第250話 花の国フルフローラへ 1 娘を想う父と豪華高速魔晶船様


「あれ? 帰ってきたと思ったらもう出かけるのかい?」



 ロゼリィがワタワタと宿内を走り回っているのを見たローエンさんが俺の元に歩いてきた。


 ローエンさんはこの宿のオーナーでロゼリィのお父さん。



「はい、今度は花の国フルフローラに紅茶の仕入れに行こうかと思っています」


「そうかー、花の国か。ロゼリィが好きそうな場所だな、あそこは。僕も昔何度も行ったなぁ」


 ローエンさんはこの世界で有名なルナリアの勇者の元パーティーメンバーだからなぁ、世界を巡る冒険と蒸気モンスターとの戦いをしてきたのだろう。


 今この異世界がある程度平和なのはルナリアの勇者と仲間だったローエンさん達のおかげなんだろうな、と思う。


 ちなみに奥さんであるジゼリィさん、俺の横にいるラビコも元勇者パーティーだ。


 よく考えたら俺の回りって結構すごい人がひしめいているぞ。



「またロゼリィを連れて行ってもいいのでしょうか。最近俺の勝手でかなりあちこち連れ回してしまっている気がして、ちょっと申し訳ないなと……」


 ロゼリィは基本宿屋の受け付けが仕事だ。


 それを俺が世界を見たいと、勝手にあちこち連れ回している。さすがに勝手が過ぎただろうか。


「いや、いいんじゃないかな。僕だって世界を巡って冒険をしたけど、本当に行って良かったと今でも思うよ。現地で見ないと分からないこと、思いつかないことがたくさんあるからね。そして多くの人との出会い、これは何事にも代えがたい宝になるんだ」



 確かに俺もそれは最近思っている。


 新たな人との出会いは大きな経験となりチャンスに繋がる。


 俺はまさにこの異世界に来てそれを実感してきた。


 ロゼリィと出会わなかったら、ラビコに出会わなかったら、アンリーナに出会わなかったら、アプティに出会わなかったら……もう想像もつかない。


 今の俺があるのは確実にみんなと出会ったおかげ。本当に心からありがとう、と言える。



「でも世界を見ようにもモンスターがいるからさ、なかなか我が娘を旅に出すわけには行かなかったんだ。性格も内向きで、どうしようかと悩んでいたんだけど……そこに君が現れたんだ。娘を安心して任せられるパートナーが出来て僕は嬉しいよ、これからもロゼリィを頼むよ」


 ローエンさんが娘を想う父の顔で俺の肩を叩いてきた。


 基本俺は戦力にはならないですが、ベスとラビコとアプティにその辺はお願いして、頑張ってロゼリィを守ります! 


 他力本願っていう良い言葉が俺がいた世界にあるんです。


「が、頑張ります!」


 冗談抜きで人様の大事な娘さんを預かるんだ、しっかり責任は持たないとならん。俺はビシっと姿勢を正し、いい声で返事をした。



「こら~ローエン。あんまりうちの社長にプレッシャーかけないでよね~。それに社長のパートナーは私なんだからな~」


 横にいた水着魔女ラビコがローエンさんに頬を膨らませて文句を言いつつ俺に抱きついてきた。


「いや、はは……ラビコと争うのは厳しい戦いになりそうだなぁ。宿の為にも娘には頑張ってもらわないと」


「甘いな~ローエン。うちの社長は他にもローズ=ハイドランジェのアンリーナ、ペルセフォスの変態姫なんかが狙っているからね~。田舎の宿屋娘のロゼリィがいつまでこの戦いについてこれるかな~あっはは~」


 え、サーズ姫様もなのか? 確かにそういうセリフは言っていたが、ラビコをからかうために俺にそう言っていたのかと思っていたぞ。


 うっ……なんだろうこの頭に浮かぶ興奮したピンクのクマさんの映像は。



 ラビコの脅しを聞いたローエンさんが青い顔でラビコに詳しい話を求めてきた。







 翌朝五時前。


 朝靄が漂う中、俺達は宿を出て港へ向かう。



 ソルートンは魔晶列車が通っていないので、船での運搬が物流の要となっている。


 このあたりは魚もよく取れるので、漁船も多くあり、小型からタンカーのような大型のものまで様々な船が四六時中行き来している。


 以前隣街に行こうとして漁船に乗せてもらったが、俺は二度と漁船には乗るまいと心に誓った。


 魚の気持ちが知りたい人はぜひ、どうぞ。ガトさんという素晴らしい体格の海賊風のおっさんを紹介するぞ。


 ちなみにガトさんも元勇者パーティーだ。




 多くの漁船の横を通り抜けると、港で一際目立つ巨大な船が見えてきた。


 アンリーナ専用豪華高速魔晶船、グラナロトソナスⅡ号。



 朱色に近い赤で綺麗に塗装され、バラのマークがついた豪華客船。


 見た目で俺のいた世界と大きく違うのは、船に巨大な砲門があちこち取り付けられているということ。

 

 さすがにここは異世界。普通にモンスターとかいるからな。


 船首にはハドーホーでも撃てるような巨大な砲門がついている。


 実に少年の心をくすぐるデザインだぜ。色も赤かったり、速度が他の船の二倍だったりと実にいい。三倍だったら言うこと無しだった。


 三倍になったその時は、仮面を付けて乗ってやろうと思う。



「師匠ー!! お待ちしていましたわー!」


 乗り込む階段の前で待っていたアンリーナが元気に手を振っている。赤いヒラヒラのいっぱいついた豪華なドレス着ているが、朝から気合い入っているなぁ。


「帰ってきて早々で悪いが、よろしく頼むよアンリーナ」


 アンリーナに近づき、ちょうどいい位置に来る頭を優しく撫でる。


「ふぉぉ! これは今夜のホテルは熱く激しいものになるという合図……! 分かっています……分かっていますよ師匠! このアンリーナ=ハイドランジェは全て分かっています、指輪をいただいたあの日以降、いつでもいいようにと準備は……」


「落ち着け~アンリーナ。挨拶ぐらい興奮しないで流せっての~」


 よく分からない興奮状態だったアンリーナの頭をラビコがコツンと叩く。


 そういやアンリーナも指輪あるもんな。以前、感謝の印にと俺が贈ったものだが、なぜか左手薬指に付けている。


 指輪と聞いて反応したロゼリィ、ラビコ、アプティがズバっと左手を挙げ、それぞれの左手薬指に付けられた指輪を朝日に輝かせる。


 ああ、これも俺が贈ったものだが、詳しい説明はやめておく。風呂場で襲われた記憶が甦るんでな。



「はっ……し、失礼しましたわ。もう今夜の熱く長い夜が楽しみで、つい……。コホン、おはようございます! また皆様と船旅が出来ることをクルー一同嬉しく思います! 我が自慢の船、グラナロトソナスⅡ号も思わず汽笛を鳴らしたがるほど喜んでいます!」


 正気を半分取り戻したアンリーナの演説が始まる。


 うん、この感じアンリーナだ。



 俺達は懐かしいな、と苦笑いしながらもアンリーナの元気な演説を聞き、花の国フルフローラへの期待を高める。









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