第438話 キツネ達のエデン 6 メイド二十人衆とは入れないお風呂回様




 メイド二十人衆全員+ベスの頭を撫で終わり、俺はやっと島内自由散歩へ。


 銀の妖狐に案内されて一通りは見たが、もう一回自分の足で見て回りたかった。




「果樹園に畑……お、向こうに見えるのはスイカにメロンにイチゴか。美味そうだなぁ」



 結構高級品種もやっているんだな。って目的は売ってお金にすることだから理にかなっているか。



「はい。果物系は人気が高く、高い価格で売れますので力を入れて行っています」


 メイド二十人衆のリーダーの女性が答えてくれたが、確かにかなりの人数が手入れに従事している。


 そういや銀の妖狐が言っていたが、やるからには徹底的にやるスタイルなんだっけ。


 人間の農家さんに習いに行ったりと、随分努力をしたのだろう。苦労を惜しまず妥協せず、最高に美味しい物を作っている、と。


 そのへんは俺も見習うところがありそうだ。



「これはほとんど出荷して、みんなでは食べないのかな」


 俺はふと思っていた疑問を聞いてみた。


 朝、昼とソルートンの宿そっくりの食堂でご飯を頂いたが、他の蒸気モンスター達は誰一人ご飯を食べている様子はなかった。


「はい、ほとんど食べません。我々は人間とは体の構造が違います。生きるために必要なエネルギーは魔力であって、食べ物ではありませんので」


 メイド二十人衆のリーダー……って長いし、名前で呼ぶぞ。彼女はアーデルニさんと言うそうだ。


「そういやそうだった……が、アプティはすっげぇなんでも食うけど……」


 蒸気モンスターって本来ほとんどご飯食べないのか……じゃなくて、生命を保つ為のエネルギー源が食べ物ではなく魔力ってことか。


「私もまだ人間の文化は勉強中の身でして表現として合っているか分かりませんが、体に必要が無い物なのにそれらを嗜む。つまり我々にとって人間の食べ物は嗜好品となるでしょうか。味は分かりますので、栄養などではなく個々の味のみを楽しむ」


 アーデルニさんが少し言葉を選びながら言う。


 なるほど、嗜好品ね。人間で言うとお酒にタバコなんかが当てはまるんだろうか。


「アプティ様はご主人様と出会って以降、好んで紅茶をお飲みになられています。私もアプティ様が仕入れて下さった紅茶を頂いたのですが、この味の物が人間の文化にあるとは、と驚きました」


 そうか、アプティは水の種族のリーダーである銀の妖狐の妹だっけ。だからアプティ様なのか……ってことはアプティってかなり偉い立場になんのかな。


 この島が水の種族の蒸気モンスターの国だとしたら、お姫様……とか?


 そして『この味の物が人間の文化にあるとは』って言葉、以前王都ペルセフォスで女性陣と一人ずつデートしたときにアプティからも聞いた言葉だぞ。


 一体どういう意味なんだろうか。





 果樹園と畑を後にし、山に向かう道を歩く。



 アーデルニさんから聞いたが、なにやら景色の良い露天風呂があるとか。精神的にもちょっと疲れたんで、温泉にでも入って癒そうかと。


 別に後ろにいる女性蒸気モンスター二十人全員が一緒に入ってくれるかも、とかは一切妄想していないし、微塵も考えていない。


 俺は根っからの紳士だしな。



「ね、ね、ご主人様は人間なんだよね? それなのにゾロ様より強いってすっごいね! その見た目のヒョロさだと……魔法使い? 例えばどういう魔法が使えるの?」


 俺にガラスの指輪をくれた短髪元気っ娘、名前はドロシーというそうだが、その彼女がニコニコ笑いながら無邪気に俺の腕とか腹をさすり、筋肉の無さを計ってから言う。


 くすぐったい。


 あとその様子をじーっと見ていたアプティがなぜか不機嫌っぽい。


「俺は弱いっての。強いのは飼っている愛犬ベスだよ」


 名前を呼ばれ、嬉しそうに足元に絡んできたベスの頭を撫でる。


「ふぅーん。神獣の力だっけ。それは確かにすごいけど、ゾロ様はご主人様のことをいつもすごいすごい言っているからさー。魔眼、千里眼使いって聞いたけど、さすがにそれクラスの相手とは戦ったことないから、私興味津々なんだよね!」


 ドロシーが鼻息荒く構え、ビュンビュンとボクシングのパンチのような素振りをする。


「銀の妖狐からどう聞いているかは知らないけど、俺は全く魔法を使えないよ。ただちょっと目が普通より見えるぐらい、かな」



 実際俺は自分の目のことをよく分かっていない。


 自覚しているのは濃い靄を貫通して見れたり、相手の動きが少し先読み出来たり、なんとなく魔力の強さが数字で計れたりぐらいだろうか。


 こんなん混浴露天風呂でしか使い道ないだろ……いや、俺はその一点特化能力をありがたくも授かった……! 


 なんと素晴らしき異世界生活! 


 それを今から満喫……!



「普通より見える、かぁ。それって相当すごいことだと思うけどなー。あ、あそこだよ、温泉!」


 ドロシーが上り坂の先を指し、元気に走っていく。


 確かにそれっぽい建物があり、中には何人か従業員っぽい人がいて、きちんと管理されている施設っぽい。



「よし、じ、じゃあどうかな……こ、ここはみんなと出会った記念として裸の付き合いを……」


 自分でも分かるぐらい、欲丸出し少年っぽく言ってしまった。


 裸の付き合いってストレート過ぎたか。よりお互いを知る為に着飾らず、この運命の出会いに感謝の混浴露天風呂を、とか言うべきだった。



「……マスター、ここは残念ながら混浴ではありません」


「あ、そう……」



 軽くアプティに怒られ、俺はうなだれつつ男女別に分かれた施設内へ。女性陣も露天風呂に入るそうだ。



「ってことはあれだよな、例え壁で仕切られていようと同じお湯に浸かるわけだから、そのお湯を飲めば混浴気分ってことだよな、うん」


 よし、俺はやるぞ……やってやる。


 エロに厳しいロゼリィがいないこの状況を見逃すわけにはいかん。


 スーハースーハーと大きく息を吸ったり吐いたりし、多量のお湯を飲む準備は完了。



 俺は愛犬ベスを引き連れ男湯へ。




「やぁ、待っていたよ。ここは島が一望出来る露天風呂でね、ぜひ君と一緒に入りたかったんだ」


 いきなり背後から耳に吐息をかけられ、俺の背中にぴったりくっついてくる男……誰だって、こんなキモいことする男はこの世に一人しかいない。


 こんの銀髪野郎……!


 なんでこいつがいるんだよ! 今回は傷心の俺がメイド二十人衆とキャッキャウフフする温泉回じゃねぇのかよ!


 俺はくねる銀の妖狐から瞬時に距離を取り愛犬ベスを抱く。



「あはは、そう警戒しないで欲しいな。僕は素直に念願叶った嬉しい気持ちを表現しただけさ」


 裸の状態で男に背後から耳に吐息をかけられたら誰でも警戒するだろうが。



「出るか、ベス」


「ま、待ってくれないか……君にとって朗報もあるんだ」


 俺がベスを抱きかかえ温泉を出ようとしたら、銀の妖狐が悲しそうな目で俺の腰に巻いたタオルをつかんできた。


 やめろ、それ以上引っ張ると下半身にいる第二の俺が飛び出る。



「朗報? なんの話だ」


 銀の妖狐の手を払い除け、俺は軽くにらむ。


「ふふ、君に接触を図ってきた火の種族の女性がソルートンを離れる動きを見せたみたいだよ」


 火の種族の女性、それは俺に毎朝会いに来ていた蒸気モンスターか。


 多分今日も普通にソルートンに来たのだろうな。


 だが俺が宿にいないと分かり、ソルートンを諦めてくれた、と。


 確かにそれはとても朗報だ。


 俺がいないと分かったら最悪暴れるんじゃ……と危惧していたが、その不安は晴れたようだ。


 ソルートンのみんなは無事か……なら……これでいいのかな。俺が帰らなければみんなは今まで通り生きていける。



 でも正直、この島に居続けるのは俺怖いっす。生命の危機は今のところなさそうだが、俺の大事な貞操の危機が今そこに迫っている──










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