第503話 続続恐怖の砂浜 1 野生化と新たなる色の恐怖様
「うわぁ海ですぅ! 街中より星空が綺麗に見えますぅ!」
ソルートン南側にある砂浜。
日中は海を楽しもうと人が集まりかなり混雑するのだが、夜になるとほとんど人がいなくなる。周囲に人の気配ゼロ。
本当に静かな夜の海。
さっきまで俺の部屋でサーズ姫様とローベルト様御一行の歓迎会をしていたのだが、ハイラが人酔いしたらしく、夜の風に当たりたいと言うので外に出て、ついでに海まで歩いてきた。
ハイラが子供のようにはしゃぐが、やはり内陸にある王都住まいだと海を見る機会はあまりないのかね。
時刻は夜二十二時半過ぎ。歓迎会の途中で抜けてきたから、ハイラの気分が落ち着いたらすぐに宿に帰らないとな。
「なんというか、ソルートンは時間の流れがゆっくりなんですね。ここに住んでいたらあまりストレスを感じることなく毎日笑顔で過ごせるんだろうなぁ」
誰もいない夜の砂浜を歩きながらハイラがボソっと呟く。
時間の流れがゆっくり、か。
確かにそれはあるかもしれない。俺はこの異世界に来ていくつかの国と街を見てきたが、その中でもソルートンって本当に平和で暮らしやすい街だと思う。
ハイラは人口が集中している王都ペルセフォスで騎士をやっているからな。毎日休む暇もないぐらい忙しいだろうし、それに比例して溜まっていくストレスは相当なものなんだろう。
今回ソルートンに来たのだって、王都でのお仕事を相当詰めて時間を作ったみたいだし……。
俺が異世界であまりお金の心配なく暮らせているのは、ハイラがレースで優勝してくれたおかげなんだよな。……うん、俺はハイラに相当の借りがあるし、しっかり恩返しをしなければならない。
このソルートンにいるあいだだけでも笑顔にしてあげたいものだ。
「ハイラ、もう宿に戻るけど、その前に俺にして欲しいこととかあるか? ハイラには恩があるし、俺に出来ることであれば……」
「じゃチューです! チューして欲しいですぅ! そしてそのまま流れでヤっちゃいましょう! 一回目の壁さえ突破すれば、二回目以降は気軽に出来るらしいですし!」
俺がハイラの頭を撫で提案をすると、ぐいんと顔を上げ、そんなに伸びるの? ってぐらいぐいぐい唇を伸ばし迫ってくる。一回目とか二回目とか何の話だ。
「ちょ……そういうのじゃなくて、ハイラが普通に笑顔になるやつ……」
「ええ!? この夜の誰もいない砂浜で何かして欲しいことあるかのアンサーなんて、チュー以外あるんですか!? 先生と吸い合うようなチューが出来たら私はすっごい笑顔になるんですけど! むぅ……じゃあチューがダメなら先生のモノを見せてください!」
突如ハイラが怒り出し、俺のジャージのズボンをすげぇ握力でつかんでくる。
ふごぅ……さすが普段から体を鍛えている王都の騎士様、女性とはいえ握力が半端ねぇ……! 死守……ズボンは死守だ!
つかラビコといいハイラといい、なんでこんなに俺のズボンを下げたがるんだよ!
え? 俺が深夜の砂浜で下半身露出させたら大爆笑で超面白いから? それは……分かるけども。
「もうっ……ソルートン組の皆さんが苦労するわけです。先生は妙なところでガードが堅いんですぅ! でもまぁそのおかげで今までどんなに女性に誘惑されようが先生は経験無しなわけですし、初物はこの後私達がおいしくいただけるわけですしぃ……」
ズボンにかかっていた下方向への極大ベクトルが緩みはじめ、ハイラが悪魔みたいな笑みを浮かべる。
初物? いただく? 何を言っているんだ?
「……合図確認ですぅ。じゃあ先生、ここで海方向に座って目を閉じていてください。私は二番目になりますが、絶対に先生を満足させてあげますから!」
さっきからハイラの言動が意味不明なんだが。
いつもこうだろって言われたらそうだけど……。
とりあえず言う通り、海に向かって座り目を閉じる。
……一体これが何なのか全く分からないが、ハイラが笑顔になるっていうのならまぁいいか。
「…………」
ハイラが走ってどこかに行ったようだ。何か準備があるのか?
「………………」
これいつまで待てばいいんだ? 誰もいない夜の砂浜に一人って結構心細いんですけど。
「……………………」
「……………………」
──モフッモフッモフッ
ボーっと波の音を聞いていたら、自然界では絶対にありえないリズミカルな接地音が遠くから聞こえだした。
モフ? ……これ足音……だよな?
一人じゃないぞ、複数のモフモフ足音が俺に近付いて来ている。
足音の正体は分からないが、なんかヤバイ感じがする。
……ハイラがまだ戻ってきていないが……目を開けて逃げたほうが良さげじゃないか。蒸気モンスターってことはないだろうけど……せーのっ!
「砂浜ダッシュむほげぇ!」
俺は命の危険を感じ目を開き街方向へ全力ダッシュをかます。
……が、的確な足払いを喰らい、俺は顔面から砂浜に倒れ込む。
「くそ……誰だよ……げっほ」
顔についた砂をはらい後方を見る……が、そこには一見では状況が飲み込めない景色が広がっていた。
「……う、嘘だろ……こんなことがあってたまるか……こんなの嘘に決まっている……!」
俺は自分の目に飛び込んできた情報を理解出来ず、いや、認めたくないと頭を振る。
このセリフは異世界に来たその時に言うべき言葉だったが、今やっと言えた感じ。驚いている内容は全然違うけど。
──モフ
腕を組み、威圧的な視線を俺に向けてくるピンク色の着ぐるみクマ。
──見間違うはずもない、こいつはペルセフォスのお城に生息しているピンクのクマさん。
いやちょっと待て、おかしいぞ。
確かこいつはペルセフォスのお城にのみ生息しているはず。なぜそれがソルートンの砂浜にいるのか。
ついに野生化したのか?
こいつの生態はよく分からないが、お城ではエサ不足で食えなくなり、ソルートンまでエサ場を求めてきたとか……? リアリティのない百パーセント俺の想像だが……つかこいつ何食って生きてんの。どうやってここまで来たの。
──モフモフ
着ぐるみとはいえこいつ一応クマさんなんだから、肉食だったら俺ヤバイぞ。もしかしてエサとしてずっとロックオンされているのかもしれない、とか考えていたら、ピンクのクマさんの背後から分身のようにもう一匹のピンクのクマさんが現れた。
くそ……そういやお城でも増殖していたな。
こいつら二匹でお城からソルートンまで来たってのか。
想像するに、そのでかい図体では魔晶列車なり馬車なりの移動はさぞ大変だったろうな……。中は蒸されて暑いだろうし。
……中身いるんだよね?
もし中身無しで、これが本当に野生の生き物だったら恐怖しかない。でもここ異世界だからな……ドラゴンだって実際にいたし、これもそれ系の伝説のモンスターなのかもしれない。
──モフモフモフ
伝説の生き物だったらぜひ写真を撮りたいなと思っていたら、二匹目の背後で動きがあり、水色クマさんが分身するかのように現れた。
「う、う嘘だろ!? ……さ……三匹目……!? しかも水色!? 色であれこれ言うのはおかしいが、オス……なのか!? え、お前ら家族なん!?」
何ザイルだよ、って動きで三匹目が現れ、俺の「ここは異世界だから許す」基準が崩壊。しばらく会わないうちにまた増えたんかい! どこから来た三匹目。
家族……もしかして新しい家族が出来たから、記念の家族旅行中なのかな。
ペルセフォスのお城をなんとか出て、苦労してソルートンに来たはいいが土地勘もなく、見た目のせいで誰かに聞くわけにもいかず、日中は目立つのでどこかに身を隠し、人がいなくなった夜に動き出そうとしたところで見知った俺を見つけ、嬉しくて近付いてきた、って考えたら愛でることは出来るが……。
俺の家族なん? の言葉にピンク二号さんと新たな水色クマさんが反応し手をブンブン振っている。多分家族じゃない、って言っているんだろう。
じゃあ俺の想像ハズレ。愛でることは出来ないし、ペルセフォスのお城でのみという制限下の生息ではなく、この姿形で自由にどこにでも出ていけるというのなら、ただひたすらに怖い。
──モフっ……ガサガサ……バッ
恐怖で腰が抜けて動けないが、もしかして俺は貴重な伝説の生き物の謎だった生態を目の当たりにしているのでは。
これはなんとか生きて宿に帰ってカメラを持参し写真を撮って証拠を……と考えていたら、一番前にいるリーダーっぽいピンクのクマさんが首の隙間に手を突っ込み、中から一枚の紙を出してきた。
そこから出すんかい。
それじゃあ着ぐるみ確定じゃないか。
「──罪状2 ビーチでロマンス」
出された紙には、達筆な文字でそう書かれていた。
罪状の2? そういや以前お城でこのピンクのクマさんに罪状突きつけられたけど、知らないうちにナンバリングされて増えとるやん。
そしてビーチでロマンスって何。
それが俺の二番目の罪なのか?
よく分からないが、せめてまともな自分の罪を数えてみたかった。
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