第272話 紅茶巡り紀行 10 夜店のパラダイス様


「よかった、こんな時間でもお店結構開いているな」



 紅茶巡りの目的も達成し午後七時半、俺達はアンリーナの船が停泊している港、ビスブーケへと戻ってきた。


 船内のレストランでパンと温かいスープをいただき、軽い夕食とした。さすがアンリーナお抱えのシェフ、パンからして美味しかったです。

 


 少し休憩して午後九時、俺達は船を降り賑わう港街へと足を向けた。


 ベスは眠そうだったので俺の部屋にカゴから出して自由にさせておくことに。




 船から降りて自分の発言に気がついたのだが、そういやここは異世界だった。


 コンビニもなければ二十四時間やっているスーパーもない。


 午後八時だろうが九時だろうが、お店なんて開いているだろ、とか実に日本感覚で言ってしまったな。


 ああ、これから異世界に来ようと考えている酒豪諸君、大丈夫だ安心してくれ。


 酒場はどこの街でも遅くまで開いているようだぞ。お酒の国ケルシィが君の参戦を待っている。




「あれ~? 知らずにこの時間に街に出ようとか言ったのかい~? ビスブーケは夜に屋台がズラっと並ぶ夜店が有名なのさ~。朝から晩まで動いている魔晶列車の駅と、船がひっきりなしに出入りする港がある大きな街だからさ~何時だろうがお客さんは見込めるからね~」


 ラビコがてっきりこの夜に開く屋台群と、遅くまで開いている店舗が多くあることを俺が知っていて発言したと思ったようだ。


「すまない、知らないで適当に言ってしまっただけだ。でも屋台がズラっとならんでいるのは壮観だな。なんか知らんがワクワクしてくるぞ」



「……マスター、いい匂いがします」


 港と駅の近くの長い直線通りに屋台が隙間なく並んでいる。

 

 ああ、ワクワクする理由が分かった。これ、お祭りに雰囲気が近いんだ。


 後ろから俺をツンツン突いてきたバニー娘アプティが一つの屋台を指す。


 皮付きの一口大にカットしたリンゴを飴でコーティングしたものが串に刺さって売っている。こっちでもこれあるんか。


「どれ、二ゴールドか。これくださーい」


 屋台に近づき一個購入。


 後ろで無表情ながらも嬉しそうにぴょんぴょん跳ねるアプティに渡す。



 その後、ビスブーケ産の花を使った香水が売っていたので、それをジゼリィ=アゼリィスタッフ全員分。


 さすがに花の生産で有名な国、ハチミツも有名らしく、それも人数分購入した。

 


 重いので一旦荷物を船に置き、再び夜店へ。






「ん? なんかあそこ人だかりが出来ているぞ」



 屋台の一角、ちょっと奥まった場所にある屋台に男達が集まっている。


 なんだろう。


「あ~まぁね~どっちかって言うとあっちのほうが主体かね~夜店って」


 ラビコが名称を避け、ぼんやりと言ってきた。


 なんだ、あっちって。


 この街で人気の物ならちょっと見たいぞ。いいお土産になるかもしれないし。


「し、師匠にはああいうのは必要ないかと。ホラ、師匠には私がいますわ」


 アンリーナが苦い顔で俺の腕に抱きついてきた。


 俺とロゼリィは意味がわからずポカン。


 アプティは興味なしでリンゴ飴バリボリ。


「あ~もしかして社長~知っててこれ目的で来たのかな~? だよね~おかしいもん、こんな遅い時間にビスブーケの夜店に行こうって~。それなら私達誘わないで一人で来ればよかったのにさ~」


 ニヤニヤしながらラビコが俺を見てくるが、だから何の話しているんだ? 


「あっはは~まぁ冗談として、私達はここにいるからさ~社長一人であの人だかりの理由を見てきなよ~。ただしすぐに戻るんだよ~」


 よく分からんが俺一人で様子を見てくることに。なんだってんだ。





「──青が十ゴールド! 赤は三十で黄色は五十ゴールドだ!」

「端っこが百ゴールド、真ん中四十で目の前が八百ゴールドでどうだ!」


 賑わう夜の屋台に俺一人で近づいてみることに。

 

 よく分からない言葉が飛び交い、集まった男達が興奮した顔でお金を次々と店員に渡していく。



 八百って……八万円かよ、そんな高価なものが屋台でバカ売れするって何なんだこのお店。


 我先にと小さな屋台に大柄で屈強な男達が殺到していて、売っている物が見えない。


 なんとか隙間に割入って屋台に近づいてみると──



「ぱ、ぱぱぱぱぱぱ……パラダイスじゃぁ!」



 しまった……思わず叫んでしまったが、後悔はない。


 手前のお店にはエッローい本達が輝きを放ち並んでいる。


 これを叫ばずにいられるかってーの。



 本には色の付いた紙が付箋のように貼られていて、色で指定して買うルールなのか。

 

 なるほど、これならエロいタイトルを言わなくても買えるってわけだ。なんと素晴らしいシステムが出来上がっているのか。


 奥のもう一軒のほうは特に商品は置いていなく、同じく色の付いたチケットを売っている。こちらはやたらに値段が高いがなんだろうか。



「ビスブーケの女神、マリマリの……」


 すまん、これ以上は読み上げられない。


 パンフレットにとにかくエロいワードが書かれている。


 どうやらマリマリさんというお綺麗な女性の、サービス満点の踊りが見れるチケットを売っているようだ。



 くそ、高いなぁ。


 マリマリショーはちと高いが、本だけでもこの手に……。



「はっ」


 そういやこういうの買える年齢じゃないや。危ないところだった。


「はっ」


 でも見た目で年齢なんて分かるわけが……。


「はっ」


 冒険者カードの提示を求められたらまずいか。あれに年齢書いちゃったし。


「はっ」


 ここは異世界。夢を求めず何を求めるというのか。


 壮大な冒険が待ち受ける世界では危険はつきもの。


 だが勇気でそれを乗り越え、長い旅の果てに手にするからこそのドリームじゃないか。



 年齢とか法とか俺は何を恐れているのか。


 行くんだ、求め、手を伸ばせ……さすれば与えられん!



「ドリームをこの手に……いざっ! ごっひン、いってぇえ!」


 俺のこの手が真っ赤な感じに光り、五本のフィンガーを構えたところで後頭部を硬いもので殴られた。


「いって……誰だ結構本気で殴りつけた奴……あ」


「なっげぇっての~。チラ見したらすぐ戻れって言ったろ、このヘタレ童貞社長が~」


 ご自慢の杖を構えた水着魔女ラビコが俺のすぐ後ろにいた。


 ちょっとご立腹状態。


 やっべぇ、ものの数秒しか見ていない感覚だったけど。


「何を十分以上も時間を使ってじっくり物色しているんだよこのヘタレ~。しかも買おうとするとか、約束忘れたのかい~?」


 背後に紫のオーラを放つラビコ。


 危険なオーラに気付いた同士達が、慌ててお金を支払い、ブツを手にビスブーケの夜の闇の中へと走り去っていった。


 や、約束? そういえば二度とエロ本屋には近づかないとか、紙に書かされたことがあったな。


 でもあれはあれ、これはこれ。


 記録とは常に塗り替えられていくものじゃないか。


 だからこそ世界が発展……。



「行くぞ童貞~。なんで側にいる女に手は出さないで、本には迷わず手を出すのか~意味が分からない……」


 小声でブツブツ言うラビコに問答無用で首根っこをつかまれ、ちょっとキレ気味な女性陣の元へ。



 ご存知だろうか、俺の土下座はもはや武器なんだ。


 どうだろう。ちょっと見て欲しい、この綺麗に指先を揃えた美しい土下座を。


 これを見た者はその勇壮勇烈で堂々たる形に怒りを忘れ、賞賛の拍手が巻き起こる。と聞いたが。


 残念ながらラビコとロゼリィには俺の武器は通じず、アンリーナがなんとか二人をなだめてくれた。


 アプティは興味なし、リンゴ飴のおかわりを求められた。




 ビスブーケの土をおでこにつけ、その港町特有の土の香りを楽しみながら俺は思う。



 よく考えたらマリマリショーなんぞ見なくても、ラビコの水着とか周りの女性陣の薄着を見ればいいんだった──と。








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