13 異世界転生したらルナリアの勇者が現れたんだが

第508話 妙な噂と俺は性癖ノーマル少年様




「……おはようございますマスター……」


 

 抑揚のない無表情ボイスと共に軽く体を揺すられ、俺は磁石でくっついているかのような重いまぶたを強引に開く。


 まぶし……もう朝か……。



 こないだまでペルセフォスのサーズ姫様だったり、花の国フルフローラのローベルト様だったりと王族様がこの宿に来ていて大騒ぎだったが、あれから数日が経ち、港街ソルートンにある宿ジゼリィ=アゼリィはいつもの落ち着きを取り戻している。


 俺のパーティーメンバーである猫耳フードをかぶったクロも実は魔法の国セレスティアのお姫様で王族様。要するに、この宿に三カ国の王族様が集結していたってことになる。


 お忍び状態の非公式だったから誰にも自慢は出来ないが、これって相当すげぇことなんだよな。




「……マスター、今日こそ結婚の紅茶を開けますか……?」



 起こしてくれた女性、バニー姿のアプティのお胸様をぼーっと眺めていたら、彼女が謎の言葉を発し大事そうに抱えていた缶を俺に押し付けてきた。


 うむ、寝起きに見るのはアプティの揺れるお胸様に限る。


 ぜひに後ろを振り向いてもらってお尻様も見たい……って何だこの軽い缶。



「……ああこれ、ローベルト様がくれたお土産の高級紅茶葉じゃないか」


 無表情ながらもウッキウキでアプティが渡してきたが、これはこないだロゼリィに会いに花の国フルフローラからローベルト様がお土産で持ってきてくれた物であって、アプティの私物ではない。


 ……あれ以来アプティが抱えて離さず、俺以外の人が触ろうとするとビュンと残像を残して消え、俺の後ろに瞬間移動してくるようになった。


 誰も触れないし、もはやアプティの私物、だな。


 アプティはなぜか紅茶が大好きで、そのアプティがここまで大事にする紅茶葉か。


 紅茶の有名な産地である花の国フルフローラの王族様が持ってきてくれたお墨付きの物でもあるし、おそらく目玉が飛び出るほど美味い紅茶なのだろう。


 ……つか結婚の紅茶って、何。



「ベッスベッス!」


 よく分からんがいつか二人で飲もうな、とアプティの頭を撫で落ち着かせていたら、愛犬ベスが大興奮で俺の足に絡みついてきた。


 ああこの絡み方、足湯に行きたいってことか。


 時刻は朝八時過ぎ、もう足湯の掃除も終わっているだろう。





 ぴょんぴょん跳ねる愛犬を引き連れ宿入り口横の足湯に行くと、寝起きの頭では処理が追いつかない、びっくりするような巨体の男性が先客でいた。


「がっはは、元気かオレンジ兄ちゃん! あれからあっちこちで大活躍みたいだが、相っ変わらず腕が細せぇな! もっと肉食って二倍に膨らませろ! じゃないと良い船乗りにゃあなれねぇぞ!」


 やけにガタイの良い人だな、と思ったら、以前漁船でお世話になったガトさんじゃないか。


 なんだか久しぶりな気がするぞ。にしても声がでけぇ。


 今は船乗りをやっているが、この人は元勇者パーティーのメンバーで、巨大な斧を豪快に振り回す系の屈強なファイターだったそうだ。


 銀の妖狐にソルートンが襲われたときその姿を見たが、他の冒険者とは別格の強さだった。


 さすが世界に名を馳せた元ルナリアの勇者のパーティーメンバーだな。



「あ、お、おはようございます……いや、俺は船乗りにはならな……」


「うちの娘が早く五年経たないかって毎日うるさくてよ。さっさと娘と結婚してもらって、兄ちゃんに船譲りてぇんだ。がっはは!」


 ガトさんが豪快に笑い、恐るべき握力で俺の肩を掴んでくる。



 む、娘? それって十二歳ぐらいで、ぶかっとした海賊服を着て舌っ足らずな喋りをしていたシャムちゃんか?


 シャムちゃんが五年経ったら……か。


 あの子、絶対に美人になるよな……。想像で妄想だが、ちょっと露出多めな海賊服……十七歳になったシャムちゃんは出るところも出て、とても素晴らしいスタイルになっていそう。



「がっはは! シャムの前でその崩れた顔はすんなよ? さて、ローエンにジゼリィは宿にいるか?」


 俺がシャムちゃんの五年後のエロい体を想像していたら、ガトさんがニヤニヤ笑い足湯から立ち上がる。


 やべっ……あの子今でも可愛いから、余計に妄想してしまった。しかも顔に出ていた……。


「ロ、ローエンさんにジゼリィさんですか? 今の時間なら事務所の掃除をしていると思いますが……」


「そっか、邪魔するぜ。……妙な噂を聞いたんでな……」


 俺が裏返った声で返事をすると、ガトさんがさっきまでのガッハッハ系の笑みを消し巨体を揺らし宿の中に入っていった。


 この宿のオーナー夫妻であるローエンさんにジゼリィさんも元勇者パーティーのメンバーで、ガトさんとは仲も良い。


 しかしガトさんがこの宿に来るのは珍しいな。



「……妙な噂、はて」


「ベッスベッス!」


 俺が首をかしげていたら、愛犬がもう足湯に飛び込んでいい? いいよね? と誰もいなくなった足湯にダイブ。


 いつもなら誰が利用していようが俺の合図すら待たず飛び込むのに、さすがにガタイがでかく威圧感のあったガトさんの前では遠慮したんかね。




「お、いたいた。部屋行ったら掃除中のアプティに無言で睨まれてよ、つかなンでアプティっていつもキングの部屋にいンだよ」


 誰も利用していない広い足湯を悠々と泳ぐ愛犬に目を細ませていたら、宿から肩で風を切る感じのヤンキー歩き女性が近付いてきた。


「おはよう、クロ。アプティは無表情なだけで、睨んではこないって。多分掃除の邪魔だったんだろ」


 アプティは基本感情を表に出すことはしない。無表情でジーっと見てくる。


 まぁ最近はその無表情にも種類があると気付いて、だいぶアプティの気持ちが分かるようになってきたがね。


 慣れてくると結構表情豊かな無表情なんだぞ、アプティは。


 ……言葉がおかしいが、そうとしか表記出来ない俺の語彙力の無さ。



「あわよくば寝込みを襲おうと思ったのによぉ……アプティの護衛力はハンパねぇからなぁ」


 猫耳フードにゴーグルをつけ、ちょっとパンクっぽい格好をしたクロ。肌の露出はほとんどなく、唯一短パンの先に太ももが眩しく見えるぐらいか。


 バニー姿のアプティと違って目の保養度合いは低いが、太ももだけが見えるというのが逆にエロい。ああ、俺のエロを感じるポイントとかどうでもいい情報だろうが、同士は必ずいるはず。怖がらずに俺と友好の握手をしようじゃないか。


「まぁいいや、都合よく誰もいねぇし色仕掛けでもすっか。なぁキングー、ちょーっとアタシのお願い聞いてくンねぇかなぁ。なぁなぁ、ほんの二千Gでいいんだ。ほら、アタシの太もも触ってもいいからよぉ」


 キョロキョロと周囲を確認し、邪魔者がいないと判断したっぽいクロが、急に猫なで声で甘えてきた。太もも凝視してたのバレてーら。


 おっほ……中身はガサツヤンキーとはいえ、クロは正直美人さんである。


 色仕掛けでもすっか、とか宣言されて擦り寄られても警戒心しか湧かないが、純な少年である俺の体は否応なく反応する。


 すっげぇ嫌な予感しかしないが、クロの柔らかそうな太ももを合法的に触れるのなら二千Gぐらい……に、二千? それって日本感覚二十万円だぞ。


 高……いや、クロの太もも代としては安い……いや、触るだけで二千は高い。せめて『頬ずり+舐める』ぐらいのハッピーセットは欲しいところ。



 だいぶ前、水着魔女ラビコの足を舐めたことがあるが、あれは良き思い出……なんか俺の性癖を暴露すればするほど好感度ドン下がりしていそうだから、今日はこのへんでやめておこう。



 信じて欲しいが、俺はいたってノーマルである。












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