第369話 火山と砂漠の都市デゼルケーノ3 国依頼の高額報酬案件と男女の見境いがない夜様


「え、そ、それでは我が国の危機に急ぎ駆けつけて頂いたわけではない、と……」



 王都デゼルケーノに着いたらラビコが何か様子がおかしいと警戒しだしたが、俺は初めてきた場所なので、なにがおかしいのか分からない。



 時間も夜二十二時過ぎ、早く宿を探さないとならないので、とりあえず警戒モードのラビコの後ろについて駅から出ようとしたら、この国の騎士さんにラビコが呼び止められた。


 背中に三本爪の武器を背負い、左顔半分の仮面を付けた若い男性。


 随分インパクトのある姿だが、左の顔だけ守るような仮面はなんだろうか。




「いや~申し訳ないね~全く偶然、プライベートな観光で来ただけなのさ~あっはは~」



 どうにも騎士さんは、ラビコが最近問題になっている王都デゼルケーノでの事件解決に馳せ参じてくれた、と思ったらしい。


 国の危機って、どんな事件なんだ。


 あんまりヤバそうならこのまま帰りたいんだが……。


 あ、いや、俺にはカメラにエロ本探しの使命がある。せめて一日は滞在するぞ。



「そ、そうですか……」


 あれあれ、さっきまでの笑顔がどこへやら、騎士さんがみるみる意気消沈していっているぞ。なんか可愛そうになってきたが。


 しかしすぐに騎士さんは決意の表情になり、ラビコに勢い良く頭を下げてきた。


「観光での来国とのことですが、失礼を承知で申し上げます! 我が国の危機を救っていただきたい! 個人の観光で来られたのならば、ラビコ様はペルセフォスの王と同権力保持者ではなく……ちょっと強引ですが、どこにも所属していない個人の冒険者という立場にもなれるはず!」


 そういやラビコってペルセフォスの王様と同じ権力持っているんだっけ。


 言われて思い出すが、普段のラビコを知っているとそうは見えないんだよなぁ。面白いことにはすぐに首を突っ込む、単なる酒好きのわがまま魔女だし。


「ラビコ様という冒険者に依頼を受けていただきたい! お金なら規定以上の、ラビコ様にふさわしい金額をご用意……」


「残念だけど、お断りかな~」


 騎士さんの必死のお願いをラビコがシンキングタイムほぼ無しで断った。


 ……おい、いいのかよ。


「だって私はすでに雇われの身なのさ~。これ以上二重契約は出来ないかな~ごめんね~あっはは~」


 雇われって、誰に雇われているんだよ。体よく断るための言葉か。


「すでに雇われ……!? まさか、ペルセフォス王国という国以外の、ラビコ様ほどのお方を雇える個人の方がいるのですか!?」


「うん、ここに。間抜けな顔の彼が今の私の雇用主で社長さんさ~あっはは~」


 ラビコが笑いながら俺の肩をバンバン叩いてきた。


 俺かよ! 


 そういや俺ってラビコを雇っている状態なんだっけ。久しぶりに思い出したわ。確か一日一万G寄越せとか言われたっけ。


 一日に百万円とかボリすぎだろ。誰が払うか。



「社長さん、と言うには随分とお若い見た目ですが……。失礼ですが彼はどういったご関係なのでしょうか」


 突然後ろにいた見た目しょぼい少年を紹介され、騎士さんが不審そうな顔をする。まぁ、当然の反応だと思うぞ。


「よくぞ聞いてくれました~これを見れば一発解決~。左手薬指に輝く永遠の愛の誓い、マリッジリング……」


「やめい。それは感謝の指輪、な」


 ラビコが満面の笑みで指輪を付けた左手をかざしだしたので、頭を軽くチョップしてやった。誤解されっからやめろっての。



「んぶ~いった~。もう説明が面倒だから結婚指輪でいいじゃないか~」


 チョップされた頭を抑え、ラビコが不満そうに文句言ってくるが、説明は全く面倒じゃない。感謝を込めて贈った指輪、と実にシンプルに説明がつくだろ。


「え……」


 俺がラビコにチョップした様子と指輪を見て、騎士さんが目を見開いて驚いた顔をしている。



「し、失礼いたしました! まさかご結婚なされていたとは……遅ればせながらおめでとうございます! それにしても、あのラビコ様の頭をいとも簡単に仕留められるとは……旦那様はよほどの実力者なのでしょうか!? いや、ラビコ様のお心を射止められるほどの殿方。貧相な見た目では分からない秘めたる力があるのですね! 私はデゼルケーノ王国テインゲルナイトの第七位、ジュリオル=ウイントと申します! 今日から私と旦那様は親友ということにならないでしょうか!」


 驚いた顔から口を開いたと思ったら、急に態度変えてきたぞ。なんだよ今日から親友って。


 案の定、誤解されてるし。


 あと興奮して喋られると自制効いてなくてセリフの情報量が多すぎ。落ち着いてくれ、ジュリオルさん。


 そしてこっそり俺のこと貧相とか言ってたろ……あのな、それ……正解だ。



「あっはは! 貧相だって社長~。これは装備の本場、デゼルケーノでごっつい防具でも買って見た目変えてみる~?」


 ラビコも聞き取れたようで、ゲラゲラ笑いながら俺の右腕に抱きついてくる。そういやここって装備品の本場だっけ。


 武器防具とか新しい街に行ったら見るのが基本だよな。カメラとエロ本探しのついでに見てみるか。




「駅降りてな~んか様子おかしいと思ったら、やっぱなにか起きていたか~」


 俺の右腕に絡んで笑っていたラビコがすっと動きを止め、騎士ジュリオルさんに視線を送る。


「いつも以上に高レベル冒険者がいるし~なんとなく聞き耳立てていたら、国依頼の高額報酬案件が~とか聞こえてきたし~」


 駅降りたときにやったマジ顔サーチのときか。さすがそのへんは抜かりねーな、ラビコは。


「何が起きているかは知らないけどさ、依頼は受けない。だって受けたら最後までやらなきゃならないし~私がここに来たのはその為じゃないしね~。でも今デゼルケーノで起きていることがうちの社長に降り掛かってくるようなら、その時は全力で吹き飛ばしてやるさ」


 ラビコがこれ以上は問答しない意思を込め、強めの雰囲気で言う。



 必要以上に首は突っ込まない。でもこっちに被害が及ぶようなら打って出るってことか。まぁ、ここに来たのはこの国のトラブル解決ではないしな。


 絶対に手伝わないではなく、必要なら動くと言っているし、これが最善なんだろう。



「……長旅でお疲れのところに分をわきまえぬ私の発言、お許し願いたい。観光で来ていただけたとのこと。少し王都が騒がしいですが、デゼルケーノ王国を楽しんで貰えればなによりです」


 騎士ジュリオルさんがラビコの発言の意図を汲み、押せ押せだったさっきとは違い、一歩引いた状態で言葉を選び発言してきた。


 ラビコは大魔法使いとして有名らしいし、元勇者パーティーとしても名を馳せているらしいから、こういうとき大変そうだなぁ。



「ラビコ様は以前お仲間と来ていただいたとき、多くの蒸気モンスター討伐活動に参加していただき、本当に感謝しております。お若いながらも数々の高レベル魔法を扱うあの華麗なお姿、いまだに覚えております。このジュリオル、個人的にもラビコ様をとても尊敬しておりまして、お泊りの場所がまだ決まっていないようでしたら、知り合いのホテルをご案内出来ますが、いかがでしょうか」


「お! それは助かるな~社長の行き当たりばったり旅行だからさ~宿をこれから探すとこだったのさ~。今回はジュリオルに甘えちゃおうっかな~あっはは~」


 ザ・紳士、の社交辞令かもしれない発言に、ラビコがあっさり乗っかりやがった。いや、マジで全く土地勘無いから紹介は助かるけど。



「お任せ下さい。時間も遅いですし、お疲れでしょう。今すぐにご案内いたします。知り合いもとても喜ぶと思います。あの有名な大魔法使いラビコ様をお泊め出来るのですから」


 騎士ジュリオルさんがすっと進む方向に手を出し、笑顔で俺達を先導し歩きだした。



 なんにせよ助かった。本当に泊まる場所どうしようかと思っていたからな。


 愛犬ベスをカゴに入れ、アプティとロゼリィの荷物を俺が持つ。慌ててジュリオルさんが荷物を半分持ってくれ、ちょっと助かった。





 もう深夜も近い王都デゼルケーノ。


 地面は基本砂地だが、馬車が通る大通りはキチンと石で舗装されている部分も多く、さすが王都といった感じだろうか。


 石造りの建物が建ち並ぶ街を歩くが、今やっているお店は酒場ばかりで、武器防具屋さんとかはさすがにやっていないか。カメラも探したいが、それは明日だな。


 しかし本当に冒険者が多くいる。


 通りがかった酒場の中をチラと見るが、ほぼ満席でゴツイ男達がお酒を浴びるように飲んでいる、まさに絵に描いたような冒険者酒場だった。


 


 時間は深夜近い=エロゴールデンタイムとなる。


 ってことはエロ系のお店も当然やっている時間のはず。どっかにエロ本屋ねーかな……。



「あ~そうそうジュリオル~。うちの社長の親友になりたかったら~エロ本の一つでも持ってくるといいよ~。一瞬で仲良くなれると思うよ~あっはは~」


 おいラビコ! 見てたろ、俺の不審な動き見て気付いたから振ったろ、その話題。


「ほぅ、旦那様はそういうのいけるクチですか……いいですよ、私もいけますし、とてもよく分かります。本でしか味わえないワールドがあるんですよね、今度お時間があればそちらもご案内……」


 ってジュリオルさんも嫌な笑顔で乗ってくるなよ! すっげー仲良くなれそうな人っぽいけど。でも女性の前で言う話題じゃ……。


 と思った瞬間、俺の背後から黒い影が伸びてきて、首根っこを鬼の握力でつかまれた。いっつつ……。


 さっきまで遠慮して大人しくしていたロゼリィがニッコニコ笑顔でジュリオルさんを睨み、ちょっとドスの効いた声で言う。


「結構です。そういうの、うちの若旦那様には必要ありません。お引き取り……下さい。ふふふ」


 おお、ロゼリィが初対面のジュリオルさんに静かにマジ切れだ。強くなったなぁ、ロゼリィ。



「は、はいっ……! 申し訳ありません!」


 あーあ、ジュリオルさん本気で怖がっているじゃねーか。



 そしてさっき否定し忘れたから俺、ラビコの旦那になっているし。あー誤解を解く説明が面倒くさい……。


 なんであの時俺は感謝の気持ちに指輪を選んでしまったのか。


 まさかここまでトラブルの元になるとはな……感謝の気持ちは本物だが、指輪という形にしたのは失敗だったか……?



「……おや? うちの若旦那様、ですか……あれ、お美しい顔に砂がついているご婦人と、その後ろのバニー姿の無表情な女性にも指輪が見えますが……えっと?」


 う、気付いてしまったか、ジュリオルさん。


 それ死亡フラグですよ、俺の。



 あとこの人、一言余計じゃね?



「そうそう~三人共そういう関係さ~。うちの社長は夜になると豹変するからね~ああ、男女の見境いがない夜もあるから気をつけなよジュリオル~あっはは~」


 ラビコがジュリオルさん以上に余計な情報を言う。


 男女の見境いがない夜、ってなんだよ。


 俺ってどんだけたくましい童貞少年なんだよ。


「え、その、や、やはりラビコ様クラスの旦那様というのは、男女構わず愛でるオープンハートで複数人いけるパワーの持ち主なのですか……」


 ジュリオルさんが焦った感じですっと一歩引き、一瞬背中のでかい爪に手をかけた。


 おい、ラビコの発言のせいでジュリオルさんが俺と一定距離を保つようになったぞ。



 あああ、もういい。


 もうそれでいいや……とにかく疲れたから今日は早く寝たい……。









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