第248話 アンリーナの帰還と婚前旅行様


「師匠ー!! 只今帰りました! あの、師匠はどこに!?」



 数日後、本日のランチメニューの海鮮パスタを食べていたら、食堂の入り口に横付けされた馬車から元気な少女が降りてきた。



 アルバイトのセレサを捕まえ興奮を抑えきれす、ぴょんぴょん跳ねている。


「師匠ー! アンリーナ=ハイドランジェ只今戻りました!」


 セレサが困ったように俺が座っている方向を指すと、ギュンと首が高速で回り少女の瞳が俺をロックオン。


 笑顔で叫びながら元気よくロケットのような加速でこちらに走ってくる。


 これは立ち上がって受け止めないと、テーブルの俺の昼飯が被害を受けそうだぞ。


 俺はゆっくり席を立ち、海鮮パスタ達を守るように両手を広げる。


「おお、アンリーナ。待っていたぞ、さぁおいで……そう真っ直ぐだ。もうちょっと速度を落とし……おぶむっはぁ!」


 大きなキャスケット帽をかぶったアンリーナが勢い良く俺の腹に突き刺さる。


 危うく半分食べた海鮮達が俺の口から逃げ出すところだった。



 相変わらず質のいい服をビシっと着ているアンリーナ。


 彼女は世界的に有名な化粧品、魔晶石を扱うメーカー『ローズ=ハイドランジェ』を経営する一族の娘さん。


 多分俺より年下。背が低く、ちょうど撫でやすい位置に頭が来る。


 よく分からんが、うどん屋で知り合って以降仲良くさせてもらっている。



「ひ、久しぶりだアンリーナ。相変わらず元気が溢れているな」


「お久しぶりです師匠! もう師匠にお会い出来ない一秒が一時間に、一日が一ヶ月にも感じましたですわ! やっと師匠に、ああ生師匠の温もりが染み入ります」


 アンリーナが俺の腹にグリグリと顔を擦り付けてくる。


 海鮮……海鮮が……出……。



「お~アンリーナじゃないか~元気そうだ~あっはは~」


 二階の宿泊施設からラビコが降りてきた。


 いつもの水着にロングコートスタイル。


「お久しぶりですわラビコ様。サーズ様がまた王都に来るようにと言っていましたよ」


「ふん、どうせカフェ開店の時行くってのに~ま~どうせ社長を連れて来いってことだろうけど~。あの変態姫め~」




 とりあえず席に座ってもらい、紅茶を頼む。


 バイト娘のオリーブがすぐに持ってきてくれ、丁寧にカップとポットを置く。


「あら、この香り。あなたうちのジゼリィ=アゼリィ限定シャンプーを使っていただけているのですわね」


 オリーブの髪から香るシャンプーに気付いたアンリーナが笑顔で言う。


「は、はいなのです……いつもお風呂はジゼリィ=アゼリィで入っているのです」


 話しかけられて驚いたオリーブが焦って答える。


 この宿屋ジゼリィ=アゼリィは以前温泉施設を増築し、売店でアンリーナのお店の限定商品のシャンプーとボディソープを置かせてもらっている。


 これがまたバカ売れで、大量に仕入れているのだが、たまに品切れになるほどの人気商品。宿の従業員のみんなは社員割引で安めに買えるので、オリーブもよく買っているを見る。


 まぁ温泉施設の備え付けシャンプーがそのローズ=ハイドランジェ製なので、うちの温泉に入るともれなくこの香りを纏うことになる。



「お疲れアンリーナ。すまなかったな、カフェ建設の指揮を執ってもらって。俺そっち系の知識がなかったから助かったよ」


 まずはアンリーナにお礼を言う。


 アンリーナは本業であるローズ=ハイドランジェの仕事もあって忙しいだろうに、ジゼリィ=アゼリィ王都進出計画のカフェ建設の指揮を執ってくれたのだ。


「いえ、サーズ様が全面協力をしてくださったので予定の倍の速度でことが進みましたわ。王族御用達の業者も斡旋してくださったり、とても素晴らしいものが出来上がる予感がバリバリしますわ」


 うお、サーズ姫様が協力してくれているのか……。


「愛する師匠の為にがんばるというのはやる気が段違いでしたわー。あとの作業は業者の方とサーズ様が引き継ぎで指示を出してくださると言うので、お言葉に甘えまして師匠の元に一度帰ってきました」


 これはサーズ姫様にかなりのお礼を言わないとならないぞ。まさかこんなに協力してもらえるとは思っていなかったんだが。


「師匠、急いで帰ってきましたのは他にも理由がございまして……ちょっと日にちは過ぎてしまいましたが、私の気持ちです」


 アンリーナがカバンからごそごそと綺麗な封筒を出し、俺に渡してきた。


 封筒からして随分と紙質の良いものだぞ。


 開けるとなにやら豪華な印刷のチケットが入っている。


「……これは?」


「少し遅れてしまいまいしたが、アリストキャンディーデイのプレゼントとなります。私の師匠への愛の一部をフォーユーですわ」


 そう言ってアンリーナが笑顔で抱きついてきた。



「これは我が社が経営するホテルの招待券になります。その、師匠の為にがんばったのですからご褒美が欲しいなーと……ふ、二人で婚前旅行など……だ、だめでしょうか」


 どこぞにあるアンリーナの会社が経営するホテルの豪華宿泊券だそうだ。


 アンリーナがチラチラと上目使いで俺の返事を待っている。こ、婚前って……。


 うーん、しかしカフェの件でかなり頑張ってもらっているからなぁ……。


「ち、ちなみにどこにあるんだ、ホテルって」


「はい! ペルセフォスの南にあるリゾート地、ティービーチのカエルラスター島ですわ」


 ん、ティービーチのカエルラスター島……どっかで聞いたな。


 ああ、ケルシィに行く途中のフラロランジュ島で聞いたっけ。ペルセフォスで一番人気のリゾート地だっけか。



「へぇ~カエルラスター島かぁ~。ねぇ社長~今回それ受けなよ。その代わり~ちょ~っと寄り道してもらうことになるけど~あっはは~」


 あれ、こういうときは断れと言いそうなラビコが、嫌な笑顔でアンリーナの婚前旅行計画を後押ししてきたぞ。


 どういうこった。










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