビコと、セレスティアのマジ王族のクロをジゼリィさんが両脇に抱え込む。


 す、すげぇ……さすがジゼリィさん、相変わらずの誰であろうと態度を変えないストロングスタイルだぜ……。


「……マスターどうぞ……スンスン……この香ばしさ……ミンダリノワール……」


 無表情で黙って俺たちのやり取りを見ていたバニー娘アプティ、なんか俺の前が空いたので両手を広げて来たが、横から芳しい香りが……


「さすがに格上相手には絡め手でいかないとね。さぁその場所を我が娘に譲ってくれたらこれをあげようじゃないか」


 ローエンさんが何やら懐から布の袋を取り出す。ってあれ紅茶の葉が入っているやつじゃ……さ、さすが元魔法の国の工作員をやっていたローエンさん……アプティが見事に釣られそちらへ流れていく。


「あ、あの……一体なにが……」


 再びロゼリィが俺の前に来るが、さらに混乱した顔に。


「やるんだよロゼリィ、足絡めて転ばせてケツついたタイミングで腹に足蹴り一撃入れて前に出てきた顔つかんでズルルッ……だ!」


 暴れるラビコとクロを抱えたジゼリィさんが俺に対する暴力計画を暴露。つか最後のズルルッって何だよ。


「え、あの、ズル……?」


「ベッス!」


 ロゼリィがジゼリィさんの言葉の意味を理解できずマゴマゴしていたら、勢いよく俺に迫る黒い影が。


「うっは、こらベス、顔ベロベロはやめ……」


 元気よく俺の顔に飛び込んできたのは、愛犬ベス。


 なんかみんな遊びだしたから自分も! になったっぽい。


「ああ~……ベスか~……」


 ラビコがガックリと肩を落としうなだれる。



 なんなんだよ一体これは。



 そして多分初めて農園のオーナーのおじいさんの名前を聞いたような気がする。











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