第507話 王族達の帰還様 ──十二章 完──




「え、もうお帰りになられるんですか!?」



 クマさん襲撃事件翌朝八時。


 朝ご飯を宿一階の食堂で食べていたら、サーズ姫様御一行はもうペルセフォスに帰るとのこと。



「ああ、本当はずっと君の側にいたいのだが、これ以上はフォウティア姉さんや部下達の負担が増してしまうのでな。残念ながらご飯を食べたらソルートンを発つよ。っと、ここのケーキはペルセフォス王都では出会えないレベルの美味しさだな、うむ」


 サーズ姫様がデザートのイケメンボイス兄さん特製柑橘かんきつどっさりケーキを美味しそうに食べながら言う。


 サーズ姫様やローベルト様御一行が来ているからと、マジでイケボ兄さん張り切っているからなぁ。いつもよりワンランク上の料理がバンバン出てくる。




「私達も今日が限界だ……旅費もギリギリの節約旅でな……お土産すら買えないレベルさ、あはは……あとケーキ超絶美味しい……」


 ロゼリィの横でサーズ姫様と同じケーキを食べていたローベルト様も泣きながら言う。


 その涙はケーキが美味しい感激の涙なのか、お城の皆にお土産を買えない悔しさなのかどっちだろう。



「あ、お土産はこちらでご用意しましたよ。お高いものではないですが、我が宿自慢のお菓子です」


 サーズ姫様が来た日、イケボ兄さんと話し合い、お土産のお菓子を作ってもらった。日持ちするクッキーとかの焼き菓子中心の、宿ジゼリィ=アゼリィ特製お土産だ。


 お店の在庫分も出しローベルト様御一行分もちゃんと用意したぞ。


「い、い、いいいいのか!? 結構な量じゃないか! これなら帰りの道中のご飯に……い、いや我慢して持ち帰ってお城の皆のお土産に……うう」


 俺が用意していたお菓子セットを渡すとローベルト様がとんでもない笑顔になり、すぐにまた泣きそうな顔になる。


 ああ……そういや花の国フルフローラは経済状況ヤバメなんだっけ……。しわ寄せがローベルト様にも来ているのか。


「ローベルト様からはうちのアプティが抱えて離さないレベルの紅茶をいただきましたから、そのお返しです。それとうちはお弁当もありますので、それをお持ち帰りください。日持ちする物もありますので、数日分お渡ししますね」


「お、お弁当! しかもここの超絶美味飯お弁当! い、いいのか少年! あれか、この私を餌付けしようとしていないか!? 君にはロゼリィ嬢という素晴らしい女性がいるにも関わらず……! しかし今の私なら簡単に乗るぞ……って、あ、違うんだロゼリィ嬢、これは全てお金がない私の貧しい心が言わせたことで、少年に気があるわけでは……いや、確かにこの少年の将来性はすごい。今のうちに落としておく価値はありそ……い、いやなんでもない、うん」


 ローベルト様がお弁当という単語にものすごい反応を見せ、笑顔で俺の手を握ってくる。餌付けとか、どういう発想なんだこの人……。


 話の途中から宿の娘ロゼリィがなんともいえない顔になり、それに気が付いたローベルト様が必死に弁解。



「お土産か、宿のオーナー夫妻であられるローエン殿とジゼリィ殿には宿の宿泊代と一緒にお渡ししたが、君にはまだ渡していなかったな」


 そのやりとりを見ていたサーズ姫様が嫌な笑顔になり、俺に近付いてくる。


 あれ、サーズ姫様からはものすごい高級酒を二本、確か日本感覚二百万円以上するような物をいただいたような。


 ほぼ全部水着魔女ラビコが飲み干したけど。


「ふふ、そう警戒するな……」


 な……なんでしょうその笑顔。サーズ姫様がぐいっと体を俺に密着させてくる。


 うう、ええ香りが……。


「ははは、私と君は人前だろうがこんなことも出来るんだって見せつけて……おっぐふ……」


「っざけんなこのクソ変態ぃ~! この混雑する食堂で人の男にキスしようとするとか~目立っちゃダメなの忘れたのかよ!」


 サーズ姫様が恍惚の表情で迫ってきて俺がびびって動けずにいたら、サーズ姫様の頭に水着魔女ラビコの手加減なし脳天直撃チョップが突き刺さる。


 まぁ……サーズ姫様にこんなこと出来るのは、親友でありこの国の王と同じ権力を持っているラビコだけだな……。


 そういや王族お二方共、お忍びなんだよね。あんまり宿の食堂で騒がれるのはまずい。


「よ、よせラビコ。むしろ目立ってきた。つかサーズ姫様……じゃなくて、ね、姉さんが弟の俺に変なことするわけないだろ。今のは……えーと、家族の別れの抱擁とか、そういう演技だろ」


 そういや忘れていたこの設定。


 人目がある場所ではサーズ姫様は俺の姉設定だった。


「はぁ~? 今の抱擁とかじゃなくてマジでキスする気だったんだぞ~! 社長はペルセフォス組に甘すぎるんだっての~! こいつらマジでいっつも良からぬこと考えているんだって! そしてこの中でキスしたのは私だけだから~そこのマウントは維持しないと~あっはは~」


 ラビコがサーズ姫様を引っ剥がし、俺を守るように前に立つ。


 そしてこの状況で火に油の発言すんな! 



「あ、私も先生とキスしました! レースで優勝した記念にと、先生が熱い抱擁と共に吸い合うようなキスを……」


 あああ……王族二人の前だからと大人しくしていたっぽい騎士であるハイラさんが動き出してしまった……。


「あ、ずっりぃってキング! アタシの見た目を無理矢理キング好みに変えといて、そういうのはお預けとかひでぇって。アプティとは毎晩ヤってんだろ? じゃあさっさとアタシも抱いてくれって」


 ハイラの発言に猫耳フードをかぶったクロまでもが反応。


 クロの見た目を変えたのは、美人のくせにボサボサ髪でもったいないからと美容室に連れて行っただけだろ。


 オネェ店員(男)にイメージはと聞かれて、クロは過去の偉人マリア=セレスティアさんに似ていたからそれっぽく仕上げてもらっただけだっての。


 あと俺は大声で言いたいが、アプティは寝ているあいだに勝手に部屋の鍵すり抜けて入ってきてベッドに潜り込んできているだけで、俺は現在進行系で綺麗な目と心の童貞だっての。毎晩ヤってねぇ。


 俺が毎晩ヤっているのは、俺による俺のための一人DEできるもん! な。これは小声で言いたい。



「……それは本当ですか? 私にはおでことか頬にキス止まりで、ラビコとハイラさんには吸い合うキス……しかもアプティとは毎晩ヤ……ええと、どういうことでしょうこの差は。私も何度かそれっぽくお誘いしましたよね? 甘い言葉の一つでもかけていただければ私はいつでも受け入れるのに、なぜ私ではなくアプティなのでしょう?」


 ほぁ……これ系でキレたら一番おっかねぇ宿の娘ロゼリィが黒いオーラを放ち始めたんですが。


 ラビコとハイラには確かにそういうことされたが、俺はしっかり童貞維持してるって。そんなのみんな知ってんだろ。



「…………マスターのはいつも……すごい、です……」


 バニー娘アプティが無表情に小さい声で自分を主張。


 だからさ、アプティは人間じゃなくて蒸気モンスターだから人間の言葉はちょっと苦手ってのは分かるけどさ、どうしてそう言葉足らずなのが逆にどうとでも取れる内容とタイミングで発言するかな。


 アプティの言葉を聞いた女性一同がゴクリと喉を鳴らす。


 多分寝ている間に俺のマグナムさんが無意識にビッグになっていて、毎晩見ていますがいつも元気ですよ、という意味なんだろう。



「ず、ずるいですぅ! 私も当たり前のように真顔で『先生のはいつもすごいですよ』って言いたいですぅ! どうせ近い内にするんですから、ちょっと早まるぐらい、いいじゃないですか。ね、先生、王都に帰る前に熱いお土産が欲しいですぅ! 五分ぐらいでちゃっちゃとヤってしまいましょう!」


 ハイラが他の子にはおもちゃあげたじゃないですか、じゃあ私にも下さいぐらいのノリで迫ってくる。


 近い内にするとかなんの話だ。


 ああもう、やっぱりアプティの発言を誤解しやがって。



「ほう、アプティ殿がすごいと表現するのだから、余程なのだろう。小さいのは昨日見たが、ぜひ大きなタイプのお土産も見たいものだ」


 あーあ、サーズ姫様まで悪いノリになってきたじゃないか。


 昨日見た小さいのって何。



「うーん、やっぱり君はすごいな。仕事の鬼であるサーズ様を一瞬にして恋する女性に変えることが出来るのだから。無理してスケジュール開けてソルートンに来て正解だったよ、本当に」


 周りがどんなに騒ごうが自分の分のモーニングセットから目をそらさず、しっかり全て綺麗に食べ終えてからイケメン隠密騎士アーリーガルが喋りだした。


 どんだけ集中して朝ご飯食ってんだ……。


 それほど美味しいってことなんだろうが。


「サーズ様は本当に毎日休む間もなく動き回っているから、日々体に蓄積されていく疲労や心労は相当なものだと思う。……多分僕らが想像している以上の負担だと思うんだ。なんとか僕らもサーズ様に休んでもらおうと努力はしたけど上手くいかなくてね……。でも君と出会ってからは、サーズ様は本当によく笑うようになったんだ」


 あのよアーリーガル……真面目に語ってるとこ悪いけど、少しは周りとの温度差に気付けよ。


 周りの女性陣がなんか大興奮状態なのに、なにを一人食後の紅茶を傾けながら流し目で語りだしてんだよ。


 いやまぁ、サーズ姫様が普段超お忙しいのは知っています。


 そのサーズ姫様が休暇でソルートンに来られたのだから、俺なりに最大限配慮はしたつもり。


 配慮ってもソルートンをちょっと案内して、夜に歓迎会をしたぐらいか……しかも俺、途中で抜け出してハイラと海に行ってしまったし。よく考えたらあまりおもてなし出来なかったのかも……。



「少し悔しいけど、サーズ様は君と一緒になってもらいたいんだ。僕はサーズ様に笑顔でいてもらいたい。だから僕はサーズ様の想いを応援……」


「フハハハ……どうした弟よ! 姉に立派に成長した姿を見せてみろ! 小さいのではなく、極大な感じのアレを……」


 アーリーガル君、いいのか? この暴走した感じのサーズ姫様の悪役みてぇな笑顔がお前の本当に守りたいものになるぞ。



「小さいといっても、知り合いから聞いた話や本で得た情報よりは大きかったような。……ってことは、先生の大きいのはマジやばサイズなんですかね! 以前見たことがありますが……もう一回見たいなぁ。うん、やっぱりそれをじっくり確認するまで王都には帰れないというか、そうだ! 一応上司にあたるアーリーガルさんを五発ぐらい無意味に全力で殴ったりすれば不祥事の出来上がりで一発クビ! 晴れて私はソルートン組の一員に……!」


 おいアーリーガル、イケメン王子フェイスで紅茶傾けて理想のサーズ姫様を語っている暇はねぇぞ、早く現実の主とお仲間の暴走を止めろよ! 


 このままじゃお前、ハイラに無意味に殴られんぞ。五発。



「なんか不思議な少年だと思っていたが、こうして一緒のときを過ごすと君の周りに人が集まる理由が見えてきたぞ。ラビコ様しかりサーズ様しかりロゼリィ嬢しかり、君にはいつも笑顔と心からの信頼が向けられている。すごいな……これぞ私が学ぶべき人間力」


 花の国フルフローラの王族、ローベルト様がこの騒動を見て感心しているが、毎晩ヤってるだの極大な感じのアレを見せろだの、俺のマグナムをじっくり見たいからアーリーガルを五発殴るだの、このエロ大騒ぎから何を学ぼうとしているんすか……。


「ローベルト様、彼こそ我等がフルフローラの発展には欠かせない人物なのではないでしょうか。このイエロ、ローベルト様の元で多くの人物をリサーチしてきましたが、私は彼を一番に推します。……お金では無理でしょうが、それ以外の方法でなんとかフルフローラに引き入れるべきです! 少し調べましたが、彼はまだ未経験男子で、エロ本すら自由に見ることが出来ない状況とか。ここです、ここですよローベルト様! フルフローラに来れば自由なエロが手に入るとかそれ系の誘惑でガツンと攻めましょう!」


 ずっと大人しくしていたローベルト様のイケメン執事軍団の一人、イエロさんがメモ帳片手に熱弁。


 何勝手に俺の悲しい性事情を調べ上げてんだよ、このイケメン執事。しかも短期間にも関わらず、すげぇ正確じゃねぇか……。


 さてはあんた、優秀な人材だな?


「やはりそうか。イエロがそこまで言うのだ、本物なのだな、彼は。どうだろう少年、ロゼリィ譲と一緒にフルフローラに住まないか? なんとか君達のお金は捻出するし、エッチな本ならばビスブーケの夜市がすごいぞ。そこなら必ず好みの本が見つかるらしい。ロゼリィ嬢と仲良くエッチな本探しデートなど……」


 なんかどさくさでローベルト様まで妙なノリに乗ってきたじゃねぇか。


「そ、それはダメです……! そういう本で満足されてしまうと私が困ります! あといくらローベルトさんのお誘いでも、私は彼とこの宿を継ぐので……その……」


 ローベルト様、ロゼリィの親友なんだからエロ本探しデートなんて一番やっちゃいけないデートだって理解して下さい。


 フルフローラに住む? うーん、申し訳ないが、それは無理かな。


 だって俺の家、この宿ジゼリィ=アゼリィに作ったばっかだし。


 あと、俺はここが好きなんだよね。


 エロには厳しいがそれ以外は優しいロゼリィがいて、わがままだけどすっげぇ魔法使えて頭良くて最高に格好いいラビコがいて、蒸気モンスターではあるがすごい俺のお世話をしてくれるアプティがいて、ヤンキー系の言動がとても王族とは思えないけど地味に常識人だったりするクロがいたり、オーナー夫妻にイケボ兄さん、正社員五人娘……ソルートンのみんな……この異世界に来て他の街や国を見てきたが、やっぱ俺の肌に合うのはここソルートンなんだ。


 このソルートンの宿ジゼリィ=アゼリィこそ、俺が異世界で手に入れた故郷なのさ。



「おっと、アタシだってキングを狙ってるって忘れてもらっちゃ困るぜ。しかしよく考えたらキングってすげぇよな。ペルセフォスにフルフローラ、あとアタシも狙ってるからセレスティア。この三カ国の王族に来ないかって誘われてるってんだからよ!」


 猫耳フードをかぶったクロが背中から抱きついてきたけど、あなた達お忍び中だって設定覚えていますか……? もう堂々と国名言ってんじゃん。一応みんな変装というか、街の人みたいな普段着だから聞いただけで誰かは分からないだろうけど……。


 でもこれ以上はアカン、食堂にいる人の注目浴びだした。


 しかもまーた俺の世間体だだ下がりイベントだし……。



「アニキ、朗報っす! そのお美しい女性たちはご親戚らしいですが、確か親戚でも何等親か離れていれば結婚できますぜ! しかしその人……なーんかこないだ来た王族のサーズ様にそっくりじゃないすか? ちょっと計らせて……」


 やべぇ、女性の胸のサイズを遠距離からの目視だけでミリ単位まで正確に計れて個人を特定出来るマンこと、世紀末覇者軍団のモヒカン一号が食堂にいやがったのかよ! 


 このクソ面倒なときによぉ……。


 これはまずいぞ、計られないように隠さないと。


 でもどうすれば……モヒカンの目がサーズ姫様のお胸様をロックオン。計測開始……ああああ、アカーン! 



「う、うわあああああ弟の俺を置いてもう帰るとかマジっすか姉さーん! 俺超寂しいっすぅぅ!!」


「……ん? お? おや? ほうほう、これはこれは。さすがにこうストレートに来るとは予想外だったぞ。そうだな、弟が姉に甘えるのは当然のこと。いいぞ、姉の胸でたっぷり甘えるがいい! しかし君も上手く設定を使う。こうすれば自然に私の胸に飛び込めるものな、うん。別に普通に触りたいと言えばいいではないかと思うが……なんだ、極悪ソルートン組の連中には満足に胸も触らせてもらえていないのか? かわいそうに、さぁたっぷり甘えていいぞ、ははは!」


 ああ、柔らかい…………すごい……これがサーズ姫様のお胸様の感触……最後にこれを顔面で味わえたのなら、この楽しかった異世界人生に後悔はない。


 贅沢を言えるのなら、ロゼリィとラビコとアプティとクロのも味わいたい。そうだな、他にもここにいるメンバーのハイラとローベルト様のも出来たら……ほら、最後だし。


 おっと、どうせなら正社員五人娘全員のお胸様にも飛び込んでおくか。多分最後だし。


 あ、男はいらんです。アーリーガルとか王子みてぇにイケメンだけど嫌っす。胸板硬いし。



「…………え、あの……姉弟の別れの抱擁……なんです、か……?」


 静まり返る食堂。


 その沈黙を打ち破ったのは、何が起きたかいまいち状況を理解していない宿の娘ロゼリィ。


 いや俺だって咄嗟とっさだったとはいえ、なんでこんなことしたか意味分かんねぇよ。しかも演技っぽいセリフ付きで。


「社長~それどういうこと~? 親戚だって嘘の設定使ってまでその変態の胸を触りたかったってこと~? 何度誘惑しようが一度も私の胸は触ろうとしなかったくせに、な~んでよりによってその変態にいくかな……こんのクソ童貞、どういうことか説明しろ~!!」


 水着魔女ラビコが大激怒。



 ええと俺が何をしたのかというと、サーズ姫様をモヒカン一号のエロ計測アイから守ろうとサーズ姫様のその大きなお胸様に顔面から飛び込んだのさ。


 そう、これはサーズ姫様の正体がモヒカン一号の目測でバレることを防ごうとした行為であって、けっしてエロ目的ではない。


 そこだけは紳士諸君に理解して欲しい。


 ……じゃないと、味方が一人もいなくなる……。



「なるほど! そういえばその設定ありましたね! 私って妹でしたっけ? ほぉら先生、妹の胸で甘えていいんですよぉ!」


 水を得た魚がごとく、騎士ハイラが俺の後頭部に抱きついてくる。


 うーん、事態は悪化したが、俺の頭の前後は幸せ感触。


 ああ……この後起こることを考えたくないな……今、この瞬間が幸せ、それでいいじゃないか。でもラビコ怒ってるんだよね……。



「おお……す、すごいな。奥手な少年だと思っていたが、やるときはやるんだな。ロゼリィ嬢、これはチャンスだぞ! なにか適当な理由をつけてあの輪に飛び込め!」


 サーズ姫様とハイラのお胸様に挟まれているので見えないが、なにやらローベルト様がロゼリィをけしかけている。


「え、あの……お、大きさなら私のほうがあるかと……!」


 ほげ、なんだか右方向からとんでもない大きさの柔らかい物が押し付けられている。


 ……マジでロゼリィ来たのかよ。



「ほぅ、やはりロゼリィ殿はこの少年のことになると、私が相手だろうが前に立ちふさがるな。いいぞ、強い心を持つ者は私の好みだ。確かにロゼリィ殿の言う通り胸の大きさでは負けるが、私は他にもこの少年を攻め落とす術をいくつも用意してある。さぁ、あなたはどこまでこの少年を守れるかな……フハハ、ハハハハハ!」


 攻め落とす術だの最後の安い悪役みたいな高笑いだの、サーズ姫様ってこんな人だっけ?



「お前らいい加減にしろ~!! 人の男で遊ぶなってんだろ!! オロラエド……」


 ヤッベ、ラビコさんブチ切れ。つか俺で遊んでる人物筆頭ってラビコじゃ……。


 って魔法……おいバカやめろ!




 ──騒がしい朝食。最後はラビコが激怒し、マジで魔法を唱え始めたので慌てて全員で止めに入った。



 ああ……疲れる……せっかくサーズ姫様やローベルト様がソルートンに来てくれていたというのに、ただ騒いで貴重な休暇を使わせてしまった感。







「では我々は王都に帰るよ。いやぁ楽しかった、うん、本当に楽しかった。ありがとうジゼリィ=アゼリィメンバー」


「ふん、休んだのならさっさと帰れっての~。たっぷりもてなしてやったんだから~今度私達が王都に行ったら、相応の豪華なもてなしを期待しとくよ~あっはは~」


 午前十時すぎ、サーズ姫様御一行がついに王都へお帰りに。



 馬車二台に宿前に来てもらい、アーリーガルとハイラがせっせと荷物を積み込んでいる。


 なんかやたらにでかい包みを積むのに苦労しているが、そういや来たときにもあったな、あれ。


 体験型騎士教室かソルートンでのもう一件の用事で使った物なのかな。



 サーズ姫様が見送りに出てきたジゼリィ=アゼリィスタッフ全員と握手をし、お礼を言っている。


 ラビコは仏頂面で文句を言っているが、しっかりサーズ姫様の握手に応じてんな。



「我々も帰るとする。今度ロゼオフルールガーデンに出来るカフェの本店の様子を見たくて来たのだが、本当にご飯はどれも美味しく、我がフルフローラに出来るカフェの完成が待ち遠しいよ」


 ローベルト様御一行はここから歩いて港に向かい、そこから船でお帰りになられるとのこと。


「ご、ごめんなさいローベルトさん……せっかく来ていただいたのに、なんだか騒がしい感じになってしまって……」


 宿の娘ロゼリィがローベルト様の手を握り謝っている。


 確かにずっと騒いでいたから、やすらかな休暇とかいう感じではなかったかも。


「何を言うロゼリィ嬢。とても楽しかったぞ。こんなに心から笑ったのは久しぶりだった。憧れだったジゼリィ様にも会えたし、なぜかペルセフォスのサーズ様、さらにはセレスティアのクロックリム様と本音で語り合え、本当に充実したプライベート旅行だったぞ。……あと、頑張るんだぞロゼリィ嬢。なんだかとんでもないクラスのライバルが多数いるが、ロゼリィ嬢の想いの強さは誰にも負けないはずだ。いざとなったら裸で少年に抱きつけ」


 ローベルト様が笑顔でロゼリィを抱きしめ、後半ボソボソと耳元でつぶやいている。ここからじゃ聞こえないな。


「え、え? あの……は、裸……?」


 ロゼリィが真っ赤な顔でローベルト様を見ているが、一体なにを言われたのかね。





「……浜辺でロマンス作戦は失敗したが、また新たな策を考えておくよ。あと、私サーズ=ペルセフォス個人から君だけにお土産だ」


 もう馬車が出るというとき、サーズ姫様が俺に駆け寄ってくる。


 浜辺でロマンス作戦? なんの話だ、と考えていたらサーズ姫様が微笑み、俺の頬に優しく唇が押し付けられる。


 え……ちょ……!


「……ふふ、やはり私は君のことが好きだな。ではまたな」


 そう言い残し、サーズ姫様が馬車に乗り込む。


 俺は何が起きたか数秒理解できず、体が固まるのみ。



「てめぇ! 帰る時ぐらい普通に出来ねぇのか!」


 すぐに水着魔女ラビコが反応し、サーズ姫様の唇の感触が残る頬を思いっきり握られる。


 いって……! やめろよ、この感触を夜に持ち越して俺カーニバルに使おうと思っていたのによぉ!


「はは、この世に普通などない! あるのはそれぞれの心に秘めたまっすぐな想いや理想だ! では、また王都で会おう!」


 サーズ姫様、ハイラ、アーリーガルを乗せた馬車が宿を発つ。



「とても楽しかったぞ、少年。ぜひまたフルフローラに来てくれ。美味しい紅茶を用意して待っているよ。あと、早くロゼリィ嬢を抱くんだぞ、あはは」


 ローベルト様御一行も港へ向け出発。


 美味しい紅茶、の言葉にバニー娘アプティがすげぇ反応して俺の尻を握ってくる。なんでことあるごとに俺の尻掴むんだよアプティさん……。


 去り際にロゼリィを抱けとか意味分かんねぇっすよ、ローベルト様。






「あ~……や~~っと帰った~。ね~社長~早くあいつらのこと忘れたいから部屋でいちゃいちゃしようよ~」


 でっかい溜め息をつき、水着魔女ラビコがぐいぐい俺を引っ張る。


 はぁ? バカ言え、俺はさっきのサーズ姫様のお胸様や唇の感触を一生忘れないように脳に刻み、いつでも引き出してカーニバるつもりなんですけど。


「は、裸で抱きつく……恥ずかしい……でもこれ以上は先を越されてしまう……!」


 なんだか焦った感じの真っ赤な顔のロゼリィが俺の手を握ってくる。ど、どしたのロゼリィ。


「なんか体が熱いからよ、さっさとヤろうぜキング! 怖くねぇって、アタシが腕力でスッキリさせてやっからよ、にゃっははは!」


 猫耳フードをかぶったクロも変なテンションなんだけど、腕力で何されんの、俺。


「……マスターが大人気です……なんだか私も嬉しい、です……」


 この中ではバニー娘のアプティさんが一番まともな発言ですわ。




 よく分かんねぇがテンション高い女性陣の頭を撫でなだめ、ひそひそ話で俺を指してくるお客さんがいっぱいいる食堂へ戻る。


 ……なんつーか今までで最大に世間体が下がった気がするが、すでにマイナスを振り切ったはずだからどうでもいいか……。






 ──後日判明した事実だが、宿のオーナー夫妻のジゼリィさんの下着が一枚無くなっていたそうだ。







異世界転生したら犬のほうが強かったんだが 12章


『異世界転生したらお姫様が集まったんだが』  


      ──完──

















  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る