6 異世界転生したらカフェを作ることになったんだが

第275話 ロゼリィ=アゼリィの願い様


 宿屋ジゼリィ=アゼリィ。



 ペルセフォス王国東地域の港街ソルートンにあるお店。


 ここが私が生まれ、育った場所。


 最初は酒場、そこから泊まれる施設が増築され、さらにご飯が食べられるカフェが出来た。




「懐かしいなぁ」


 当時のアルバムを見ると、曖昧だった子供時代の記憶が蘇ってきた。


 私が生まれたその年に酒場が出来上がり、八歳のときにお父さんとお母さんが勇者様と冒険に出かけたんだっけ。



 その後、ルナリアの勇者様の活躍は世界に知れ渡る。


 勇者様の活躍のついでに流れてくる噂話で、仲間としてついて行ったお父さんとお母さんの無事を聞いた。



 子として親の活躍はとても嬉しかったが、二人が冒険を終えて帰ってくる十三歳までの五年間は本当に……寂しかった。


 従業員のみんながとても優しくお世話をしてくれたけど、やはりお父さんとお母さんがいない寂しさは拭えなかった。



 元々人見知りで気弱。


 お世話をしてくれていた従業員のみんなとも、まともに話せていなかった。


 二人が帰ってきてからは酒場に本腰を入れて経営が始まり、宿、カフェが新たに出来てお客さんが増えた。


 そこで私も十五歳から宿の受付を手伝うようになり、今に至る。



 従業員のみんなともまともに話が出来ないのに、お店に来るガラの悪いお客さんとなんか余計に話せるわけもなく、いつも下を見て終業の時間をひたすら待つ毎日。


 酒場が基本だったのでそれ系のお客さんが多く、からかわれたり、下心丸出しで近づいてくる人がたくさんいた。



 毎日毎日毎日毎日、同じことの繰り返し。


 酔った男の人達にからかわれ、お酒を注げだのデートしようだの脱げだの……毎日毎日。


 もう……死ぬまでこんな毎日が続くのだろうか、と考えたら涙が溢れ止まらなかった。



 そんなとき、ふと噂に聞いた話があった。


 街の真ん中あたりにある橋で、深夜星に願うと想いが叶うというもの。


 私も十五歳、本気で信じていたわけではないが、それでも少しでも何かにすがりたかった。


 宿の受付を終え、深夜こっそり家を抜け出しその橋で私は願った。


 毎日、毎日毎日毎日……。





「ふわーぁ、ロゼリィー紅茶くれー」


 眠そうな声を出し、その人は犬を引き連れ二階から降りてきた。

 

「ふふ、もう用意してありますよ」

 

 私は慌ててアルバムを閉じ、用意してあったぬるめの紅茶を渡す。二杯目は熱いのを用意。


「お、さすが宿屋の娘だなぁ。サービスがいいじゃないか」


 彼は優しく微笑み、紅茶を飲み干す。


 いつもの席に座り、二杯目の熱い紅茶を傾けながら本日の朝食メニューをじーっと読んでいる。


 会話をするだけで楽しいと思える人。


 側にいて、例え無言でいようとも安心していられる。ずっと横にいたい。ずっと見ていたい。



「……マスター、洗濯が終わりました」


「あ、こらアプティ……前言ったろ、人前で下着はなるべく隠せって!」


 アプティが洗濯物を抱え彼の側へ。


 慌てて自分の下着を他の洗濯物の服で隠そうと頑張っている。ふふ、ちょっとかわいいです。


 今度、私がお洗濯してあげたいなぁ。


 でもアプティってば寝ている彼を無理矢理脱がせてお洗濯するものですから、私がしようにもいつも終わった後なんですよね……。


 さすがに私は寝ている間に脱がせる勇気は無いし……。



「おっは~! あっはは~いや~昨日の帰還祝いで飲み過ぎちゃったよ~」


 ラビコも起きてきました。


 昨日私達は花の国フルフローラから帰ってきたのですが、いつものごとく宴会が開かれて、ラビコ達大人組は遅くまで飲んでいたようです。


「いやぁ~ジゼリィ=アゼリィ王都進出前祝いも兼ねてたから盛り上がっちゃって~」


 ラビコが彼の右隣りに座りメニューを見始めたので、私も慌てて彼の左隣りに座る。



 そうなのです。うちの初めての支店がついに王都に出来上がるのです。


 しかも王都ペルセフォスのお城の目の前。


 王族所有の土地を無償で提供していただけることとなり、あと数週間で完成するとか。 


 しかも世界的に有名な企業であるローズ=ハイドランジェさんとのコラボで開店することとなっていて、このペルセフォスの外れにある港街でもその噂話で持ちきりです。



 王都進出、かぁ。


 家族で頑張ってやっているころには想像もつかなかった計画です。


 うちのお店はメニュー改善を行ったとある時期を境に急激に売上を伸ばし、さらに街に数件しかなく不便だった温泉施設を宿内に開業。


 そしてローズ=ハイドランジェさんとのコラボで限定シャンプーなどの販売開始。


 ついには王族であられるサーズ様のご協力を得、王都にカフェ計画進行中となっています。


 従業員の方も多く増やし、かなり大所帯のお店になってきました。



「ふふ」


「ん、どうしたロゼリィご機嫌だな。やっぱ勝手知ったる実家は最高ってか」


 なんだかこれが今自分に起きていることとは思えなくて、思わず笑ってしまいました。


「そうですね、やっぱりみなさんと一緒にジゼリィ=アゼリィにいると安心しますね」



 あの日以来、私の全てが変わった。



 私一人では出会えなかった人達との出会い。


 今までずっと下を向き避けていた、人との交流というものがこれほど大事な物だとは以前の私では気づけなかった。


 今このお店は多くの人と繋がり、多くの人の想いが重なっている。


 

 それら全てを引き合わせ、まとめ上げたすごい人、それが彼。


 いつも飄々としていて一見頼りなさそうに見えますけど、動くとなったらぐいぐいと周りを引っ張り、蒸気モンスター相手にだって臆することなく立ち向かう。


 迷わず前を見据える横顔がとても魅力的で、たまに見せてくれる笑顔がとってもかわいいんです。



 そう、私はこの人と出会い全てが変わった。

 

 よく笑うようになった。


 よく怒るようになった。


 とても感情を表に出すようになった。


 そして誰とでも話せるようになった。


 いつも下ばかり見て、自分の世界はこの足元に見える狭い世界しかないんじゃないかと思っていた私に、世界はこんなに広いんだと教えてくれた。



 この言葉は何度でも思う、何度でも言いたい。


 私の──とても大事な言葉。



「……ありがとうございます。私はあなたが大好きです」



 私は彼に聞こえないように小声で呟き、彼の隣で微笑む。


 私の願いはどうやら星に届いたようです。


 そう、私があのとき願ったのは──



「え、何か言ったか? ロゼリィ」


「言いましたけど、ふふ……内緒です」









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