第550話 魔晶列車ソルートン延伸 3 サーズ姫様の闇を払った男様




「つまらない質問をしてしまったお詫びに、出どころ不明の謎のデータが書かれた紙を……おっと、いやすまない見えてしまったかな、はは」


 サーズ姫様が不自然な動きで書類の入ったケースを傾け、数枚の紙を俺のほうに落とす。




「……これはサンプルとして作られたウソかもしれないし、本当かもしれない。判断は君に任せるよ。ちなみにこれらの情報は他所での口外を禁じさせてもらうが、まぁ君たちなら大丈夫だろう。はは」


 一枚ずつ拾い、計五枚をサーズ姫様に渡そうとするが、どうしても紙の内容は見えてしまう。


 口外禁止って、もうそれマジもんってことなんじゃ。



 細かな文字はさすがに読めないが、さっき見せてもらったグラフデータと同じ物。


 ただし、緩やかに横ばいだった線がとある地点を境に急降下。一つ横の地点で、これがどれほどの期間を表したものかは分からないが、それが「0」に達し以降線は途絶えてしまっている。


 しかも五枚ある紙、誤差はあれど全てが同じ「0」結末を迎えている。


 ……なんとなく街の名前っぽい表記がチラと見えたが、過去のどこかの街の人口推移データってことなんだろうか。無学の俺では断定できないが。




「なんの他意もない完全ランダムで抜き出してきたデータでな。ただ、これら五枚に共通する出来事がとある地点で起こっている。……それは蒸気モンスターの襲撃」


 なる、ほど……そういうデータか。


「私もペルセフォスの名を背負う者。これまでに座学として過去の多くのデータを見てきた。良いことも、悪いことも。そして蒸気モンスターに襲われた街を救えず、地図から消え去ってしまった街もこの目で何度も見てきた」


 サーズ姫様が俺から紙を受け取り、元のケースにしまう。



「十代前半の血気盛んだったころは過去がそうであっても、私なら変えられる、私なら出来る、そう何のあてもない自信で蒸気モンスターに立ち向かい、力が足りず返り討ちにあい、街が滅ぼされ……を繰り返していた」


 へぇ、サーズ姫様にもそういうなんだか自分は無敵なんじゃないか、みたいなイキってる時期があったのか。意外。


「それが何度も、何度も毎日何年も続き心折られ、そして悟った。……私では蒸気モンスターに勝てないと。ああ、あの何度も見せられたデータは失敗から学び活かせ、ではなく、人の力ではどれほど策を練り自己を磨き鍛錬し戦おうが、桁違いの力を持つ蒸気モンスター相手には無力。数百年におよぶ人間の無駄なあがきと、どれほどの決死の努力を、尊い命の犠牲を積み重ね抵抗しようが私たちの未来はこうなる、お前たちの未来は絶望と闇と滅びである、を見せられたのだな、と」


 軽く拳を握りしめ、サーズ姫様が悔しそうに語る。


 ちょっと……驚きだ。


 いつも果敢に相手に向かい弱みなど一切見せない姿勢のサーズ姫様が、そんなことを思っていた時があったなんて。


 いや、それほどの、サーズ姫様でも考えが修正出来ないほどの無力さを何度もその身で体験したのだろう。



「それからも何度も街が蒸気モンスターに襲われたが、ああ、どうしようもない、抵抗はするし一人でも多くの住民を助けようと動いたが、脳裏によぎるのは結局この街は滅びるのだろうな、という過去の映像。……そして数カ月後、その映像は現実のものとなり私の前に現れる」


 隣にいる騎士のハイラまでも少し驚いた顔。


 ……なかなか上に立つ者、ましてや国を背負う立場の人間の過去の弱さを露呈するような葛藤は聞けないだろうしな……。


「十代後半になり、ルナリアの勇者なる冒険者たちが蒸気モンスターを倒し続ける快進撃を見、希望を持ったりしたが、そこに立ちはだかったのが上位蒸気モンスターの存在。銀の妖狐……試すように、ときに遊ぶように人を殺し……勇者の活躍で全滅こそしなかったが、また多くの街が壊されていった」


 ルナリアの勇者、ラビコたちか。


 おそらく冒険者の国でルーインズウエポンを入手した以降の話、なんだろう。



「彼らでも、これほどの力を持った人間がいてもだめなのか……そうか……私もいずれ力尽きこの身を切り裂かれるのだろうな……何度も見た滅ぼされた街、力尽きた騎士たちに住民、そこに私もいずれ……。そしてラビィコールから届いたソルートンが銀の妖狐の襲撃を受けたという緊急の知らせ。ああ、そうか……その時が来るんだ。私はそう思い、覚悟を決め飛車輪に乗ったのを覚えている」


 銀の妖狐。


 過去ルナリアの勇者たちが何度も戦い、倒せなかった相手。


 この世界の普通の騎士や冒険者では絶対に勝てない上位蒸気モンスター。


 その戦いに向かうんだ、誰だろうが死を覚悟するだろう。


 いや、それなのに来てくれたサーズ姫様と騎士のみなさんこそ本当に勇気ある者、『勇者』なんだと思う。



「ラビィコールの支援要請には銀の妖狐が本拠地ごと攻め入ってきた、とあり、全力で王都から飛んだとしても、その頃にはもうソルートンという街は無くなっているのでは、との考えもよぎった」


 サーズ姫様がふっと顔を上げ俺を見る。


「だがソルートンに着き私の目に入ってきたのは、蒸気モンスターはあらかた倒され街は無事、住民の被害もいまだ『0』。驚き光が見えた砂浜へ向かってみると、元勇者パーティーメンバーを集め街の冒険者を集め、濃い蒸気で視界が悪い中、的確な指示と決して下を見ず皆を鼓舞し、ラビィコールの前に堂々と立つ少年の姿がそこにあった」


 あれはローエンさんとかジゼリィさん、ガトさんに農園のオーナーに街の冒険者が頑張ってくれたから、の被害者0だと思う。俺は指示をしただけ。


「そして君は私たちが銀の妖狐に倒され劣勢になろうが諦めず銀の妖狐に立ち向かっていった。ああ、素晴らしい、その真っ直ぐな勇気は本当に素晴らしい……私にもああいう時代があった……でも……その先は滅びと闇、身を引き裂く死の痛みなんだ……それは、その未来は誰にも変えられないんだよ、と」


 サーズ姫様がゆっくりと手を伸ばし、俺の目元を優しく触れてくる。


「だけど君の目は違った、あの迷いなく未来を見据えた輝きはいまだに鮮明に覚えている。いや、忘れるわけがない。私の闇に曇った目を晴らし、この世界の未来は滅びではないんだと思わせてくれた勇者の目。あの銀の妖狐と武器も持たず生身で対峙し、面妖な動きを読み顔面を思いっきり殴ったとか……私は状況も立場も考えず思わず笑ってしまったよ」


 銀の妖狐は俺と話をしようと出てきて、それを邪魔しようとしたみんなをどかしただけ、という感じのことを言っていたっけ?


 ようするに全く本気を出していなかった、だから俺も殴れたってことだろ。



「そして吹っ切れた。この世界にはまだ君のような勇気ある者がいる。滅びに向かうこの世界を変えられる、そう、君がいればこの世界は変えられる……! ああ、この体が高揚する感じ、子供のころに読んだ光の勇者の物語、そう、彼らは暗い滅びの闇を切り払い明るい未来をその手にした。それが現実になるかもしれない、いや出来る、なぜならこの少年の目はその未来しか見ていない。私も、ああ私も出来るかもしれない、この少年の放つ光を信じついていけば、私でも皆に明るい未来を見せてあげられるかもしれない! そうだ、あれをこうすれば、いやあっちはこうだな、それでこうして……楽しい、考えることが、動くことが、寝ることが、目を覚ますことが、全てが楽しい! ああ、これだ、これが生きるということなんだ。下を向き諦め滅びを待つことが生きるということではない、それは間違っている。生きるということは、明日へ向かうことが楽しいと思うこの瞬間なんだ!」


 吹っ切れた、か。


 己の抱えた闇を自ら払えたのは、それがサーズ姫様の力、ということです。


 そのきっかけになれたのなら、決死の思いで頑張ってキモい銀の妖狐を殴った甲斐があるってもんです。



「──分かってもらえるだろうか、この想い。君はソルートンの住民全員にこの明るい未来へ歩むという勇気を与えた。また蒸気モンスターに襲われようが、絶対になんとかなる、この街は大丈夫。なぜなら、ソルートンには君がいるのだから」


 俺? ラビコがいるから大丈夫ってみんな思っているんじゃないのか? あと俺の愛犬ベス。


「そしてソルートンは蒸気モンスターに襲われたという悪評を跳ねのけ活気を取り戻し人口が急上昇、結果王都にすら聞こえてくる売上を上げ続ける宿ジゼリィ=アゼリィを生み出した。私がデータを見て諦めていた滅びの未来を辿らず、発展繁栄の未来をソルートンは手にした」


 確かに最近ソルートンって人が多いなぁと思っていたが、マジで人口増えていたのか。


「君はソルートンの滅びの道を絶ち、未来を変えた。世界で初めてのケースだ、それを信じない者もいるだろう。投資の動きが鈍いのもそういうことだと思う」


 そういやサーズ姫様がソルートンの大型商業施設に投資してくれる協賛企業が少なくて困っているって言っていたが、そのことか。



「さぁ、見せてやろうじゃないか、世界にソルートンという街の発展を。見せてやろうじゃないか、蒸気モンスターに襲われようが決して屈しなかった人間の力を、そしてその先の未来を!」



 サーズ姫様がぐっと力を込めた拳を俺に当ててくる。


「君こそこの国の、いや世界の……私の希望。私は君についていく、いや、未熟な私を導いて欲しい。君が見る未来を、私も一緒に見たいんだ。君の横で……君の横に普通に立っていられる存在でありたい。……だめ、かな、はは」


 少し恥ずかしそうに、優しく微笑むサーズ姫様。


 うっへぇ……これで落ちない男はこの世にいないだろ……。




「……マスター、早く紅茶を。あと五秒で香りが飛んで味が落ちていって……ああ……これはそこの人にあげて入れなおします……」


 サーズ姫様の熱のこもった演説にみんな魅入っているが、俺の背後で別空間にいるっぽいバニー娘こと紅茶の神アプティさんが、少し冷めてしまった紅茶をハイラの元へ持っていこうとする。



 いや飲むって、なんで味の落ちた紅茶をハイラにあげようとするんだよアプティ。


 あともう少し……場の雰囲気を感じてね……。















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