第296話 ジゼリィ=アゼリィ王都進出計画 12 恐怖の深夜温泉様 2


 旅の疲れを癒そうと一階の大浴場に向かう通路を歩いていたら、二階にはいた警備の人の気配がなくなっていた。



 静まり返ったお城一階男湯付近。



 普段は多くの騎士達が行きかい、人がいない瞬間なんてないんじゃないかと思えるぐらいの場所なのだが。


 なんというか、綺麗な大型ショッピングセンターに人が誰もいない不気味な雰囲気に近いだろうか。



 

 通路の先に何かが倒されたようにボトッと転がり現れる。


 落ちている物はやけに大きい人型の物だが……なんだろう。


 なにやら警戒しているベスだが、お城内は大丈夫だろ。


 ゆっくり歩き、近づいてみる。



「……これはクマさん。大きな水色のクマさんの着ぐるみだな……ひっやぁああ!」



 通路に転がっていたのは、俺が余裕で入れそうな大きなクマさんの着ぐるみ。


 それに触れようと右手を出したら、その手を横からがっつりつかまれた。



 見るとT字路の死角に俺ぐらいの大きさのピンクの物体がいて、それが勢い良く俺の右手をつかんできた。


 あまりにびっくりして女の子のような悲鳴あげちゃっただろ! 


 な、なんだよこのピンクのクマさんは。



「ははは、ははは……!」


 こもった声で笑い、なにやらフシューフシュー吐息を漏らしながら、かなり高揚した様子。


「ク……クマさん……?」


 俺は慌てて右手をつかんでいたピンクのクマさんの手を払い、構える。


 愛犬ベスの反応は軽い警戒モードだが、首をかしげている状況。


 ヤバイ奴ではないのか?



「はは……ははは!」


 ユラユラと体を揺らしながらピンクのクマさんが近づいてくる。


 な、なんだよこの状況……つかなんでさっきまでいっぱいいた騎士が居ないんだよ。



 ピンクのクマさんが落ちている水色のクマさんの着ぐるみを拾い上げ、そのパックリ開いた背中を俺に向けてくる。


 なんだ? 何がしたいんだこのクマ。


 というか中身誰なんだよ。



 ぐっ……なんだ、このピンクのクマさんを見ていると頭が痛い。


 何かとても怖い記憶が蘇りそうな感覚。


 これは触れちゃいけない記憶の封印なんじゃ……うっ頭が……なんなんだ、これ!


 ベスはなんとなく気付いているようだが……くそ、会話が出来りゃあ話は早いのに。


 軽い目眩を覚え、全身の力が抜けていく。


 あかん、ここで気を失ったら本当にヤバイことになりそうな予感。


「くそっ!」


 なんとか両足を踏ん張り自分の頬を叩く。




「はは、ははは……はぁはぁはぁはぁっ」


 ピンクのクマさんが更に高揚し、パックリ背中の開いた水色のクマさんの着ぐるみをぐいぐい俺に押し付けてくる。


 着ろってことか? でもこれ着たら、なんか別の世界に飛ばされそうで怖いんだが。


 なんとか避け、ピンクのクマさんの背後に回る。


「はは、はぁ……はぁっ」


 ゆっくりとピンクのクマさんが振り返り、目のガラス球が怪しく光る。


 ピンクのクマさんの背中にも同じように開く部分があり、ボタンでとめてある。



 よかった、着ぐるみだ。


 てっきり、もうこういう生き物なんじゃないかと一瞬不安になったぞ。



 その後もピンクのクマさんが水色のクマさんを俺に着せようと迫るも、なんとか避け距離を取る行動を何度か繰り返す。



「ちっ、きりがないぞこれじゃ……」


 俺に明確な敵意があるわけではなく、どうにもこの水色のクマさんを着て欲しいご様子。でもなんか怖いし、嫌だぞ。




「こっちから悲鳴が聞こえたと……む? なんだって、人払いと? 私にはそういう命令は来ていない、どくんだ!」


 俺が降りてきた階段の上階から何やら走ってくる音が聞こえた。


 軽い身のこなしの剣を腰に差した男性騎士。あれ、見覚えが……。



「り、リーガル! リーガルじゃないか! よかった、誰もいない不思議な空間にでも迷い込んだのかと思ったよ……た、助けてくれ!」


 あまりに不自然なくらい誰もいなかったので、てっきりケルシィのときのように、別の空間に迷い込んでしまったのかと思っていた。


「君は……久しぶりだね。どうしたんだい、この状況は……今日ペルセフォス王都に来たとは聞いていたが」


 二階から階段を降りてきたのは、以前ソルートンに来て俺の背中に付けているオレンジのマントを持ってきてくれたイケメン騎士アーリーガル。


 確か隠密だっけ、こいつ。


 足音もさせないで忍者のように走るんだな。


 ざざっと走り、瞬時にピンクのクマさんと俺の間に割り入ってくるリーガル。


 格好いいぞ、ザ・騎士って感じ。



「……はは、はははは! ほう、私の命令に背くとはいい度胸だアーリーガル=パフォーマ」


 あれ、このピンクのクマさん普通に喋れるんじゃん。


 すごいこもった声で聞き取りにくいけど。



「……! いえ、その……そういうわけでは……!」


 剣に手を当て構えたリーガルだったが、ピンクのクマさんの脅しに明らかに動揺し始めた。


 な、なんだよリーガル、騎士なんだろ? 


 そんな安い脅しにびびるなよ!



「どくんだ、アーリーガル=パフォーマ。私は彼と広い温泉で洗いっこをするんだ。そしてそのまま……!」


 ピンクのクマさんが怪しいオーラを放ち、構える。


 なんかすっげぇ強そうだぞ、このクマさん。


「し、しかし……! この先は男湯でして、彼も怯えていますし……」


 リーガルがピンクのクマさんの怒気に当てられ、じりじりと下がってくる。


 ど、どうしたんだよリーガル! ペルセフォスの騎士は勇気を示す者、なんだろ!?



「ははは! アーリーガルよ。ここはお城である。言わば私の家、私の部屋。男湯? それがどうした、人払いはしてあるぞ。私の家で何をしようが私の自由だ。それとも何か、仕えるべき相手に逆らい、剣を向けるというのか」


「ち、ちがっ……そんな恐れ多いことは! ど、どうなされたのですか、いつもとはお人柄が……」


 だめだ、リーガルが完全に戦意喪失している。


 こんな怪しい奴、パッパと捕まえてくれよ!



「いいだろう、今回のことは不問にしてやる。アーリーガル=パフォーマ、君とは一度殺り合ってみたっかたんだ……さぁかかってこい! 障害を乗り越え、私は彼と添い遂げる……はははは!」


 ピンクのクマさんが怒気の含んだ闇のオーラを放ち、素手でリーガルに襲いかかる。


「くっ、夢でも見ているのか……? ええい、ままよ!」


 怯えていたリーガルだったが、自らの弱い心に打ち勝ったらしく、強大な敵に対しイケメンフェイスで両手を構える。剣は使わないのか。



 ピンクのクマさんの体重の乗った蹴りを両手クロスガードで耐え、反撃するが、ピンクのクマさんが軽い身のこなしでバク転。


 リーガルの右手パンチが虚しく空を切る。


 リーガルは達人レベルの身のこなしの持ち主なのだが、ピンクのクマさんはそれ以上のバトルセンスの持ち主のようだ。


 リーガルの攻撃を軽く避け、的確に打撃を加えてくる。



「が、がんばれリーガル! お前ペルセフォス一の隠密なんだろ! こんな面白いやつに負けるわけが……」


「ありがとう、しかし実力の差がこれほどとは……! 恐れ入りました、さすがは騎士の憧れ、我が騎士人生に悔い……なし……ぐはぁあああ!」


 防戦一方だったリーガルの腹に、ピンクのクマさんの短い足がローリングソバット状態で深く突き刺さる。



「リ、リーガルーー! おい……リーガル……死ぬなぁ!!」



 イケメンフェイスが崩れ、リーガルが力なく地面に倒れ込む。


 ば、ばかな……俺ソルートンでリーガルと戦ったことあるけど、かなりの強さだったぞ。


 そのリーガルをいとも簡単に……何者なんだ、このクマさん。


 くそ、ベスを仕掛けるか? もうそれしか生き残る道が……。



 リーガルの亡骸を踏み、ピンクのクマさんが吠える。


「ははは……はは! 洗いっこ、洗いっこ……洗いっこからの思わず手が滑って心と体が連結……むは!」


「ねーよ。な~にが洗いっこからの連結だ。ブレること無く、心底ド変態だな。恐ろしいわ」


 興奮したピンクのクマさんの背後から光る帯状の物が迫り、クマさんを縛り拘束していく。


「ぬっくぅ、ちぃ……う、動けん……いたたた! 少し加減を……」



「ラ、ラビコ……! よかった……リーガルがやられてもうだめかと思った……! さすが頼りになる! 助かった…………」


 通路の奥からキャベツの突き刺さった杖片手に溜息つきながら現れたのは、我らが水着魔女ラビコ様。


 信頼できる味方が現れ、安心した俺は一気に体の力が抜け、急激な眠気が襲う。


 長旅とトラブルで疲れていたのか……だめだ、目を開けていられない……。



 俺はベスを抱き、地面に倒れ込む。



「リーガルは気絶してるだけだろ……って、おい! ちっ……! テメェ、うちの社長に何してくれてんだ! 指輪で揉めていたのに、急に素直にお城に行ったり、社長の意向もあったとはいえ、事前に客室を二部屋用意してあって男女を分けたり、社長にだけ温泉の情報伝えて手書きの地図渡したり……男湯付近を権力使って人払いまでして、おかしいと思ったらやっぱりこれか」


「するのはこれからだ。まだ何もしていないぞ。おいワガママ魔女、私と組もうじゃ……いたたた! わ、分かった、もうしない!」








 その後、俺は女性陣の部屋で目を覚ました。



 午前七時、清らかで眩しい朝日が目に痛い。なんか恐ろしい夢を見ていたような。



 頭を振って起き上がると、バニー娘アプティが後ろから俺の髪を優しくとかし始めた。


「……おはようございます、マスター」


「……ああ、おはようアプティ」


 いつもの朝だな。


 ところでなんで俺、女性陣の部屋にいるんだろうか。


 思い出そうにも、温泉に行こうとしたあたりから、今までの記憶がスッポリ無い。


 目の前には裸で転がるラビコに半裸のアンリーナ。ロゼリィは疲れ切った様子でうつ伏せにベッドで寝ている。



 アプティに聞いてみると、よく分からないが気を失った俺をラビコが担いで部屋に来たそうだ。


 そこからアンリーナとラビコが結託をし、俺のズボンを下ろそうと頑張ったそうだが、アプティが全て跳ね除けたんだと。


「ありがとうアプティ。どうやらまた色々救われたようだな」


 裸で横たわるラビコと半裸のアンリーナをぼーっと眺めながら目の保養をし、アプティの頭を優しく撫でる。


「……いえ、マスターを守るのが私の役目です」


 だがそんなアプティだって、平気で寝ている俺のズボン下げてくるしな。


 もう誰が味方で誰が敵か分からんぞ……。今日の敵は明日の友なのか、今日の友は明日の敵なのか。




 なんとなく、今の俺は誰かの犠牲のもとにあるような気がするんだが……頭に浮かぶ、倒れているリーガルと、それを踏みつけ大興奮で吠えるピンクのクマさんの映像はなんだろうか。



 ……よく分からんが、この変な夢のあとの勇者リーガルは無事だったんだろうか。









  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る