第279話 ジゼリィ=アゼリィ本店強化計画様


「ひどい目にあった……」



 砂浜の裏の林にあった小屋。


 そこは普通は見えない空間になっていて、ラビコのお師匠さんが昔ここに住んでいたそうだ。



 さすがに他人の家に勝手に入るわけにもいかないし、俺達はすぐに小屋の空間から出て砂浜に戻ってきた。


「ええ~もう戻るの~? せっかく二人っきりになれたのに~これだからヘタレは~」


 

 なにかラビコが不満そうだが、そのヘタレ君はなぜか不思議な空間で股間フルオープンをさせられて心に傷を負ったんだが。


 もう回復はしたけど。




 結局小屋には誰もいなかった。


 ラビコが言うには、お師匠さんはここには半年ほどしかいなかったとか。


 別れの言葉もなく、ある日いつものごとく遊びに行ったらもういなかったんだと。


 その後もラビコは教えられた魔法をこの砂浜で一人練習を続け、高度な魔法を使える小さな女の子が砂浜にいると街で有名になり、勇者に声をかけられたんだとさ。



「それからその魔法を教えてくれたお師匠さんには会っていないのか」


「会えていないね~。なんかさすらいの魔法使いって感じだったし~ここにも気まぐれでちょっと住んでいただけぽいから、もう戻って来ないんだろうな~」


 ラビコがいくつぐらいのときなんだろう。


 確か十歳のときに勇者パーティーに加わったんだっけか。


 今ラビコは二十歳ってことは少なくても十年以上昔の話か。



「世界を巡って冒険していたら、いつかどこかで会えるかも、と思っていたけど結局会えなかったな~。有名な魔法使いになれば、向こうから来てくれるかも~とかも考えていたんだけどな~あっはは~」


 ラビコがちょっと悲しそうに空を見上げる。



 孤児だったラビコが世界的に有名な魔法使いになるキッカケをくれた人、だからな。


 恩も感じているだろうし、もしかしたら当時のラビコにとっては母親のように思っていたのかもしれない。


 会って……やっぱ褒めて欲しいのかな。


「ふぁっ? ど、どしたのさ社長~。まぁいいや。もっと撫でろ、あっはは~」


 なんとなくラビコの頭を優しく撫でた。


 なんとなく、な。








 宿に戻り、お昼のランチセット「つけパンシチューセット」をいただく。



「これうまいなぁ。パンに絡みやすいようにチーズが入ったクリームシチューなのか」


「お、旦那に褒められたぜ! もう作ってみたいメニュー案が多すぎてノートが真っ黒なんすよ! あ、パンも一種類じゃなくて固いパンと、柔らかいパンの二種類を小さめで出したほうが変化を楽しめていいのか……ちょっ、メモってきます!」


 料理を持ってきてくれたシュレドがダッシュで厨房に戻っていく。


 すごいなシュレド。


 これなら本当に王都のカフェを安心して任せられるなぁ。



 お昼で食堂は大混雑。


 宿ジゼリィ=アゼリィはソルートンでかなり有名なお店になり、お昼、夕食時間などは本当に混むようになっている。


 外に列もでき、かなりお客さんを待たせることも多くなってきた。



「うーむ、料理の提供は間に合っているのだが、物理的に席が足りないな。結構臨時で席は増やしたんだがなぁ」


 空いている時間はゆったりとスペースを取り、混雑してくるとテーブルを倉庫から出してきて席を多く確保する。


 それでも最近は噂が噂を呼んで、ソルートン以外の街や他国からも訪れる人が増えているうようだ。


「王都のカフェも大事だが、このジゼリィ=アゼリィ本店もどうにかしないとならんか」



 とりあえず外にアルバイト五人娘の一人セレサを配置し、並んでくれているお客さんに事前に注文を聞いておいてもらう。そうすれば順番が回ってきて、お客さんが席についた途端に料理を提供出来る。




「やはり例の作戦を実行すべきか」


「なんですか? 例の作戦って」


 外に出てジゼリィ=アゼリィの建物の左側の空き地を腕組みをして見ていたら、昼休憩でご飯を食べ終えた宿の娘ロゼリィが不思議そうに近寄ってきた。


「ああ、以前ローエンさんには言ってあるんだけど、このジゼリィ=アゼリィ本店もお客さんが増えてきて、お客さんをお待たせする時間が増えてきたからさ、こっち側にお店を増築しようかなって思って」


「え!? お店の増築ですか!?」


 驚くロゼリィ。そして俺の足元にいた愛犬ベスもロゼリィの声に驚き、足に絡みついてきた。


「あ、ご、ごめんなさい驚いてしまって」


 ロゼリィが俺の足に絡むベスの頭を優しく撫でる。



「ジゼリィ=アゼリィのメイン収益である食堂を強化したいんだ。この川側のあいた土地に建物を増やして繋げ、売り場面積を倍くらいにする。そして調理の効率を上げるために厨房の拡張。二階に宿屋の客室増やして、さらに……俺の部屋を作ろうかと」


 俺がベラベラとジゼリィ=アゼリィ増築計画を喋ると、ロゼリィが口をポカンと開け見てくる。一気に情報詰め込み過ぎたかな。


「す、すごいたくさん計画があるんですね……。え、あ、ああ! 最後なんて言いました!?」


 ポケーっとしていたロゼリィが俺の最後のセリフに過剰に反応し始めた。


「え、ああ。近くに家借りようかと思っていたんだけど、ジゼリィ=アゼリィを俺のお金で増築して、そこに俺の部屋作っちゃえばいいんじゃないかと思って……あ、これさすがにやり過ぎかね……」


 まだ口約束程度で、ローエンさんの正式な許可は取っていないし、さすがにアカンか。


 近くに家を借りれればとも思ったんだが、俺、基本ジゼリィ=アゼリィの食堂にいるし……ならもう俺の部屋作っちゃえばいいんじゃね? ってことなんだが。



「い、いいいです! それいいです! あなたのお家がここになるってことですよね!? そう、そうです、それでいいんです! あなたはずっっっとここにいるべきなんです! 分かりました、私がお父さんに言って来ます。やりました、これで正式にあなたはジゼリィ=アゼリィの若旦那ということ──! そして私が妻に──!」


 ロゼリィが大興奮しながら宿へ走っていく。


 何か俺の計画とは違う計画が進みそうな言葉を発していたが……まぁ、いいか。


 あとでローエンさんにちゃんと誤解無いように言っておくか。



 せっかく王都のレースで大金手に入れたんだ。思う存分異世界生活を楽しまないとな。






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