第329話 ジゼリィ=アゼリィ本店増築 1 ノーベッドと工事開始様
「ベッド、アウト」
──俺は冷酷にそう言い放つ。
男には例え誰かを傷つけようが、曲げられない信念があるものなのだ。
「そ、そんな……師匠……私は……もういらない女なのですね……うう」
小柄な女性は目に涙を浮かべ、力なく地面に崩れ落ちる。
辛い決断だが、これは彼女の為でもあるのだ。
ここは心を鬼にしてもう一度言う。
「──ベッド、アウトだ。つか、おかしいだろ。なんで部屋の九割がベッドで埋まってんだよ。なんの部屋だよ、これ」
俺が渡された設計図をパンパン叩きながら不満を漏らす。
うん、だって住めないもの、この部屋。
「し、しかし師匠……夫婦二人に子供三人が寝るスペースを考えれば、このぐらいはないといけません!」
アンリーナが猛抗議をしてくるが、なんで子供が三人増えているんだよ。
これは俺の部屋であって、夫婦二人の部屋ではない。
ましてや俺に子供はいない。
時刻は午前九時。
よく晴れた港街に、ほどよい海の風が流れ込んで来る。これはお昼にはかなりの暑さになりそうだ。
昨日約束した通り、アンリーナが業者さんと共に現れ、次々と材料が台車で運び込まれている。以前温泉施設増築のときにお世話になった、ローエンさんのお知り合いであるおっちゃんも来てくれているな。聞くと、バハルさんと言うそうだ。
俺とアンリーナが宿の前で揉めていると、そのバハルさんが挨拶に来てくれた。
「久しぶりだなー若旦那。なにやら羽振りがいいそうじゃないか。これは長いお付き合いをお願いしたいところだよ、わはは。まぁ任せときな、若旦那の信頼をガッチリ掴むような、最高にいい物作っからよ」
バハルさんがいい笑顔で太い腕っ節を見せてくる。
「はい、お願いしますバハルさん。今日は暑い日になりそうなので、作業員さんの体調管理、お願いしますね」
俺がそう言うと、バハルさんが「おうよ!」と答え、笑いながら作業に入っていく。
「と、とりあえず今日からよろしく頼むよ、アンリーナ」
部屋の内装に関しては、追々決めていこう。
それにこの作業の本命は宿増築である。
俺は部屋はそのついでにやることなので、メイン工事を進めてもらおう。
「大きなベッド……うう。あ、いきなり揉め事はよくないですわね。まずはしっかりと工事を進めていきましょう」
多少引きずりつつ、アンリーナが商売人の顔になる。
「それでは作業の説明になりますわ」
一旦皆に手を止めてもらい、アンリーナから全体工程の説明があるようだ。
オーナーであるローエンさん、ジゼリィさん。イケメンボイス兄さん、正社員五人娘含む、宿のスタッフさんなど全員が集まり話を聞くことに。
本日の宿の営業は、十時からに時間を変更してある。
いつもは朝八時前から開けているけど、今日はしょうがない。
俺の左横に緊張気味のロゼリィ。右には眠そうなラビコ。
後ろにアプティが興味なさそうにぼーっと立っている。
愛犬ベスは、なんだか人がたくさんいる! と、ちょっと興奮気味。落ち着け、ベス。
「本日より宿ジゼリィ=アゼリィ増築工事が始まります。作業は外でのものがほとんどで、お店の営業には極力影響が出ないように進めてまいります。調理場拡張の際は店内での作業になりますので多少ご迷惑をおかけいたしますが、ご了承いただきたいです」
一階食堂の面積拡張がメインの目的で、それに伴い、調理場の面積も増やす。
最新の魔晶調理器具や、大型魔晶冷蔵庫もドカっと投入するぞ。
「お店西側、川の横まで建物を増築し、食堂の面積を広げます。さらに二階は宿の客室を増やし、多くの宿泊客に対応できるようにいたします」
うむ、そしてその増えた客室の一個を俺が買い取って俺の家にするんだ。
ああ……異世界に来て、ついに俺の家が出来るのか。すっげー楽しみだ。
「責任者はこのアンリーナ=ハイドランジェとなります。何かご質問などありましたら、ご遠慮無くどうぞ。それではよろしくお願いいたします」
アンリーナが深々と頭を下げ、皆から拍手が起きる。
こういうときのアンリーナのカリスマ性はすごいよな。
人の上に立つ人物って感じる。
午前十時、いつもより遅れてお店の営業がスタート。
少し作業の音がすごいが、お客さんにご迷惑をかける分、普段より安めのメニューを工事期間中ご提供するので、紳士諸君も是非ご来店いただきたい。
愛犬ベスを褒めてくれたら、五杯は飲める紅茶ポットを俺が奢るぞ。
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