第477話 森の民との遭遇 2 ラビコとエルメイシア=マリゴールド様
「そうか、そういえばこの魔法、お主は見慣れているんじゃったな」
女性はそう言い含み笑いをする。
なんだか分からないが、俺は夜の森にある池で裸の女性に襲われている。
ああ、こう書くとエロく聞こえるが、魔法連発される系のマジもんの命の危機レベルのやつな。まぁ向こうは測るとか言っているから本気ではないんだろうが、こっちとしてはいい迷惑である。
女性はエルメイシア=マリゴールドと名乗り、自分はエルフだと言ってきた。
「見慣れているとはいえ、我が最速魔法をこうも簡単に避けるか。……あの青年はよくもこんなやっかいな異能相手に剣一本でやりあったもんじゃ……」
どうでもいいんだけど、この人の話がこんな感じに雲をつかむようでさっぱり分からない。
一方的に襲われ迷惑とはいえ、月明かりに照らされた女性の裸を見られている状況は嬉しい……のだが、雷とかを避けながらじゃないと見れないとかいうクソゲー仕様。
しかもこっちの残機はゼロ。
「しかし楽しいぞ。久しぶりに体が熱くなってくるこの感じ……昔を思い出す!」
エルメイシアさんが興奮したように言い、放つ緑の魔力のレベルが数段階一気に上昇。
こ、これは……尋常じゃない量の魔力が収束され形を成すレベル。
トン、と軽くジャンプし体を浮かせたと思ったら、落下することなく空中で静止。
直後、エルメイシアさんの真下の地面が音を立てて盛り上がり始める。
地面から湧くように出てきた大きな岩が生き物のように重なり合い、エルメイシアさんを乗せ遥か上空へと伸びていく。さっきイベントで見た噴水ぐらいの高さまで伸び続け停止。
エルメイシアさんが乗っている部分が生き物の顔を形作り、大きな口がガバっと開き咆哮。
巨大な生き物が出す腹に響くその声は、小さな人間である俺は恐怖を覚えるレベル。
エルメイシアさんが魔力で作り上げたそれは、岩で作られた巨大な龍。
この感じ、銀の妖狐が放つ水で作られた水龍、あとはオウセントマリアリブラという本を触ったときに見えたマリア=セレスティアさんが使った魔法、その子孫であるクロが使う柱魔法と似た雰囲気。
そういえばラビコが魔法にも種類があるとか言っていたな。
これはこの世界に普及している大いなる者から力を借りて使う一般的な魔法ではなく、自らの純粋魔力のみで作り上げるイマジネーションタイプ。
消費する魔力が尋常ではなく、クロも数分しか使えず、その後ヘロヘロになって立っていられない状態になったあれか。
「どうだ、かわいいじゃろう我が地龍ソルアールデルは。千里眼を相手にするのじゃ、これぐらいはしないとな」
エルメイシアさんが龍の頭に乗っかりニヤニヤ笑うが、俺相手になんか、そのへんの棒っ切れ一本で圧勝出来ますよ……。
それなのになんだよ、この砂漠で見た千年幻クラスの巨大なやつはよ。
「──っかしいな……この辺で一瞬光りが見えたし、魔力の流れが異様なんだよな……ああもう! こんな夜中にどこ行ったんだよあの貧弱クソ童貞!」
聞き慣れた声が聞こえ上空を見ると、水着にロングコートを羽織った女性がキャベツの刺さった杖を握り飛び回っている。
あれはラビコ! ひどい言われようだがわざわざ探しに来てくれたのか、この貧弱クソ童貞君を!
「おおーいラビコ!」
「──! 社長の声……どこだ、どこから……! ……もしかしてこれがオーズレイクで噂になっている、濃い霧の日にどこからともなく自分を誘う声が聞こえるとかいう……あ、でもこういうのって一番想っている人の声が聞こえるとか。それならまぁ納得だけど……」
俺は元気に手を振るも、ラビコはブツブツ言って全くこちらに気が付かない。
なんだ……? 見えているはずなんだが。
「見えんぞ、ここにいる限り一生、な」
地龍に乗ったエルメイシアさんが空を飛び回るラビコを睨み呟く。
見えない? ラビコはエルメイシアさんがいる方向も見るが、全く気が付いていない。こんな分かりやすくデカイ龍に気が付かないはずがないんだが……。
「私は追われている身なのでな、常に周囲には結界を張っているのじゃ。この世界の住人程度では絶対に突破出来ないクラスのを、な。この結界に普通に入ってくるお主がおかしいのじゃよ」
追われている身? 結界?
そういえばこの池の周囲とエルメイシアさんの周りには不自然な光の屈折があるが……。
なんにせよ、俺一人じゃここから逃げることすら出来ん。
悪いがラビコ、お前の力を借してくれ。情けないが、俺は一人じゃ何の戦力もないんだ。
「ラビコ!」
「……! 本物? どこ、どこなの社長!」
ラビコが俺の声に反応し、周囲をキョロキョロ見渡す。
声は聞こえている。しかしこの場所を認識出来ていないのか。
どうなってんだ、これ……ああ、この池を囲う光の屈折みたいな壁があるのか。
すげぇ高レベル魔法だな、さすがエルフを名乗るだけはあるってやつか。
冒険者センターでの魔法使いへの転職試験に落ちたぐらい、魔法のことは根本から一切分からないが、光が無理矢理に曲げられているってんなら、真っ直ぐにすりゃあいいんだろ……!
「繋がれ……俺はラビコに側にいて欲しいんだ……!」
壁を形作っている魔法障壁は五十七枚。
全てがこの世界との繋がりを拒否している。
俺には魔法の壁を破る手段は無いが、人が一人通れるぐらいの範囲なら書き換えられるか。
「この世界は面白い、この世界は楽しい! 拒否するな、繋がれ……俺と一緒にこの世界と共に、この世界と混ざれ……!」
壁の一部の複雑に絡まっていた魔法の糸みたいな物を一個ずつ紐解く。
「あはは……この私の透過鏡界を壊して突破するのではなく、書き換えこの世界と融合させて外と繋げるか……! いいぞ、いいぞ、こんな奴初めて見た……こんな思考の奴初めて見た! そうじゃな、この世界は面白い。お主を見ていると、本当にそう思えてくる……!」
五十七枚の壁の一箇所、人が通れるぐらいの部分をこの世界と繋げ馴染ませ、光の屈折を解放。
さすがに全解放は無理だが、なんとかラビコが通れるぐらいは開けたぞ。
「ラビコ! ここだ、俺の隣で……俺の力になってくれ!」
「! いた、社長! こ、こんなところで告白って……それを言うために誰にも邪魔されない森で私を待っていたのか? 嬉しい……。大丈夫、私は社長の隣にずっといるって言ったろ!」
ラビコが俺を見つけ笑顔になる。
俺がこっちだ、と腕を広げるとラビコが全力で飛び突進して……って、その速度を受け止める能力はこの貧弱君には無いっての!
ほげぇっっ……こ、こういうとき用に衝撃緩和する魔法の壁を覚えてぇ……。
「い、いてぇって! 俺は体弱いんだから全力で突っ込んでくんな!」
「はぁ? そっちが腕広げて待っていたんだろ、飛び込んで来いって! ほら、お望み通り来たんだから頭撫でろ」
ラビコがキレ気味に怒り、頭をぐいぐい押し付けてくる。
ああ……もう、何なんだよこの魔女は……。
「綺麗な場所だねぇ……夜に輝く月が綺麗に映る池、静かな森。アプティとベスが社長が急にいなくなったって騒ぐから、慌てて皆で探していたんだけど、街に行かず対岸の森の光に気が付いて良かった。あ、そうか、私なら気が付いてくれるって思ってこんな場所選んだのか? まどろっこしいな、普通に誘えばいいのに。じ、じゃあ、す、する……?」
なんだかラビコが火照った顔で体を寄せてくるが、どういう勘違いしてんだ。
なんだよするって……そうか、ラビコには池の向こうにいる岩の龍含むエルメイシアさんが見えないのか。
さっきエルメイシアさんが自分の周りにも壁作ってるとか言っていたっけ……ってヤバイ、エルメイシアさんが杖を構え出した。
「ラビコ! 雷魔法セット! 月に向かって撃て!」
「は? え、社長? わ、分かった!」
ラビコが不思議な顔をするが、俺のマジな顔に正気を取り戻しキャベツが刺さった杖を構える。
「オロラエドルーン!」
「オロラエドベル!」
同時に放たれた雷がぶつかり合い、周囲に金属でもこすったような嫌な音が響く。
ラビコの放った雷が力負けし弾かれ、雷が俺達の後ろの木に直撃。
「……弾かれ……え、ちょ、どういう……どこから魔法が……ってかこの魔法……」
ラビコが目を白黒させ動揺。
俺には目の前に巨大な龍に乗ったエルメイシアさんが見えているのだが、ラビコには何も無い空間からいきなり魔法が飛んできたように感じたのだろう。
「なるほど、お主の周りに強者が集まってくる理由を今身を持って理解した。この久しく忘れていた体の高ぶり、心の高揚……。お主がいるこの世界は面白い、そう答えが出た。……悪いが必要以上に多くの人間に会うわけにはいかなくてな、またいつか会おう、さらばじゃ少年」
エルメイシアさんが地龍を消し、木にかけていた服をつかむ。
軽くラビコに何か言いたげな視線を送るが、すぐに振り切り森の奥へと消えようとする。
ラビコがどこからか声がすると周囲に視線を巡らし、虚空を見つめて言葉を漏らす。
「……さっきの雷魔法、そしてこの声……もしかして……お師匠……?」
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