第286話 ジゼリィ=アゼリィ王都進出計画 2 平和な旅行様


「相変わらず高いな……いやお金はあるけどさ」



 すまない、いきなりお金の話をしてしまった。




 今俺たちが乗っている列車は、フォレステイ発ペルセフォス行き特別急行魔晶列車。


 普通の各駅停車だと二日かかるところを、特急はなんと一日で着く。



 さすがに車内で過ごす時間が半分で済むのは身体的負担が少ない。


 そして毎回取る席は、列車最後尾にあるロイヤルクラス。


 その名の通り、王族貴族などがよく使う豪華なランクの、席ではなく、お部屋。


 お値段なんと六千G。日本感覚だと六十万円なり。


 高い、高いが、この快適さは代えがたいものがある。




「すっげぇ、ケルシィでも乗せてもらったけど今回もロイヤルか、さすが旦那だ! 俺、本当にいつかちゃんと恩返しをするぜ!」


 豪華な室内をキョロキョロ見回しながら料理人シュレドが叫ぶ。



 まぁ、救いなのは一部屋単位なので、何人でもこの値段なことか。


 基本旅行費用は全額俺が払う。俺の我が儘に付き合ってもらっている状況だからな、俺が払うさ。


 ベッドは女性陣に使ってもらうとして、俺とシュレドはソファーと寝袋。


 まぁ車内は冷暖房完備なので、なんの苦もないので問題なし。


 ベスもカゴから開放し、自由にしてあげる。すぐさま部屋内を確認するように走り回り、いつものソファー付近を定位置と決めたようだ。





 二十時過ぎ、軽く駅で買ったパンで夕食。


 まぁみんな慣れたもんで、特においしくはないパンを無言で食べる。



「なんというか、もうこういうものなのですが、ジゼリィ=アゼリィを離れた初日はどうしてもお店のパンと比べてしまいますね……」


 宿の娘ロゼリィが苦笑い。


 基本この異世界で旅行先での、美味いもの、は諦めた方がいい。


 たまには美味いものはあるが、ごくまれ、と考えたほうが良い。


「す、すいませんお嬢、お店から保存食を持ってくるべきでした」


 シュレドがロゼリィに頭を下げる。


 ロゼリィが慌てて手を振り、大丈夫です大丈夫ですと焦って言う。


 ロゼリィはシュレドにとって雇われているお店のオーナーの娘さん、なので呼び方はお嬢、となったらしい。


 結構慌てて準備をして来たので、そういう対策を忘れてしまったな。



 あと、今気づいたのだが、とても平和。



 なんだろう、この心安らかな旅は。


 トラブルが一切起きないって、こんなに豊かな思いで過ごせるものなのか。


 ただ流れていく車窓の風景すら、笑顔で見ていられるぞ。


 これだよ、これが旅ってやつなんだよ。



「どうしたんだい、社長~。別人のように安らかな顔でパン頬張っているけど~?」


 水着魔女ラビコが俺の仏の笑顔に気付き、ちょっと警戒した顔で見てくる。


 今回はシュレドを連れて王都のカフェに行くのが目的。いつもと違うメンバーがいる。しかも男。


 そのせいか、女性陣がとても常識的。


 いつもニヤニヤなにか企んだ顔でトラブルを起こすラビコが驚くほど静か。


 普段いないメンバーであるシュレドに気を使っているのだろう。いつものニヤニヤ魔女ではなく、今日はとても知的な大人魔女に見える。


 寝るまでの時間を読書や、魔法の杖やロングコートの手入れに使ったりと、こんなラビコは初めて見たぞ。


 その知的な横顔がちょっとかっこいい。



 横に無表情で座っているアプティも、いつものように俺のズボンを下ろそうとしてこない。とても大人しく、お人形さんのように綺麗な姿勢で紅茶をたしなんでいる。



 ロゼリィは……まぁ基本いつも常識的。ラビコとかに乗せられると暴走するのだが、今日はそのラビコが大人しいので優しいロゼリィを保っている。



「すごいな、ここまで違うものなのか」


「んん~? 何がだい~? いったいどうしたのさ、さっきから~。借りてきた猫のように大人しいじゃないか社長~いつもみたく私達を裸にむかないのかい? あっはは~」


 ぶっふ……何を言っているんだこの魔女は。


 俺はいつも大人しいだろ、窓の外に流れていく美しい景色をこよなく愛する詩人だぞ、俺は。

 


「あ、す、すんません旦那! さっきから気が利かない男ってのはダメだな! 俺ちょっと数両先の共有スペースで寝てるんで、どうぞごゆっくり」


「待て待て待て! 俺がそんなことするような男に見えていたのかよ、シュレド! ラビコの言葉遊びにマジになるなって!」


 慌てて部屋を出ていこうとしたシュレドを止める。


「あれ、そうなんすか? お三方は旦那の奥さんだし、いつもそんな感じなのかと思っていたんすが……」


 勘弁してくれよ……。


 俺は心の奥底まで健全、紳士、慈愛で満ちている男だぞ。


 女性の肌にこっちから触れるなんて、怖くて出来ません。ああ、ヘタレだろうが何だろうが好きに呼んでくれても構わない。




「さぁってシュレド~! 酒盛りの時間だ~準備開始~あっはは~」


「お、ラビコ姉さんいきますか! つまみは豆に干し肉がありますぜ!」


 とりあえずシュレドの俺に対する誤解を解いて、さてもう寝るか、と寝袋を用意していたらラビコが荷物から酒瓶を数本取り出した。


 まーた知らんうちにフォレステイの駅で買っていたのか。


 俺は飲めないし興味ないし、そそくさと寝袋を転がしスポっと中に入り寝ることにする。


 ロゼリィもベッドに入るが、アプティが少しだけお酒に付き合うようだ。まぁ好きにしてくれ。




 前みたいに酔って寝袋の俺にまたがってこないようにな。


 絶対に来るなよ。







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