第597話 初心者応援クエスト 3 ジゼリィ=アゼリィクエストと水着魔女登場様




「ご注文は本日のオススメメニュー『ゴロゴロお肉と五種の野菜のブラックシチューセット』でよろしいでしょうか」


「いらっしゃいませ! お二人様ですね、こちらへどうぞ!」


「ありがとうございます、お会計は二十八Gになります」


「はい、ジゼリィ=アゼリィ限定化粧品などはあちらの物販カウンターへどうぞ」




 時刻は夕方、港街ソルートンにある宿屋ジゼリィ=アゼリィ。



 食堂のメニュー改善以降、毎日お祭りのような混雑っぷりで、どれだけアルバイトさんがいても足りないような状況。


 随時アルバイトさんを募集しているが、それでも足りなくてついには冒険者センターにクエストとして発注し、冒険者を臨時で雇っているそうだ。



 そういや以前ジゼリィさんが冒険者センターと話し合いをしていたな。




「う、うわ……すごい……初めて来たけどこのお店すごいな、王都以外でこんなに混雑するお店は見たことがないよ」


 剣士クロスがジゼリィ=アゼリィの混雑っぷりに圧倒され、皿洗いの手を止める。


「わはーこれが噂のジゼリィ=アゼリィかぁ……なんか活気があって楽しい!」


「本店、ジゼリィ=アゼリィの本店……! まさか憧れのお店の内部に入れるなんて夢みたい」


 魔法使いエリミナルと盗賊ルスレイが野菜のカットをしながら興奮気味に周囲をキョロキョロ見回す。



「今日はまだ少ないほうかなぁ。セレサが両手持ちしていないし」


「え、これで混んでいないって言うのかい? うそだろ?」


 俺の言葉に剣士クロスが驚いているが、本当に混雑して手が回らなくなるとポニーテールが大変よく似合う正社員五人娘のリーダー格、セレサが二つの作業を同時にやり始めるんだよね。



「あ、いたいた。今度お酒とセットで頼むとお得なおつまみシリーズを出そうと思うんだけど、メニューはこういう感じで大丈夫かな」


 剣士クロスの横で俺も皿洗いをしていたら、この宿の神の料理人イケメンボイス兄さんがお酒と食べると合うシリーズの候補と思われる一覧を見せてきた。


「なるほど、そういえば以前お酒と甘いものを一緒にいくって人の話を聞いたことがありますので、甘いものも加えてみましょう兄さん」


「甘いものね、そっか、しょっぱいものばかりだと客層を絞りすぎちゃうのか。お酒に合う甘いものもメニューに加えてみるよ」


 イケボ兄さんが紙にメモり、厨房へと戻っていく。



「……ね、ねぇ今のってこの食堂の一番偉い人、料理長だよね? なんであなたに聞いてくるの……?」


 俺と兄さんのやり取りをじーっと見ていた盗賊女性ルスレイが、意味がわからないといった感じで聞いてくる。



「隊長ー、今って冒険者センターのクエスト中でアルバイトさん扱いなんですよね。じゃあ私正社員だから一時的に立場が上……ねーアルバイトくーん、お仕事サボって私の家に来ないー?」


「……あのなセレサ、それは自分の立場を利用してのハラスメントってやつになるんだっての。つかサボったらクエストクリアにならねぇだろうが。ほら注文来てるぞ」


 ポニーテールを揺らしながら良いこと思い付いたと、満面笑顔でセレサがセクハラパワハラを仕掛けてくるが、俺が軽くあしらうと、ちぇーと言いながら注文取りに戻っていく。


「……ね、ねぇ今のってホールのリーダー社員さんだよね……? なんか仲良さげだったけど……あと隊長って……?」


 ルスレイが頭に「?」を浮かべる。



「わ、わはー……ね、ねぇ、見るからに悪行の限りを尽くしそうな冒険者の荒くれ者さんがこっちに来てるー……ど、どうしよう冒険者の新人潰しとかかなぁ……」


「兄貴ー! どうしたんすか今日は、え、冒険者センターのクエスト? ぎゃっはは、兄貴が小銭金稼ぎとか何があったんすか、欲しいエロ本でもあるんすか? 分かりました、俺たちが買ってきますよ!」


 魔法使いエリミナルがとんでもなく怯えて俺にしがみついてきて何かと思ったら、世紀末覇者軍団が空になった酒瓶装備でこっちに向かってきていたのか。


 厨房の手前で止まり、ゲラゲラ笑う世紀末覇者軍団十人。


 クソがモヒカン……どうして俺が小銭稼ぎをしたらエロ本欲しいんすか? になるんだよ。みんなの前で俺の健全イメージぶっ潰すんじゃねぇよ。


「安い酒飲むから悪酔いするんだよお前ら。俺がおごってやるからちょっといい酒でも飲んでろ。そうだな、今日は良いお刺身があるからそれも全員に付けてやる」


「やったぜ、兄貴最高! やっぱ俺たちの兄貴はあんただぜ、今日は飲むぞぉ!」


 俺の言葉にドレッドヘアーがコップに入った水の表面が揺れて波立つ低音ボイスで吠え、世紀末覇者軍団が異様な雰囲気を残し席に戻っていく。


 さっさと戻れ、お前ら見た目怖いからこっちの女性陣が怯えているんだよ。



「こ、怖かった……あんたすごいね、あんな荒くれ相手に……というか兄貴とか呼ばれてなかった? ……知り合い? さっきから何かおかしいな……」


 盗賊女性ルスレイも俺にしがみついていて、世紀末覇者軍団が席に座ったのを確認してから疑問の顔を俺に向けてくる。


「い、いいなぁ、あ、い、いやなんでもない。そろそろ俺たちも休憩だね、さぁお楽しみのジゼリィ=アゼリィでの夕飯だ!」


 剣士の男性クロスが俺にしがみつく女性陣を羨ましそうに見ながら時計を指す。おっと、もうそんな時間か。


 そうだ、みんなジゼリィ=アゼリィを楽しみにしていたみたいだし、せっかくだから休憩室じゃなくて食堂のほうの席を使わせてもらうかな。お客さんで賑わっている感じも楽しんで欲しいし。




「き、切れ端肉のコロッケって、これ霜降り肉入っているじゃないか! す、すげぇ、ジゼリィ=アゼリィのまかないすげぇ! う、うま……!」


「わはー! サラダセットに果物ついてるー! 余り物……ってこれ高級な桃じゃない? あまーい、嬉しー!」


「ああ、ああ……これ、私が求めていたご飯はこれなの……冒険者センターの食堂とは比べ物にならない。そしてまかないなのに付いてくる色鮮やかなデザートのケーキ……くぅぅ……この味、これ、これよ、これが人間の食べ物なのよ!」


 剣士クロス、魔法使いエリミナル、盗賊ルスレイが涙を流しジゼリィ=アゼリィのまかないをご飯をかっこむ。


 臨時で席を壁際に用意してもらい、お客さんで賑わうホールでみんなで夕飯を食べる。


 うん、これこれ、いつも通り美味い。



「ったく、こんな狭いとこで食べなくても。うちの若旦那がそんなんじゃいけないね、おいお前らどくんだ、さっさと席を空けな!」


「まぁまぁジゼリィ。若旦那として、お客様に御迷惑かけないようにって彼なりに気を使ってくれているんだから。やぁ初心者冒険者のみなさん、ご飯は美味しいかい?」


 飲み込む勢いでご飯を食べるみんなを見ていたら、この宿のオーナー夫妻、ジゼリィさんとローエンさんが御登場。


 ジゼリィさんが世紀末覇者軍団が占拠している一角を睨み吠えるが、夫であるローエンさんが諫める。


 あいつら別に横入りとかで席を取ったわけではなく、キチンと行列に並んでお行儀よく自分の番を待ってあの席を確保したんだから、それをどかすのはかわいそうっすよ。


 ……あと俺は若旦那じゃあないっす。



「……!! じ、ジゼリィ様にローエン様……! ルナリアの勇者の……すごい、本物だ……! あ、ご、ご飯美味しいです!」


「わ、わはっ……! ル、ルナリアの勇者の方が私に話しかけてくれるなんて、あ、そうかこれは夢、夢なんだよね……夢だけど果物おいしー!」


「す、すごっ……盾のジゼリィ様に魔法剣士ローエン様……ソルートンってすごい……こんなに気軽にルナリアの勇者メンバーに会えるとか……ご飯も美味しいし……私ここに住もうかな……」


 剣士クロス、魔法使いエリミナル、盗賊ルスレイがあんぐり口を開けて驚いているが、そういやソルートンってルナリアの勇者メンバーが四人もいるんだよな……




「あ~、やぁっっと見つけた~! 昨日から本妻ほったらかしてこそこそ動き回って何してるのさ~。って、知らねぇ女二人も侍らせてんじゃん! こんのクソ童貞~!」



 優しい笑顔で盛り上がる俺たちの輪にクッッソ不機嫌そうな黒い影が近付く。


 水着にロングコートとかいう、どうしてそうなったスタイルの女性が俺を睨み激怒し、いきなりクソ童貞呼ばわりで飛びかかってくる。



 忘れてた、ソルートン在住の五人目ルナリアの勇者メンバー。


 いや、覚えていたけどこの優しい空間に現れて欲しくなかった。


 ──面倒だから。



「ぅんごっ……て、てめぇ、ここ狭いんだから暴れるんじゃねぇよ! 彼等は昨日から俺とパーティーを組んでもらっている初心者冒険者の皆さんだ! 侍らせるとか誤解を招く表現はやめろラビコ。あと俺が童貞かどうかはお前には分からないだろ!」


「初心者~? パーティー? 何さ、右も左も分からない冒険者誘い込んでセミナー開いて金でも巻き上げるつもりなの~? 確定童貞くんの考えそうなことじゃないか~あっはは~」


 水着魔女ラビコが爆笑し、俺の頭をポンポン叩く。


 ああ……だから来て欲しくなかったんだよ……


 ほら、さっきまで夢と憧れと希望に満ちていた初心者パーティーのみんなの顔が曇り始めた。



 どうすんだよこの空間。












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