第299話 ジゼリィ=アゼリィ王都進出計画 15 ベスの像と高級な鍵様


「ベスだ」


「ベスッ!」


「ベスちゃん、ですね」



 ペルセフォス王都に出来たカフェジゼリィ=アゼリィはとても大きく、三階建の巨大な物だった。



 俺も出資したが、ローズ=ハイドランジェ、さらにはラビコがかなりお金を出してくれたとか。



 アンリーナ曰く、本来かかる費用の倍近い金額が集まったとのこと。


 サーズ姫様のご厚意で王族所有の土地を無償で提供してもらい、これでかなり費用が浮き、建物は豪華に、さらに内装設備にも相当のお金をかけることが出来たんだと。


 ソルートンのジゼリィ=アゼリィにもあるが、冷蔵庫、こっちでは魔晶石を利用した魔晶冷蔵庫と言うが、これの業務用高級品を投入。


 大量の食材の保存が出来るので、料理の価格も安定して出せるようになる。




「アンリーナ。その、費用が浮いて建物以外にお金がかけられたってのは分かるんだが……」


 出来上がったカフェジゼリィ=アゼリィの入り口で立ち止まり、俺は目を見開いてしまった。


 昨日の夜は暗いし、トラブルで見る余裕がなかったので気が付かなかったんだが、カフェの大きな入口の脇に立派な石で出来た像が飾ってある。


 しっかりとした台座にそのオブジェが乗っかり、お店に入ろうとすると、ちょうどソレと目が合う。


「はい。やはり新規開店のお店はマスコットというものが大事でして、お店の名前で覚えてもらうのが一番なのですが、こうして分かりやすくマスコットが飾ってあると、ああ、ホラあれがあるお店! と人の記憶に残りやすいのですわ」


 そ、そうなのか。


 まぁ確かにあれはお店ではないが、日本にも待ち合わせで有名になっているスポットがあったなぁ。



 豪華なお店の入り口に飾ってあったのは、俺の愛犬ベスの石像。



 相当出来が良く、思わず足元の本物のベスと見比べてしまった。


 なんか彫りが細かいし質もいいし、すっげーお金かかってそうだぞ。


 以前、お城の人達と記念写真を撮ったが、あれに写っているベスを参考に作ったんだと。


 当のベスも石像ベスを見て、首をかしげている。


「すっげー似てるわ」






「それでは皆様、ようこそカフェジゼリィ=アゼリィへ。そして私の役目はここまでとなります。私は師匠の依頼を受けてカフェの建設計画を請け負い、完成させ、主に引き渡すまでがお仕事となっています」


 お店の入り口で大げさに手を使いお辞儀をし、アンリーナが豪華な鍵を差し出してきた。


 これがお店の鍵か。


 主か、主はオーナーの娘であるロゼリィだろ。


「だそうだ、ロゼリィ。ほら、鍵受け取っておけ」


 俺が後ろに控えていたロゼリィに目線を送ると決意した顔でゆっくり歩き出し、アンリーナの手に触れる。


 彼女の手に自分の手を優しく添え、そのまま鍵を俺に向けてきた。



「この鍵を受け取るのは、やはりあなたかと思います。残念ながら私一人ではここまですることは出来なかったです。この王都にカフェを作れるようになったのは、ソルートンのお店のメニュー改善、お弁当販売、温泉施設増築、さらには世界的に有名なローズ=ハイドランジェとのコラボ化粧品販売。そして世界各地を巡り、その類まれな交渉術と人脈を使い、短期間で多大な利益を上げた……」


 ロゼリィが優しく微笑み、アンリーナと一緒に鍵を俺の手に乗せた。



「これはあなたという人物を中心に出来上がった信頼の結晶です。あなたを信頼したからこそ、あなたが行動したからこそ人が集まり手を差し伸べてくれた。お父さん、お母さん、そして私もラビコもアプティもアンリーナさんもボーニングさんもシュレドさんも、そしてハイラさん、サーズ様……これは多くの人の信頼を一つにまとめたあなたの力。さぁ、受け取って下さい」



 ロゼリィの言葉に周りのみんなが大きく頷き、ラビコがニヤニヤ笑い俺の背中を押す。


「お、俺かい……。まぁ、オーナーの娘さんであるロゼリィがそう言うなら……」


 なんかみんなに見られてすっげぇ恥ずかしいが、俺はアンリーナとロゼリィからカフェジゼリィ=アゼリィの鍵を受け取る。


 これまた予算が余ったせいか、無駄に豪華な造りの鍵。


 太陽の光が反射し、まるで勇者が光の剣を女神から受け取ったような輝きを放つ。


 鍵が。


「これ、なんかやけにキラキラすると思ったら、持つところに宝石みたいの入ってんぞ」


「はい。鍵はとても大切な物です。これが無ければお店が開けない重要な物。その鍵を無くすことがないように、無くすと大変なことになると肝に命じていただきたく宝石を入れました」


 鍵を見ると、やけに綺麗なオレンジ色の宝石みたいなものが埋め込まれている。


 ガラスの偽物……かな?


「師匠のイメージを乗せ、オレンジ色の宝石、アピリス水晶を飾りとしています。本物ですわよ」


 アンリーナが普通に答えた。


 鍵に宝石って……どんだけ富豪だよ! ってアンリーナは本物の富豪だったか。


 鍵でこれか……建物の中は一体どうなっているんだ。


「あ、あああああアピリス水晶……! せ、先生これってすっごい高いやつですよ!」


 宝石の名に左腕に絡んでいた騎士ハイラが叫びだした。


「うわすっごい……これが本物のアピリス水晶! ガラスで似せて作られた物は見たことありますが、本物は初めて見ました」


 ハイラが鍵に付いている宝石に大興奮。


 おお、いいぞ。そうやって動いてくれると、より腕に大きく柔らかいものが当たる。


 俺には宝石よりこっちのほうが心に染みる。


 俺はそっと目を閉じ、視界を塞ぐことでその感触をフルに楽しむ。



「うっわ~やるねぇアンリーナ。アピリス水晶ときたか~。これって五万Gはするよね~お高い宝石様だ~あっはは~」


「う、うおおおおおおおおお! ああああああああ……!!」


 ラビコが右腕に絡んできて俺の手にある鍵を覗き込み、お値段鑑定。


 五万Gか、日本感覚だと五百万円だろうか。


 高いな、そしてラビコが来てパワーアップした左右の感触をデュアルで楽しんでいると、また料理人シュレドが吼えた。


 忘れてた、金額プレッシャー。



「お、落ち着けシュレド。アンリーナとラビコが絡んでいる以上、もうこういうもんだと思え。それにアンリーナが言っているのは金額じゃなく、心構えを言っているんだ」


 頭抱えてしゃがみ込んだシュレドの筋肉質な背中をさすり、俺は言う。


「いいかシュレド。この王都には多くのカフェやレストランがある。老舗に名店、これら全てがライバルになるんだ。お前はケルシィで言っただろ、世界最高の料理人になるって。その為にソルートンに来て、兄さんに世界で戦える料理を習ったんだろ。その大事に抱えているケースに入った兄さんの包丁でライバルを全部ぶっ倒す。やってやろうぜ、シュレド」


 俺の言葉に、シュレドがイケメンボイス兄さんから譲り受けた包丁ケースを空へと掲げる。


「そ、そうだった……俺は世界最高の料理人になるんだ……旦那にわざわざケルシィの田舎まで来てもらって、ソルートンでボー兄さんに料理の極意を学んだんだ。ここまで来て震えるとかありえねぇ……! 俺はやるんだ、ボー兄さん見ていてくれ! この包丁を握り、王都のライバルを全部ぶっ倒すんだ!!」


 シュレドの体の震えが止まり、いつもの勝ち気な顔に戻った。いい笑顔だ。


 くそぅ、しかしシュレドもイケメン顔だよなぁ……俺にも分けてくれ。



「よし、いいぞ。ならば俺達からもう一つの武器を贈ろう。受け取れシュレド、カフェジゼリィ=アゼリィの鍵だ。無くすなよ、これは俺達の想いを乗せた大事な物なんだ。その想いをしっかり受け取れ! これからは兄さんの包丁と、この鍵を武器に王都で暴れてやろうぜ、シュレド!」


 アンリーナとロゼリィから受け取った鍵を、お店を任せるシュレドに渡し、背中を叩く。


「うおおおおお! そうか、これは武器なのか……! ボー兄さんの想いが乗った包丁にみんなの想いが乗った鍵。そうか、俺には二つも武器があるのか! こんなの負けるわけがねぇ! やるぜ、やってやるぜ旦那!」


 大興奮したシュレドがその厚く、熱い胸板を俺の頬にぶつけてくる。いや、抱きついてきたと表現すべきなんだろうが、マジで頬が痛い。



「はぁ。ま~ったく、よくもポンポンと人を乗せる言葉が出てくるもんだね~」


 横でラビコが感心半分呆れ半分で見てきたが、頼むからシュレドを俺から引き離してくれ。



「なるほど、その方がこのお店の鍵を持つ人になるのですね」


 シュレドの熱い抱擁に苦戦していたら、お店のほうから聞き慣れない女性の声がした。


 肩ぐらいまで伸ばした髪に、ビシっとお高そうなスーツを着た女性。



 さて、誰だろうか。








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る