第435話 キツネ達のエデン 3 情報源と偽ジゼリィ=アゼリィ様
「イ……イモ……」
「そう、彼女は僕の自慢の妹でね。世界で一番大事な君を守るのに、一番信頼出来る我が妹を送り出したというわけさ」
そう言い、銀の妖狐がアプティのコスプレうさ耳を取り外すと、そこから大きなキツネ耳がにょっきり生えてきた。
「イ……イモウトー!!」
俺は奇声を発し、頭を抱えその場にしゃがみ込む。
そうか、こいつやけに俺のことに詳しいと思ったら、アプティから情報を得ていたのか。どうりでベスのことだったり色々と……って待てよ、アプティが見ている情報を全部知っているとしたら、俺の夜のアレも全部……。
いや、それはないか。
アプティだって俺のプライバシーは守ってくれるはず。
「ふふ、君の情報はこの僕に筒抜けさ。そう、全て、ね。例えば夜のお話とか……ふふ、君は若いね、でも若さゆえのその行動……僕はとてもいいと思うよ。クッションを利用してあれやこれや……あはは、君からはとてもパワーを感じるなぁ。あ、あと君の趣向を鑑みて、僕のイメージがしやすいように君のベッドに水色のクッションを追加しておいたよ。君のイメージプレイに僕も混ざろうかな、なんてね」
「ボァアアアアアアアアアア!!」
銀の妖狐が可愛くウインクなんてしながらポーズを決める中、俺氏ついに人の限界を越えた叫びを習得。愛犬ベスが驚きながらも心配そうに俺の顔を見てくる。
今朝ベッドにあった見慣れない水色のクッションはこいつの
アプティさん……どうしてそういうの全部お兄さんに言うかな。
そしてなんで俺の夜の一人イメージプレイに混じろうとしてくんだよ。こいつ、ほんまもんのホ……。
「……マスター、大丈夫です……アージェンゾロ様は本当にマスターのことを想っています」
壊れ始めた俺の背中をアプティが優しくさすってくれるが、そのお兄さんが想っている内容が俺の心を
「あ、そうそう。部屋はどうだったかな? 君に気に入ってもらえるように君の宿の部屋そっくりに作ったんだ」
アプティに支えてもらいながら立ち上がると、銀の妖狐が満面笑顔で何やら紙に描かれた設計図を見せてくる。
チラと見ると、それはソルートンの宿増築のときにアンリーナが見せてくれた設計図と瓜二つの内容。ベッドの寸法からクッションの数まで描かれている。もちろん飾り棚とエロ本までしっかり。
え、さっき部屋にあったエロ本って似せて作ったものなの? それはロゼリィの封印無し版ってことだよね、じゃ、じゃあ中見ても……見てもいいんだよね?
「さすがに君の部屋以外の宿部分はこの一階の食堂が精一杯で時間的に無理だったけど、いつかあの宿全部そっくりに作ってみせるよ。うちには優秀な人材が多くいてね、期待して欲しい。君の食事も万全だよ、ほらさっきのシェフの女性、見覚えがないかい? 定期的にソルートンの食堂に行ってはあの男性シェフに作り方を聞いて、毎日練習してもらい、再現率は九十五%を越えていると思うんだ」
銀の妖狐がさっき俺にパンと美味しいスープを出してくれた女性を指す。
先程食べたが、感想は「うん、美味い。さすが兄さんのスープだ」だった。さっきまでまだここがソルートンだと思っていたのもあるが、味とかマジでイケボ兄さんのスープ。
兄さんの弟であるシュレドぐらいしかあの味は再現できていないのに、あの女性何者。
俺が見ると、女性がニカッと笑い手を振ってくる。
あれ……そういやなんか見覚えが。
最近というか、食堂を改装して魅せるステージを作って以降イケボ兄さんにすごい話しかけてくる女性がいたが……その人じゃ。
ああ……てっきり兄さんに春が来たと思っていたのだが、違ったようだ……。
「君も美味しいって言っていたし、彼女に言えばいくらでも宿そっくりな味が食べられるよ。どうだい、部屋は全く同じ、そしてご飯も同じ。これでなんの不安もなくこの島で一生を過ごせるよ」
銀の妖狐がニッコニコ笑いながら言うが、ガワがソルートンと同じならいいってことじゃあないんだよ。みんなが……いないんだよ。
俺の元を訪れた火の蒸気モンスターの女性、その人が俺がいなくなってどう動くかの様子見で数日滞在……と思いたいが、俺がいる限りソルートンが危険にさらされるというのなら、俺はもう街には帰れないのかな……。
「……ふふ、そう暗い顔をしないでくれ。君はこの世界に絶望していた僕に希望という光を見せてくれたんだ。君にはいつも笑顔でいてほしい、そして僕の光であり続けてほしい。だから約束しよう、僕は君を守る。君の笑顔を脅かす存在は全て、僕の全力を持って排除しよう。僕だけじゃないんだ、君のおかげで僕等水の種族はこの異世界で生きていける手段を得た。命を救われた恩は命を持って返す。皆、君の為ならばそのぐらいの覚悟があるよ」
俺、君等になんかしたっけ。覚えがないが……。
あと目を閉じたら告白みたいに聞こえるからやめて。
「言葉だけでは分かりにくいよね。ではその目で見てもらおうかな、君に命を救われた証拠を」
銀の妖狐に先導され、俺は建物を出る。
なんにせよ、この島ってやつの全体を見ないことにはどうしようもない。
ソルートンに帰れるかどうか分からないが、いつでも逃げ出せるように地理は把握しておかないとならん。
襲われる気配もなく、どうやら俺の命の心配はしなくて大丈夫そうだし、しばらく大人しくしておこう。いざとなったらベスに助けて貰って逃げてやるさ。
頑丈そうな石造りの建物を出ると感じる海の香り。
チラと森の向こうに海が見え、今出てきた建物の裏には標高がかなりありそうな山が見える。
ん? 山の上空あたりに何か飛んでいるが……あの形、以前ソルートンを襲ってきた紅鮫、ベルメシャークに巨大エイじゃねぇか。ってそうか、ここは銀の妖狐の島だったな。あいつ等も普通にいておかしくないか。
「ああ、飛んでいる鮫にエイ達かい? 大丈夫、あれ等は僕の言うことを忠実に聞くように調教してあるよ。そうだなぁ、この世界にも人間と獣がいるだろ? ぼくのいた世界でも当然いてね、ようするに僕等の世界にいた野生動物って区分かな」
俺が空を見ていることに気が付いた銀の妖狐が説明してくれるが、ほう、蒸気モンスターに人間タイプと動物系タイプがいるのはそういうことか。
あれは野生動物って区分なのか。
「僕等が元いた世界にはもっと多くの種類がいてね、懐かしいなぁ。ああ、デゼルケーノの砂漠にいた君等が千年幻ヴェルファントムと呼んでいたあれ。あれも野生動物なんだ。あんなのがうじゃうじゃいたのが僕等の世界なのさ」
お、おいマジかよ。
あの巨体クラスが野生動物で、うじゃうじゃいるってかい。とんでもねぇ世界なんだな、蒸気モンスターが元いた世界ってのは。
建物の前は綺麗に整備された公園になっていて、花がわんさと植えられている。
「どうかな、気に入ってもらえたかな。君が訪れた花の国フルフローラの街を参考に整備したんだ」
ああ、花の国フルフローラ。そういやそういう雰囲気かな。
つかコイツ、マジで俺の情報持ってんな。アプティから聞いたんだろうが。
「君をお迎えする日を夢見てさ、僕等は頑張ったんだ。興味のなかった人間の文化ってやつも色々覚えたよ。そう、全ては君の為。君に嫌われたくないからね、もう人間を襲うこともしていないんだよ」
俺の二の腕をツンツン突きながら銀の妖狐が上目遣いでくねる。ああ、キモイ……。
以前も言っていたが、もう人間を襲うことはしていないのか。
たしか蒸気モンスターってのは、人間が持つ魔力か、魔力の宿った道具を補給しないと生命を保てないんだっけか。
だから彼らは生きる為に長年人間を襲っていた。
喰うか喰われるかの弱肉強食。
行動としては理解出来るが、だからといって狩られる側の人間として許せるものではない。
「じゃあ今はどうしているんだ? 生きるのには魔力が必要なんだろ?」
人を襲わず、銀の妖狐達はどうやって魔力を得ているのだろうか。
「うわ、嬉しいなぁ。僕等の心配をしてくれるのかい? ふふ、それも君から教えられたんだ。これさ、これ」
キモいくねりで体を揺らし、銀の妖狐が胸元から何かを取り出した。
「それは、魔晶石……」
綺麗な光を放つ透明な石。それはまさに魔晶石。
え、どういうことだ……まさか魔晶石を売っているお店を襲って……いや、さっき人はもう襲っていないって言ったか。
「そう、魔晶石。僕等はこれが欲しくて、ときに人間を襲っていた。もう生きるか死ぬかの瀬戸際だったからね。でもある時、君が我が妹にこの魔晶石を買ってくれたんだ……ってそういえば我が妹は君に名前を付けてもらっているよね。いいなぁいいなぁ……僕にも名前を付けて欲しいなぁ。君の物なんだって証拠が欲しいなぁ……」
確かに以前、アプティに魔晶石を買ってあげた。
それ以降定期的にアンリーナのお店から魔晶石を買いアプティに渡している。魔力が切れたら生命が危ういことになるらしいし。
そして話の途中で銀の妖狐がさらにキモい動きを見せてくる。
だからどうやって魔晶石を手に入れているんだよ。
話の途中で脱線して名前って……アプティならまだしも、なんでお前に名前を付けなきゃならんのだ。
「ほら、以前ホテル裏で助けてあげたよね? あのときのお礼が欲しいなぁ、ねぇねぇ」
アンリーナのホテル裏でのやつか。
確かに生命を救われたな。
「……ち。じゃあアーゾロ。お前のことはそう呼ぶ」
フルネームがアージェンゾロだっけ? 最初に思いつくのはゾロだけど、なんか格好いいじゃんゾロって。助けられたこととか色々差し引いて、あまり格好良くない妥協点でアーゾロ。それでいいだろ。
「え、え……その、君オリジナルネームがいいなぁ……」
銀の妖狐が悲しそうな目で食い下がってくるが、俺の決定はもう覆らない。
可愛い女の子ならまだしも、キモい動きの男に割く脳と時間は無い。
つか、お前見た目すげぇイケメンで羨ましいから、そこに格好いい名前とか俺の憎しみが止まらなくなるんだっての。
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