第300話 ジゼリィ=アゼリィ王都進出計画 16 ナルアージュ=シートと感謝の個室様


 いきなりマスコットに昇格していた愛犬ベス。


 王都のカフェの入り口には、愛犬ベスにうり二つな石像が出来上がっていた。



「おはようございます、アンリーナ様っ。そして初めまして、ようこそカフェジゼリィ=アゼリィへ!」



 そのベスの像の前で出来上がったお店の鍵をシュレドに渡したら、興奮し俺に抱きついてきた。彼の鍛え上げられた胸板が厚くて熱い。


 そして背後から見知らぬ女性の元気な声。さて、誰だろうか。


 まあ、お店から出てきたっぽいし、アンリーナが集めてくれたというスタッフさんなんだろう。




「おはようですわ、ナルアージュ。昨日は夜までご苦労様でした。そして今日からはオーナー代理で来ていらっしゃる師匠の指示に従い、こちらのシェフシュレドさんのサポートをお願いしますわ」


 アンリーナが抱き合っている俺とシュレド指してきたが、男同士抱き合っているファーストコンタクトはイメージがどうなんだろう。


「はい、お任せ下さいアンリーナ様っ。昨日はきちんと挨拶することが出来なく失礼をいたしました。私はナルアージュ=シート……ですけど、その、オーナー代理とシェフはそういうご趣味の方々なんでしょうか」


 ナルアージュさんと呼ばれた女性が、抱き合う俺とシュレドを不思議そうに見てきた。


 やっべぇって、昨日の夜でも結構問題起こしているってのに、これ以上のイメージダウンはマズイ……って昨日の夜にズラっと並んで現れたスタッフさんの中にいたのか。ナルアージュさん。



「ち、違いますよ! 先生は女性が大好きで、表情こそ普通にしていますが、常に女性の胸とお尻に視線が行くノーマルな男性ですっ!」


 ハイラが慌てて俺の左腕に抱きつき、甲斐甲斐しくもフォローの言葉を発してくれたが、それアウトどころかゲッツーの男じゃん。


 それに別に常に見ているわけじゃあないって。ほんの少し、五秒に一回ぐらいの低頻度だって。


「あっはは~フォローになってないぞ~ハイラ~。それじゃあうちの社長がド変態だと言っているようなものだけど~まぁ四秒に一回だから、常にで正解かな~あっはは~」


 ハイラの誤解を生む発言に見かねた水着魔女ラビコが颯爽登場。


 笑顔で傷口に塩を塗り込んできやがった。一秒減ってるし。



「こ、これはラビコ様……! すごい、本物だ! は、初めましてナルアージュ=シートと言います! それに今年のウェントスリッターで優勝したハイライン=ベクトールさんも……! 私あのレース見ていました、すごかったです!」


 ナルアージュさんがラビコとハイラを見て驚き、子供のような笑顔になった。さすがに王都では知名度と人気がすごいな、ラビコは。


 そしてハイラもさすがに有名になったようだな、よかったよかった。頑張ったもんなぁ、ハイラ。



「ナルアージュ」


「あ、す、すいません! つい興奮してしまいました……」


 ラビコとハイラに間近で会えて、素で喜んでいたナルアージュさんにアンリーナが一瞥。


 ナルアージュさんが慌てて一定の距離を保ち、ビシっと姿勢良く立つ。


「改めまして、ナルアージュ=シートと申します。以前はアンリーナ様のローズ=ハイドランジェの社員でしたが、今回からカフェジゼリィ=アゼリィの雑務全般を担当することになりました」


 そう元気に言い、ナルアージュさんが頭を下げてきた。


 あれ、もしかして俺達がカフェを開くからってローズ=ハイドランジェから転職になったのか? 


「アンリーナ、その、いいのかな。スタッフさんを揃えてくれたのはありがたいんだが、迷惑はかかっていないのかな」


 無理矢理こっちに回されたとかだったら、申し訳がないんだが。


「今回王都に出来上がるカフェジゼリィ=アゼリィ、そこに我がローズ=ハイドランジェも商品を置かせてもらうことになります。その担当者にと社内に志願を募ったところ、駅にある大型商業施設内のお店から彼女が立候補してくれました」


 アンリーナが彼女の履歴書みたいなものを見せてくれ、経歴を教えてくれた。


 ん、ホテルローズ=ハイドランジェでパティシエ、と書いてあるが。


「そうですわ、彼女はホテルローズ=ハイドランジェで腕を振るっていた元パティシエになります。去年、ご家族の事情でカエルラスター島から王都に引っ越しとなったのですが、残念ながら王都にローズ=ハイドランジェのレストランは無く、申し訳ないのですが、化粧品の販売員をしてもらっていました」


 なるほど。いい腕のパティシエなんだが、王都でその能力を発揮出来るお店が無かったのか。


「彼女の夢はいつかお店を持つこと、とのことなので、今回はその為のいい勉強になるのでは、と採用に至りました」


 すごいな、ナルアージュさん。これは素晴らしい援軍が来たぞ。


 シュレドはどちらかというとスープや煮込み料理が得意で、お菓子や甘いものは少し苦手としていたので、ナルアージュさんからも習って成長して欲しいなぁ。



「なんとなく理解しました。よろしくお願いします、ナルアージュさん」


 俺が前へ進み出て、ナルアージュさんに握手を求める。


 彼女はそれにしっかり応えてくれ、笑顔で優しく手を握ってくれた。


「はいっ! よろしくお願いしますオーナー代理! シュレドさんが料理に専念出来るように、雑務などをしっかりこなしたいと思います!」


「ありがとう。ナルアージュさんは元パティシエとか、ならぜひシュレドにその辺の極意を教えてあげて欲しい。王都では甘い物やお菓子を中心に出していきたいんだ」


 シュレドを呼び、ナルアージュさんに紹介。二人が握手をし挨拶をする。



 アンリーナに聞くと、ナルアージュさんはローズ=ハイドランジェの社員。


 その他のスタッフさんはジゼリィ=アゼリィ所属になるそうだ。

 



「それではどうぞお店へ! スタッフが今か今かと皆さんをお待ちしていました!」


 とりあえずの挨拶が終わり、ついに俺達はナルアージュさんの先導で出来上がったカフェジゼリィ=アゼリィの中へ入る。


「いらっしゃいませ!」


 中に入ると、事前に集まってくれていたスタッフさんが並び、大きな声で挨拶をしてくれた。


 みんなしっかり教育が行き届いている様子。この辺は、さすが商売人アンリーナ。




 カフェジゼリィ=アゼリィ。


 入ると三階まで吹き抜けの巨大なホールが広がり、席の数がすでに把握出来ない。


 ソルートンのジゼリィ=アゼリィの倍近くあるだろうか、かなりの数。これだけあれば混雑も怖くないぞ。


 使われているテーブルと椅子が安物ではなく、アンティーク調のしっかりとした造りの物。絶対お高いぞ、これ。


 お店内は窓が大きく取られ、入る日光が眩しい。


 吹き抜け部分にも窓が大きく設置してあり、すごく明るい雰囲気。




「うわぁ……すごい……なんかお城の中みたいに豪華です」


 ロゼリィがお店を見渡し驚く。確かに雰囲気がペルセフォスのお城の中っぽい。


 内装、飾りの物にペルセフォス王国カラーの白に青が多く使われている。


 各所に飾り植物が置いてあり目が和む。


「入ってすぐにカウンターか。その裏が厨房、と」


 カウンター横には大きなガラスケースが置いてあり、その中にローズ=ハイドランジェ商品がずらりと飾られている。


 ケース内に魔晶石ランプがあり、商品が光で照らされとても綺麗。思わず手が伸びてしまいそう。


「はい、ここで我がローズ=ハイドランジェの商品を展開させてもらっています。限定商品も用意しましたわ」


 並んでいる商品の中で一番数が多いシャンプーにボディソープ。


 これが限定商品か。確かにナンバリングがつけられ、『カフェジゼリィ=アゼリィ』と綺麗なロゴが見える。


「うわぁああああ! ほ、欲しいです! 私これ欲しいです!」


 それを見たロゼリィが大興奮。


 ガラスケースに子供のように張り付いて動かなくなってしまった。


「はい、ご用意してありますわ。ナンバリング0001をロゼリィさん用にとっておきましたわ」


 アンリーナがナルアージュさんに指示し、カウンターの下から綺麗なオレンジ色のボトルを二本取り出し、ロゼリィに渡す。


 シャンプーとボディソープ両方に0001のナンバリングがされ、それを受け取ったロゼリィが俺の左腕に抱きつき、子供のように目を輝かせ嬉しそうに商品を自慢してきた。



「悪いな、アンリーナ。本当に任せっきりで、色々してもらって本当に助かるよ」


 こっそりアンリーナに近づきお礼を言う。


 まさか限定商品まで用意していたとは。


「いえ、この商機を逃すわけには行きませんからね、ローズ=ハイドランジェはお父様直々に動いて商品展開を考えています。ナンバリングのついていない商品ではありますが、ここにいるスタッフ全員に配り、すでに使ってもらっていますわ」


 なるほど。


 自分が使っている商品なら、お店で使い心地を質問されても答え易いしな。


 まずはスタッフに使ってもらって良さをより伝えやすくするわけか。


 

 一階は短時間のお客さん向けに一人席から四人席がズラリと並び、二階はゆったり長居が出来る四人席だけがあるそうだ。


 一階と二階でお客さんを分け、上手く回転させるんだと。



「三階はどうなっているんだ?」


 一階から吹き抜けの三階を見上げるが、一階や二階のように席が多くは見えない。


 どうなっているんだろうか。


「はい。三階は大部屋があります。長テーブルが置かれ、立食形式の大人数の団体さん向けに予約がとれるようになっています。混雑時は予約がなければ三階も開放、椅子を出し、臨時で席を大量に確保出来ますわ」


 ほー、すごいなそりゃ。たしかに右側にはそういうスペースがチラと見える。


 しかしその反対側、階段を挟んだ左側は一階や二階より更に豪華な飾りが多くあり、雰囲気が違う。



「左側は仕切りのあるスペースとなっていまして、商談や少人数パーティーが出来るようになっています。そしてそのうちの一つが王族の方専用になっています」


 ふむ、右が大人数、左が少人数用と。


 一つが王族用? まぁ、たしかにお城の目の前だし……。


「その、サーズ姫様が王族の持ち物である土地を提供する代わりに、一つ条件を出されまして、王族専用部屋を作って欲しいと」


 そ、そうなのか……。


 まぁこの土地はペルセフォス王族の持ち物で、俺達はサーズ姫様のご厚意で無償で使わせてもらっているからな。文句は言えん。


 なんとサーズ姫様が個人で資金も提供してくれたとか。


 そりゃー豪華になるわけだ。


 つーかあの人、お店にかなりの頻度で来る気満々なのか。王族なんだからお城で良い物食えるだろうに。



「それでですね師匠……大部屋の裏のスペースにスタッフ専用部屋を何部屋か作ってあります。休憩用や、泊まりにも対応出来るよう作りました」


 アンリーナが急に近寄ってきて、小声で喋りだした。


 スタッフ用にも部屋を作ってくれたのか。それは素晴らしい。


 やはり働く環境がいいからこそ、いいサービスを提供出来るってもんだ。



「どうでしょう師匠。今夜、頑張った私と二人だけで完成記念パーティーなど。私頑張ったんです。そう、とても頑張ったと思います。ええ、その頑張りは個室で師匠が裸で抱きついてくるぐらいのものかと思うのです」



 アンリーナが耳元でつぶやくが、なんで俺が個室で裸で抱きつくんだよ。


 アンリーナの中での俺が感謝を表す行動、おかしいだろ。









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