第492話 お姫様お姫様お姫様 3 お忍び休暇のサーズ姫様御一行様
「サーズ=ペルセフォス、ハイライン=ベクトール、アーリーガル=パフォーマの三名、今日からしばらく君の宿のお世話になるよ」
そう言うと、サーズ姫様がニッコリと笑う。
今日の朝九時から行われていた体験型騎士教室に講師として参加し、その後別件のお仕事の打ち合わせ、ソルートンの代表者達との晩餐会を終え、サーズ姫様は百人規模の騎士やお仕事の関係者を連れ、集まったソルートン民に見送られ先程夜二十一時過ぎに帰っていったはず。
はず、と言うかさっき俺も遠くからサーズ姫様が乗った馬車を見送った。
「え、サーズ姫様にハイラ……って、俺達さっき馬車を見送ったのですが……」
「ああ帰ったぞ。お仕事でこの港街ソルートンに来ていたサーズ=ペルセフォスは王都に向けて帰っていった。形式上、な。もう気が付いているだろうが、あれは私っぽく変装した部下の女性だ。仕事をキッチリ終わらせ、ここからは私の自由時間。今まで溜めに溜めた年次休暇を消費しようと、気合は十分! フォウティア姉さんの許可もしっかり得てきた」
変装した偽物だったのか、さっきの。どうりで動きがちょっと違ったわけだ。
年次休暇……有休みたいなもんかな。
国王であられるフォウティア様の許可まで得てきたんですかい……。こりゃあ本気で「休み」にソルートンに来たっぽいぞ。
まぁ、サーズ姫様が公式にソルートンに滞在しているってなったら、さっきみたく一目見ようとソルートン民が殺到するだろうしな。もう帰ったとすれば、騒ぎも起きないだろうと。
いわゆる身分を隠しての、お忍び休暇ってやつですかね。
さすがにサーズ姫様とハイラは騎士の制服ではなく、かなりラフな服装。サーズ姫様は綺麗な青のワンピースの裾に白いヒラヒラがくっついている服、顔には大きめなサングラスをかけている。
「先生見て下さい! 王都で有名なお店に頼んで、先生と同じ色と形の服を作ってもらったんです! やはり一人前の愛人ならば、ペアルックは当然かなと!」
ハイラが自慢気に胸を張りドヤ顔をしてくる。
ペアルック……こっちの世界でもある言葉なんですか……。
なんかやけに親近感の湧く服だなぁと思っていたが、それ俺のオレンジジャージに似せて作った服だったのか。
ハイラが着ている服は、俺と同じオレンジ色のジャージっぽい形の服。下はハーフパンツになっていて、ちょっと素足が見えてエロい。
なんつーか俺とハイラが並ぶとペアルックってより、同じ学校の部活帰りの男女って感じ。ああ、もちろんこっちの世界に部活帰りなんて言葉は無いけど。
「……ちっ、まさか変態がここまでするとはね~。王族であるサーズは絶対にソルートンには来ないから~宿は安全圏だと思っていたのに……」
俺の横で超不機嫌そうに舌打ちをしている水着魔女ラビコが言う。
「絶対来ない? はは、どうした魔女にしては随分と悠長で甘い考えだな。何度も言うが、私は選ばれるのを大人しく待つような奥ゆかしい女ではないし、目的の為なら手段は選ばない。自分の思い描く未来にどうしても欲しい男がいる。ライバルがいるのなら蹴散らし追い詰め外堀を埋め、金を使い人脈を使い必ずこの手にしてみせるさ!」
サーズ姫様がソルートンの夜の空に向かって拳を突き上げ興奮しだし、それに同調したハイラも横に立ち同じポーズを取る。
「そうです! 我らペルセフォス組はただでさえチャンスが少ない身。そのときに出来る最大の攻撃を仕掛け撃破! それが出来なければライバルを巻き込み自爆! 絶対に先生は渡しません!」
撃破だの自爆だの、過激な言葉を目立つポーズを取りながら言わないほうが……。
とんでもない美人さん達が集まって騒いでいたら目立つし、それじゃ何の為に一芝居打ってソルートンに残ったのか分からないですよ、お二人さん。
……で、名前だけは上がっているけど姿も形もない、三人目にカウントされていたアーリーガルくんはどこにいるんすか。
「も、申し訳ありませんサーズ様! アーリーガル=パフォーマただいま復帰いたしました!」
お忍びでソルートンに残ったっぽい二人をなだめ、なんとか落ち着いてもらっていたら、向こうから台車を必死に引く男が現れた。
「いやすまないな、荷物を任せてしまって。では行こうか、我々の長期休暇の始まりの地へ!」
「はいっ! この日のために、どれだけのやりたくないお仕事を前倒しで頑張ったか……あれ? 今思ったのですが、ここで問題を起こして騎士をクビになってしまえば、このまま私はソルートン民となり、堂々と先生の愛人を名乗って欲のままにお互いを求め合うような甘い生活が始まるのでは? ふんふん……」
「いやぁ以前来たときに食べたシチューが忘れられなくて、ぜひまた食べたいなぁと。もちろん王都のカフェでも美味しいシチューは食べたんだけど、シュレドシェフ曰く、お兄さんのシチューは別格だとか。ああ、楽しみだなぁ」
サーズ姫様が部下二人と頷き合い、宿ジゼリィ=アゼリィの方向を指し意気込む。
アーリーガル君は途中、ソルートンの若い女性達につかまっていたとか。
ちっ……逆ナンか、逆ナンされたんか!? くっそこのイケメン王子フェイスがぁ……。
ちょっとハイラさんの思想が危険な感じだけど、普段この三人は王都で忙しい身だしな。その疲れを癒そうと休みに来たってんなら、宿ジゼリィ=アゼリィが全力で受け入れようじゃないか。
「え、え? サーズ様は先程帰られたけど今ここにいて、これからうちの宿にお泊りに? え、あの、う、うちに王族様をお泊め出来るようなお部屋は……」
終始口をポカンと開け、俺達のやりとりを向こう側の世界、的な感じで見ていたロゼリィがこれが現実だと理解したらしく、急に早口で喋りはじめた。
「あ、ひっでーなロゼリィ。アタシも王族だっての。よぉサーズ様、今日から一緒の宿だなぁ。よろしくってか、ニャッハハ!」
俺の後ろでヤンキー座りで話を聞いていたクロが立ち上がり、サーズ姫様に握手を求める。
慌ててロゼリィがクロに謝るが、クロは普段の言動が王族っぽくないってのを自覚してくれ。猫耳フードをかぶりニヤニヤと笑う彼女の本名はクロックリム=セレスティアといい、あの魔法の国セレスティアの第二王女様だ。
しかし普段のザ・ヤンキー的な言動がとても王族とは思えない雰囲気を醸し出し、良い意味で言うと庶民的で、悪く言うとガサツなヤンキー。王族だからと肩肘張らず、自分に素直に生きていると考えれば、まぁ。
「はは、今日からしばらくご一緒させていただくよ、クロックリム殿。しかし不思議なものだ、まさか魔女ラビィコールにクロックリム=セレスティア王女と同じ宿で一緒に過ごせる日が来るとはな」
サーズ姫様がニッコリ微笑みクロと握手。
「ニャッハハ、そうかぁ? キングと知り合ったヤツってのは不思議と集まってくるもンだぞ? 例え国や立場が違っていようが、それを飛び越えて引き合わせンだ、この男はよ。いつもキングが言っているこの世界の全てが見てぇってヤツ、それってさ、あの国この国とかじゃなくて、この世界を一つとして見てンだよ。そんなヤツと一緒にいたらよ、違う国の王族同士が一緒の宿に泊まるのなンて普通だって、ニャッハハ」
「……なるほど、それは納得の言葉だ。彼の視野の広さにはいつも驚かされているが、そうだな、彼は国ではなく、この世界を一つとして見ている。なかなか出来るものではないし、もしかしたら王族という血に縛られている私には一生出来ないのかもしれない。だが私が幸運だったのは、彼に出会えたこと。彼に出会って以降、私の考え方はまるで変わった。これからも私は彼に学びたいし、彼と共にこの世界を生きていきたいと思っている」
おっと、このあたりの懐の深さはさすがクロ、だな。言動はあれだけど、思考は立場にとらわれず柔軟で器がでかい。
「……マスター、人が……主に男性が集まってきました。蹴り飛ばしますか?」
興味なし、な感じでぼーっとしていたバニー娘アプティが、無表情に恐ろしいことを言う。
まぁ、誰だか知らないが美人様が集結しているってなったら、男の視線は集まるわな。俺も遠巻きに集まる側の人種だし。
「報告ありがとう、だがもちろんダメだぞアプティ。さて、これ以上注目浴びるのは面倒ですし、お休みだっていうのなら宿へどうぞ。夜も遅いですから、細かなお話は明日にしましょう」
アプティの頭を撫でつつ手を宿方向へ向けサーズ姫様達を誘う。
「こちらの勝手なお忍び旅行を理解してもらって助かる。……しかし、ハイラインにはして、私にはさっきの歓迎の挨拶をしてもらえないのは納得がいかないのだが?」
夜も二十二時過ぎだし、さっさと宿へと思ったのだが、サーズ姫様がなんか不満そう。
歓迎の挨拶? そんなこと俺ハイラにしたっけ?
「ほら、君のお尻に顔を埋めて左右に振るやつだ。私もその君流の歓迎を受けたいのだが」
……な、何言ってんだこの人……久しぶりに会った人への歓迎の挨拶として、どうぞ俺の尻に顔を埋めて左右に振って下さい、なんてどこの世界で行われている歓迎の挨拶なんだよ!
あれはハイラが俺の隙を突いて勝手にやってきた変態行為だっての!
この異世界の犯罪基準は知りませんが、街道であれやったら普通捕まりますって! ……多分端から見たら俺が無理矢理やった行為に思われて、その後の股間フルオープン行為も加味されて、なぜか俺が捕まるんだろうけど。
あとさ、なんとも言えない顔で愛想笑いしているモテモテ王子フェイスのアーリーガル君さ、君の引いている台車の荷物、何?
やたらに巨大な包みが三つあるんだけど……。
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