第274話 アンリーナの涙と帰還ソルートン様 ──第五章 完──


「朝日か……闇を払い、人々に希望をもたらす日の光。俺達は太陽と共に生きている」



 みんな、おはよう。



 俺は長い旅路の果てに暗闇の世界を越え、光の世界へと辿り着けた。


 これも月の光を生尻に当てて祈ったからだろう。


 明けない夜はなく、出口のないトンネルもない。始まりあれば終わりがあり、出会いがあれば別れが──うるせぇか、とりあえず昨日の危機は乗り越えたぞ。



「ふす~……ふす~」


 まるで組手でもするようにやりあっていた水着魔女ラビコとバニー娘アプティだが、さすがに魔法使いと格闘タイプの体術の差は歴然でアプティの勝利。


「ぅぅぅ、うううう……」


 宿屋の娘であるロゼリィは当然戦闘能力は無し。オロオロと見ていただけ。


「ヌッフゥゥ……ゥゥ」


 アンリーナも同じく戦力は無し、なのだが果敢にアタックしていき、アプティの無限ブロックを食らっていた。



 そんなわけで勝利者であり頼れる味方、アプティが俺に寄りかかりウトウト。


 狭い船の部屋内には敗者達の無残な姿が晒され、皆ほぼ裸同然、疲れきった感じでぐったりと横たわっている。


 今ならちょっとぐらい触っても怒られないんじゃ……いやいや、怖いからやめておこう。


「ベッス、ペッスン……ムフムフ」


 俺の愛犬ベスもクシャミをしながら起きてきた。


 昨日助けを求めたのだが、俺達のどうしようもない内紛にあきれてすぐ寝やがった俺の愛犬だ。


 麻呂眉がとってもかわいい柴犬でな、今更だが正式名はエリザベスと言う。


 子供の頃、長いから最後のベスだけで呼んでいたら、それが自分の名前だと認識してしまった。



 いい加減みんなを起こすか、風邪引かれたら大変だしな。






「み、皆様おはようございます。えー昨日は色々ありましたが、現在我が船グラナロトソナスⅡ号は順調に航海を続け、あと二時間でソルートンへと到着となります」


 皆を起こし、食堂で軽く朝食をいただきながらアンリーナの演説を聞く。



「ふわわ~ねっむ~……さすがに体術はだめだったな~狭い室内じゃ魔法は不利だね~あっはは~」


 眠そうにラビコが笑う。


 魔法はほぼ目くらまし程度でしか使わず、部屋内を壊すことはなかった。さすがに自重してくれたようだ。

 

「もう、結構楽しそうにアプティと組み合っているからどうしようかと」


 ロゼリィがスープをいただきながらラビコに愚痴をもらす。


 

 うん、見てすぐ分かったがラビコもアプティも遊びのように組んでいたからな。


 本気だったらこの船ごと消え去っているだろうし。まぁどっちにしても、ベスが寝てしまったら俺一人じゃ仲裁にも入れん。


「……紅茶美味しいです」


 存分に味わてくれアプティ。昨日の功労者なんだからな。



 今回の目的である紅茶。


 それはアンリーナのおかげでなんの苦労もなく、品質のいいものが手に入れられた。グリン夫妻とガウゴーシュ農園のみんなに感謝。


 あとはペルセフォス王都に建設中のカフェが出来上がるのを待つばかり。


 そこで腕を振るう料理人であるシュレドはメキメキ腕を上げているし、なんの問題もないだろう。


 王都に住めることにシュレドはワクワクしていたからなぁ。

 

 







「見えてきましたわ、皆さんもうすぐソルートンに到着となります! この度は私のお仕事にお付き合いいただきありがとうございました。いつもは一人で行っていたのですが、今回は皆様と一緒でとても楽しいものとなりました、本当にありがとうございます」


 デッキに出て、我が街ソルートンを望む。


 アンリーナが深々と頭を下げ、お礼を言ってくるが、お礼を言うのはこちらだな。おかげでスムーズに紅茶の交渉が出来た。


 ありがとうアンリーナ。



「師匠。お体は大丈夫でしょうか……。この度は私の我が儘で、師匠には謝っても謝りきれないお怪我を負わせてしまいました。申し訳ありません」


 アンリーナがすっと俺に近づいてきてさらに頭を下げてくる。


「気にすんな、アンリーナ。俺はこうして元気だ。今回は紅茶の仕入れを手伝ってくれてありがとうな」



 カエルラスター島でアンリーナと展望台デートをしていたとき蒸気モンスターに襲われ俺は怪我を負ったが、あれは俺自ら取った行動の結果だ。


 アンリーナは悪くない。


 結局、なぜか現れた銀の妖狐に命を救われたが……あれはどう解釈すればいいのかね。


 なんかやたらにボディタッチが多いからアイツ苦手なんだよな。敵側の蒸気モンスターだし。


 ラビコに相談しようにも、銀の妖狐に助けられたなんて言えないしなぁ……。



「まだ全快ではないでしょうし、ソルートンに着いたらしっかり休養してくださいね。それと、今回も師匠にありがたい教えをいただきました。一人で世界を見るから悲しい想いをする。でも、同じ想いの友や愛する人が側にいれば世界は何倍にも広がる。広がった世界はとても希望に溢れ、悲しむ暇なんてない」



 そういえば展望台で言ったか。


 アンリーナは一人で忙しく世界を巡っているようだからなぁ。


 その合間にふと美しい景色を見ても心に余裕がなければ、広い世界にポツンと一人な自分が透けて見えてしまう。


 人は一人では生きていけない。


 俺はそれをこの異世界に来て痛感した。



 周りのみんながいなければ、俺なんて行く宛もなく途方に暮れていただろう。


 ロゼリィと出会った、ラビコと出会った、アンリーナと出会った、アプティと出会った。ペルセフォスの人達や、ジゼリィ=アゼリィの人達。


 みんなのおかげで俺の世界が広がった。


 目を閉じても、そこに浮かぶ顔がある。

 

 これはとても大事なことだと思う。


 俺は一人ではない、そう強く思えるから。



「そうだ。アンリーナは一人じゃない。寂しくなったら俺のところに来い、そうすれば二人で世界を見れる。その歳で大変な役職に就いて重責を背負うストレスは相当なものだったろう……今までよく一人で頑張っていたな、アンリーナ。でも大丈夫だ、これからは俺がいる、俺を頼れ、な?」


 背の低いアンリーナの頭はちょうど撫でやすい位置にくる。


 優しく何度も撫でていたらアンリーナの目に涙が溢れてきた。


 え、あれ、俺変なこと言ったか。


「……ん、ああ……ごめんなさい師匠。なんだか涙が止まらなくって……ぅああ……嬉しいです、私はもう一人で虚勢を張らなくてもいいんですね。本当は辛かったです、同い年の周りのみんなは自由に遊んで、楽しそうに毎日を過ごし、当たり前のように恋をしていて……」


 泣き顔を隠すようにアンリーナが俺の胸に飛び込んできた。


「でも私は歴史ある会社、ローズ=ハイドランジェを継がなければならない。遊ぶことも許されず、毎日勉強、仕事、移動の日々。友達も作れず、心を許せる人なんてほとんどいない状況でした。何度も自分の生まれを呪い、家を出ようとも考えましたが、私のその無責任な考えで会社に身を置いてくれているみなさんの生活を脅かすわけにもいかない」


 アンリーナは責任感強いからなぁ。


 でもそれが逆に自分を追い詰めてしまうのか。


「今私ははっきりと言えます。頑張って良かった、この境遇に生まれて良かった。辛いことも多くありましたが、それは全てこの日の為。幼い頃から学んだ商売は、師匠のお仕事のお手伝いの為、毎日の移動移動で手に入れた世界の知識は、師匠に最適な情報を提供する為。一つも無駄じゃなかった。ローズ=ハイドランジェ家に生まれたから、世界を巡っていたから、めげずに頑張っていたから……私は師匠に出会えた」


 後半、アンリーナは涙声になってしまっている。


 今まで相当辛かったんだろう。


 いつも底抜けの笑顔だったけど、あれは自分を守る為の仮面だったってことか。



「良かった……頑張って良かった……ぅぁぁあああああ」


 堪えきれずアンリーナが大粒の涙をこぼし、嗚咽を漏らしてしまった。



「大丈夫だ、アンリーナ。俺がいる。例え側にいないときでも、アンリーナの手には指輪がある。それが必ずアンリーナを守ってくれる。俺はそう願い、感謝の気持ちを込め贈った物だ」


 俺は泣きじゃくるアンリーナの顎を手で優しく持ち上げ、可愛らしいおでこに唇をつけた。


「ぅぅううう、し、師匠……嬉しいです……うれしいです……」


 





 午前十一時、グラナロトソナスⅡ号はソルートン港に到着。


 アンリーナはすぐに他の仕事があるとのことで、港でお別れとなった。


 俺達を降ろしたら、そのまま船で仕事先へと向かっていく。





「大変なんだな、世界的な企業の一人娘さんってのは。俺じゃ絶対無理だわ」



「そうだね~アンリーナはよくやっていると思うよ~。最近さらに売上伸ばしたそうだしね~優秀優秀~あっはは~」


 そうなのか。さすがだなぁ、アンリーナ。


「あれれ~気付かないのかい~? おっかしいなぁ~」


 俺が普通に感心していたら、ラビコがニヤニヤと俺を見てきた。なんだ?


「ローズ=ハイドランジェは最近、とあるきっかけで知名度をさらに上げたのさ~。今まで手薄だった地域の~とある港街への商品展開。さらに限定商品の追加。集客力の高いそのお店のおかげで~売上は倍増。ついにはペルセフォス王都のお城の目の前という、一般人がどう逆立ちしても手に入らない場所への出店が決定~」


 ん? それって……?


「ラビコさんさ~花の国フルフローラで結構周りの人の会話を聞いていたんだけど~ペルセフォス王都、しかもお城の目の前に出来るとあるお店の話題をしている人が~結構いたんだよね~あっはは~」


 ラビコが笑いながら俺の右腕に抱きついてきた。


「分かったかな~社長~。ジゼリィ=アゼリィのメニュー改善で宿の集客力と売上を増やして~さらに世界的企業であるローズ=ハイドランジェとコラボ。しかも限定商品展開。話題にならないわけがないよね~。そしてペルセフォス王族所有の土地を無償提供され~、お城の目の前という好立地を獲得。これを成し遂げるのに関わった共通人物が一人いるのさ~あっはは~」


 お、俺か。


 そうか、ジゼリィ=アゼリィだけじゃなく、アンリーナのローズ=ハイドランジェにもいい影響を与えていたのか。それは良かったなぁ。


「そうですよ! あなたが来てから全てが変わったんです! 自分がどれだけすごいことをしているかいい加減気づくべきです。ね、若旦那様、ふふ」


 宿の娘ロゼリィが笑顔で俺の左腕に抱きついてくる。


 そんなにすげぇのか、俺。実感ないぞ。いつも土下座しているビジョンしか浮かばないんだが。


「あ~ロゼリィ~急に媚び始めたね~そういうのラビコさん嫌いかな~あっはは~」


「む、急とは失礼です。私が一番最初に知り合いになったことをお忘れですか? 私は最初っからずっと態度は変わっていませんよ」


 ラビコがニヤニヤとロゼリィを挑発し始めた。


 ああ、また面倒なことなるじゃん、これ。


「……マスター、紅茶」


 突然後ろからバニー娘アプティが俺の尻を鷲掴みして、紅茶が早く飲みたいアピール。だからよ、アプティ……その尻をつかむのは何なんだよ。


「ベスッ」


 このタイミングでリードで繋いだ愛犬ベスが、我が家ジゼリィ=アゼリィへ早く戻ろうダッシュ。むぁあああ、引っ張るなベス。



「だからさ~社長が早く決めないからこういう揉め事が起きるんだって~さっさとラビコさんと結婚して、王都で自堕落に暮らそうよ~早く子供も欲しいし~あっはは~」


「あー! ダメです、そういうのは一番ダメです! しっかり働いて人生を有意義に過ごすべきです。そしてかわいい子供達と幸せな宿屋経営をしましょう!」


 そして両サイドから謎アピールが……。ああああ、面倒だぞ。



「ああああーうるさい! とにかくジゼリィ=アゼリィ帰って、お風呂入って美味いモン食うぞ! 話はそれからだ!」


 俺が叫び、全員を無理矢理引っ張る。


 疲れているし、早くジゼリィ=アゼリィのお風呂に入りたいんだよ、俺は。



「おっほ~さすが社長~力強いな~ラビコさん惚れ直しちゃうな~あっはは~」


「か、構いませんよ……ちょっと乱暴でも私はあなたを受け入れる準備はいつでも出来ています! さ、さぁどうぞ!」


「……紅茶」




 まとまりがあるようでまるでない俺達だが、まぁなんとかやれているわ。


 多分みんなとなら、どんな状況だろうがどうにかなりそうな気がするし。



 さぁて帰ってしばらくしたら、ついにジゼリィ=アゼリィの王都進出だ。


 待ってろ王都民、美味いもん食わせてやっからな!




「俺含むラビコ、ロゼリィ、アプティ、ベス一行、ただいま帰りました!」










第五章  ──異世界転生したら花の国があったんだが── 完


















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お読みいただき感謝!

これにて 異世界転生したら犬のほうが強かったんだが 第5章

「異世界転生したら花の国があったんだが」が 完 となります。


今回は紅茶を求め新たな国、花の国フルフローラへ行くお話でした。

商売人アンリーナの大型船で南に向かい、リゾート地に寄ってから花の国フルフローラへ。


アンリーナとのデート中蒸気モンスターがあらわれ、危ないところを助けてくれたのは「銀の妖狐」。

銀の妖狐は第1章で主人公くんたちの街を襲った蒸気モンスター。

彼はなぜ助けてくれたのか、助けてくれたのはありがたいけど、ちょっとボディタッチ多めの行動に主人公くんはかなり怯えていました・・。

なにやら助言を受けましたが、その意味が分かるのはもう少し先となりそうです。


花の国フルフローラでは厳しいアプティ審査会を突破した美味しい紅茶をたくさん手に入れ、これでカフェで出す紅茶の種類も増やすことができそう。


最後、アンリーナの苦しかった心の内を聞き、彼女に課せられた重責を知る主人公くん。

アンリーナにとって、主人公くんとの出会いは運命を変える出来事だったようです。



さぁ次は「第6章」となります。

長かったカフェ計画がついに実行へと移されます。


またゆるりとお付き合いいただければ幸いでございます。




よろしければコメントや評価などよろしくお願いいたします。




      影木とふ










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