第314話 一人でなさる俺と勇者の光様


「社長~じゃあお風呂行ってくるから~のぞきに来るなよ~あっはは~」



 商売人アンリーナが仕事を片付けてくると元気に出ていったあと、夕食もカフェジゼリィ=アゼリィで頂き、俺達はお城にサーズ姫様のご厚意で借りている客室に戻った。



 女性陣がお城一階にある大浴場に行くとのこと。


 俺の部屋のドアを開け、水着魔女ラビコが元気に顔を出してきた。



「しないって。お城の騎士さんもたくさんいるんだろ、出来るわけがねぇ。お前ら三人だけならまだしも」


 客室は男女別で二部屋借りていて、当初はシュレドがいたのだが、彼はカフェ開店以来泊まり込みでお仕事をしているので、俺はこの広く豪華な客室を独り占めしている。


 つってもいつも通り、朝起きたらバニー娘アプティが横にいるんだが。



 違うぞ、俺は何もしていない。


 鍵だってバッチリかけている。


 なのにいつのまにやら部屋に入ってきて、横に添い寝してくるんだ。お城の結構どころか、かなり厳重な鍵ですらアプティの前では無力なのか。



 この客室にも小さいながらお風呂はあって、体を洗うぐらいならここでも出来る。


 湯船は小さく、二人が限界ぐらいだが。


 なんかそのお城一階の大浴場って、俺の脳内で危険信号が鳴るんだよな。


 理由は分からないけど。


 だから俺は部屋のお風呂でいいや。



 大浴場はお城に務める騎士さん達が利用する施設で、本来は部外者である俺達は入れないのだが、これもサーズ姫様のご厚意で許可されている。


 当然男湯と女湯で分かれていて、のぞくとか到底不可能。


 残念ながら。



「あ、その、見たいのでしたら……お部屋のお風呂に一緒に入りますか……?」


 宿の娘ロゼリィがラビコの後ろから出てきて、俺の部屋のお風呂を指した。


 体をもじもじさせ、顔が真っ赤。


 ……なんか最近ロゼリィ随分積極的だな。旅で気が大きくなってんのかな。



「あれあれ~? ロゼリィってそんな子だっけ~? ん~、そうだな~ラビコさんがいいことを教えてあげるけど~押すだけがテクニックじゃないんだよね~。このヘタレには一度引いてみるってのもいいかもよ~あっはは~」


 ヘタレ言うな、ラビコ。


 俺は極上クラスの紳士なんだよ。


「そ、その……お、お母さんに何回チャンス逃してんの、早く子供作れ! って……。いいかい、絶対に逃がすんじゃないよ、と……。い、言われたからではなくて、私も……そのあの。だ、だから引いている時間はないというか……」


 うーん、ロゼリィのお母さん、ジゼリィさんが言いそうなセリフだなぁ。


 つか、何度も俺の前で言ってたか。


 あの人そういう感じだからな、ローエンさんってその勢いで捕まったんだろうなぁ。


 なんというか、ロゼリィとは真逆の性格。



「あっはは、ジゼリィらしいな~。じゃあ今回は引かずに三人で押してみる作戦してみよっか~。我ら美女三人組が~そこの小さなお風呂で社長を洗ってあげよ~」


 ラビコが羽織っていたロングコートを脱ぎ去り、水着で抱きついてきた。


 ぐはっ……右腕にモロにくるぅ。


「な、なるほど……お風呂でお互いを洗ったあと、ベッドで待望の……!」


 ロゼリィも薄着で抱きついてくる。


 ぐぬぅ、ロゼリィの胸はやばい、マジで。


 ど、どうにか切り抜けねば……。



 こうなったら頼りになるのはアプティ。


 チラと俺が震える小鳥のような視線を送ったら、コックリ頷き、さっさと部屋のお風呂の準備を始めた。


 ち、ちげぇ。


 用意しろ、じゃなくて『助けて』と小鳥がか弱く鳴いたんだが。


「さっすがアプティ~今回は味方だ~、残念だったね~社長。でもこれでヘタレ卒業かな~? あっはは~」


「き、緊張します……」


 ラビコとロゼリィが両側から引っ張り、俺を部屋のお風呂に入れようとしてくる。


 ち……ざけんなよ、俺を誰だと思っていやがる。


 ……してはみたい、ああしたい、とってもしたい、当たり前だ。


 だが、ま、まだ俺には早いんじゃないかな……せめて二十歳越えてから……とか思っていざとなったら萎縮するマン、極上ヘタレ紳士だぞ。


 もうこうなったら自己犠牲の精神で行くしかない。


 さようなら好感度、俺には縁のない言葉だった。


 さぁ、落ちるところまで落ちてやるよ。


 世界よ、俺の……ヘタレの声を聞け。せーのっ。



「いいからさっさと風呂入ってこい! 俺はこれから一人で感謝の儀式を楽しむんだから邪魔すんな! お前等全員がお風呂に入っているときしかチャンスがねーんだよ、察しろ! 若さを察しろ! こんな美人に囲まれてたまってねーわけねーだろ! お願いだから一人で楽しませて下さい!」



 俺は教科書のような綺麗な土下座を見せる。


 さぁ引いてくれ。


 俺にはこれ以外にこの状況を打破する案は思いつかなかった。



「う~わっ……女性を前によく言ったね~……勇気あるな~。どうするみんな~。社長ってばこれから私達のエロいこと妄想しながら一人でするってさ~」


 いや、そんな直球に皆様のエロいことを妄想してするとは一言も……。


 ラビコが土下座した俺の頭を手でポンポン叩きながら、ロゼリィとアプティに意見を伺っている。


「ま、まぁ、その……チャンスはまだありますし、お一人で楽しみたいとおっしゃっていますし……モゴモゴ……」


 ロゼリィがどう返したらいいか分からず、後半うつむいて言葉が聞き取れない。


「……でもマスターは隙をみて、結構頻繁になさって……むごっ」


「さ、さぁアプティ様。皆様をお風呂へお連れしてあげてくれ! さぁさぁさぁ!」


 とんでもねーこと言い出したアプティの口を慌てて塞ぎ、俺は三人を無理矢理部屋から追い出す。



「ま……いいか~アプティから貴重なこと聞けたし~。そっか~結構頻繁に、ね~あっはは~!」


 廊下に押し出されたラビコが俺を見てニヤニヤ。


 ああああ……やっぱアプティさんは敵なんだ。


 純粋でか弱な少年のプライバシーを躊躇なく暴露する、人の心が分からない蒸気モンスターなんだ!



「じゃっ、たっぷり社長で遊んだし、私達はお風呂行ってくるよ~。ちょっと長めに入ってくるから~存分に楽しむんだよ~あっはは~」


「その、は、激しい妄想は恥ずかしいので、ゆるやかなのでお願いしますね……」


「……マスター、二回まででやめたほうが健康的かと……」


 もう勘弁してください。


 俺という小鳥のライフゲージが数ミリしか残ってないっす。


 つーかアプティに何度か目撃されてたのかよ……迂闊だった。






「はぁ………………」



 三人がお城一階の大浴場に向かい、残された俺は疲れ切った顔で壁にもたれかかる。


「……俺の……プライバシー……ルループライバシー……」


 ちょっと半泣きで今の想いを歌にする。


 汚れのないピュアな少年の体は守れたが、失ったものが大き過ぎやしないか。




「…………はぁ……」



 いつまでも落ち込んではいられないか。


 俺は再び勇者への第一歩を踏み出そうと、顔を上げ立ち上がる。



「おや、まだ始まらないのか? その感謝の儀式とやらは。ずっと待っていたんだが……」



 突如廊下から声が聞こえ、俺が慌てて振り返る。


 そういやドア開けっ放しだった。


「すごく興味があるし、君のはぜひ見てみたいんだ。ああ、私のことは気にしないでくれ。不自然に置いてある観葉植物とでも思って、存分に若さを発揮してほしい、ははは」



 閉め忘れた入り口から、この国の王族であられるサーズ姫様がしゃがんでじーっと俺を見つめていた。


 なんという純粋な目か。あれこそ迷える人々を光へ導く、勇者の瞳の輝き。


 俺はその光に当てられ、涙を流し、こう言った。



「……一人にしてください」







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