第227話 雪の夜空に咲くマリアテアトロ 3 それはメリークリスマス様


「いや昨日はすまなかったな。旅先で気が大きくなってしまったようだ、はは」



 翌朝、セレスティア王国の王族、サンディールン様の朝食にご一緒させてもらっている。


 その席でサーズ姫様が俺に昨日のことは暴走だった、と改めて謝ってくれた。




「あはぁ、サッちんってばよっぽど今日のイベントが楽しみなのかしらー。前日にまで演舞の練習なんて、今までなかったのにー」


 サンディールン様が紅茶片手に微笑む。


 昨日のことは、今日のイベントで行われる飛車輪による演舞の練習であったと説明してある。


「あ、ああ。騒ぎを起こしてしまって悪かったと思っているサンディールン。ちょっと練習に熱が入ってしまってな、はは」


 サーズ姫様が苦笑い。騒ぎにはサンディールン様がすぐに対応してくれ、本人名義で演舞の練習であったと情報を回してくれた。



「今年の飛車輪演舞には、我が国が誇る大魔法使いラビィコールも協力してくれるので、期待していて欲しい。はは……」


 サーズ姫様がチラリと視線を送るが、当のラビコは驚きの顔。


「はぁ~? 何を言ってるんだこの変態――」


 ラビコが反論し始めたところで、サーズ姫様が俺に手を合わせ協力して欲しいアクション。うーむ、この場を上手く収めるにはラビコに頑張ってもらうか……。



「ラビコ、俺はお前のあの猛々しくも凛々しい姿が好きなんだ。このセレスティアの雪の夜空に浮かぶ、気高き紫の色に輝くお前の姿が見たいな」


「……あ~っ、ずっこいぞ~うちの社長を使うなんて~。う~でもだいぶ前にもキャベツバーストの私が好きだって言われたな~……たまに私の格好いい所見せると効果的なのか~となると~まぁ、今回に限っては協力してもいいかな~」


 真っ直ぐで純真な俺の目がラビコに通じたらしい。


 嘘は言っていないぞ。俺は普段のラビコもキャベツ状態のラビコも両方好きだしな。



「まぁっ、これはすごいです。まさか世界的に有名な大魔法使い、ラビィコール様にも演舞に参加していただけるとは、今年のマリアテアトロは豪華な物になりそうです」


 サンディールン様がニッコニコで大喜び。それを見たサーズ姫様がホッと胸を撫で下ろす。





 朝食も終え、部屋への帰り道。


 夜に開かれるイベントに急遽参加することになったラビコが愚痴を漏らす。



「あ~もう~なんで変態性癖女の尻拭いなんてしなきゃいけないんだよ~てめぇのミスはてめぇで拭けよな~」


 ブツブツ言う水着魔女ラビコ。


 それを右から左へ聞き流しながら、サーズ姫様が俺の横に来て手を握ってくる。うっへ、柔らかくて綺麗な手だ……。


「いや助かる。本当に君がいると、面白いぐらいラビィコールが言うことを聞いてくれるな。今までこのワガママ魔女に言うことを聞かせるのにどれだけ苦労したか……君にはずっとペルセフォスにいて欲しい。公にも個人的にも今度たっぷりお礼をするよ」


 大丈夫です。俺はやっぱりソルートンが好きですから。ペルセフォスという国に今後もお世話になりますよ。


「それは大丈夫です。俺の居場所はソルートンのジゼリィ=アゼリィですから。お礼に関しては、カフェの出店場所を優遇してくれるらしいので、それでいいですよ」


 そう俺が言うと、宿の娘ロゼリィが嬉しそうに笑う。


 俺はあの宿がホームだと勝手に思っているからな。



 今日の天気は快晴。窓の外の広がる雪景色が太陽の光に照らされて美しい。雪国で晴れると放射冷却現象で寒さはより厳しいが、街中はイベントへの熱気で満ちている。



 イベント当日ということで、魔晶列車で続々とセレスティア王都に観光客が来ているそうだ。


 駅前のお店が大混雑で規制が出るレベルらしい。




 お城を囲う川の街側にも、すでに多くの人が集まっているのが窓から見える。


 どうやらかなりの規模で屋台が出ているようで、イベントは夜十八時からなのだがすでにお祭りは始まっているかのような雰囲気。


 川に架かる巨大な橋に王族用の観覧席が急ピッチで作られている。一応俺達もゲストとして、一般人が入れない橋の上で見れることになっている。ありがたいことだ。




「ふふ、やはり大きな街のお祭りは雰囲気が違いますね。これはソルートンでは味わえないことなので、とても思い出になります」


 窓から外を眺めながらロゼリィが微笑む。


 ここのセレスティア王都もペルセフォス王都に近い規模と人口を誇っているそうだ。やはり魔法の国と呼ばれるだけあって、魔法使いを志す者が毎年続々と集まってくるんだと。






 日も落ち、セレスティア王都に夜が訪れる。



 イベント会場のあちこちに魔晶石を使った明かりが灯され、照らされた白い雪が美しく輝いている。気温はマイナス一桁後半近いらしく、ガラス窓に雪の結晶が見える状況。


 風もなく、ほんのり天から雪が舞い降りている。


「すっげーな、雪国の夜って独特の雰囲気だよな」


 俺達はすでに会場に入り、サンディールン様がいる観覧席にお邪魔させてもらっている。二階建ての簡易観覧席で、魔晶石を使った暖房完備。おかげで少し楽に見れそうだ。


 川に沿って明かりと屋台が並び、光が一列に輝く美しい光景。


「いいですわねー。ほら師匠、御覧くださいこの若いカップルの多さを! 皆、今日という特別な日を大事な人と過ごそうと集まってきたのです! 寒さ? いいんです、自然と手がつなげるじゃないですか! 見つめ合う二人、そして見計らったように夜空に咲く魔法の花! 二人には言葉なんて必要ない。そのまま求め合うように抱き合い夜を――」


 隣で商売人アンリーナが大興奮。それをロゼリィがフンフン鼻息荒く聞いている。



 サーズ姫様とハイラ、ラビコは演舞の為に別の場所に待機。


 イベントの最初にその飛行演舞が行われるそうだ。


 ベスが屋台から流れてくる美味しそうな香りに、鼻をヒクヒクさせている。バニー娘」アプティは寒さ平気なんだろうか、いつも無表情だからなぁ。


 一応暖房の側にいるから、大丈夫だろう。


 イベント会場にも魔晶石の明かり以外に、暖かさ目的の松明もあちこちに炊かれている。お金を払って入れるスペースもあり、そこは椅子テーブル暖房完備。


 皆それぞれ場所、それぞれの想いでイベントを楽しむようだ。





『お待たせしました! これよりセレスティア王国の一大イベント、かつての王マリア=セレスティア様の想いを受け継ぎ開かれるマリアテアトロ! 今宵は豪華荘厳華麗で優美な輝きをこのセレスティアの夜空に轟かせ、悪しきものを追い払ってしまいましょう!』


 イベントの司会者の声が響き、会場に集っていた人のざわめきが収まる。


『それでは主催者であれらる我が国の心の癒やし姫、サンディールン様のお言葉を頂戴いたします!』


 その言葉に会場の人の視線は、川に設けられた観覧席に集まる。


「皆様、お寒い中にお集まりいただきありがとうございます。今年もこのマリアテアトロを開催できることを、このサンディールンとても嬉しく思います。今年はペルセフォス王国よりサーズ=ペルセフォス様と、今年のウェントスリッターであるハイライン=ベクトール様がお見えになっています」


 サンディールン姫様の演説が始まり、イベント会場から歓声が沸き起こる。


「ありがとうございます。そしてなんと今回は世界でも有数の魔法使いであられる、あのラビィコール様にも来ていただけています。これよりお三方による飛行演舞が行われます。さぁそれでは、これよりセレスティア王国伝統のマリアテアトロの開幕となります! ペルセフォス王国の皆様、よろしくお願いします!」


 その言葉と共にお城の入り口から真上に向けて、紫の光が打ち上がる。あれはラビコの魔法か。


 そして光を纏った二つの飛車輪が飛び上がり、会場をものすごい速度で通過していく。


 沸き起こる大歓声。


「おお、格好いいぞ」


「ふふ、いつも一緒にいる人なので、何か不思議な感覚です」


 俺とロゼリィが演舞を行う三人を笑顔で見守る。



 ハイラが川の上に移動し、乗っているラビコが紫に輝く球体を打ち上げ、それを華麗に避けながら、サーズ姫様が高速で飛び回る。


 さすがに付き合いの長いラビコとサーズ姫様。たいした練習も無しにタイミングはバッチリ。


 ラビコが作り出した光の輪や七本の光の柱をサーズ姫様が避け、舞う。すっごいなぁ、魔法が使えるってのは本当に羨ましいぜ。


 観客からの歓声がすごい。さすがに魔法の国、ラビコに対する賞賛が半端ないな。



「ほらよぉ! これにて前座完了だ!」


 ラビコが叫び、紫に輝く球体を空に次々と打ち上げる。空中にとどまった球体は何かの形をなぞっているようだ。


 観客から大きな歓声が起き、出来上がった形は空に浮かぶ紫に輝くハート。


 やるなぁ、ラビコ。もうこれだけでも見応え充分なんだが。



『ありがとうございました、ペルセフォスの皆様! 我が国の魔法使いもこれに負けない演舞を期待していますよ! それでは最初の五人の演舞をどうぞ!』



 川岸に作られたステージに五人の魔法使いが間隔を開けて並び、自慢の杖を空にかざす。


 合図と共に五人が真上に向かい光を放ち始めた。


 光の塊が雪の夜空に打ち上がり、上空で爆発を起こす。広がる光が丸く形取り輝く光景は、本当に花火のように見える。これは綺麗だ。


 さすがにイベント特化に作られた魔法らしく、赤、青、黄、ピンクとそれぞれが形の綺麗さ、色の美しさ、総合の豪華さを競い合っている。



「なるほど、こういうものなのか。これは人気なのが分かるイベントだ」


 俺が唸ると、演舞を終えたサーズ姫様にハイラ、ラビコが観覧席に戻ってきた。




「相変わらずすごいな、マリアテアトロは。雪の夜空に咲く花とでも言うのだろうか、とても綺麗だ」


 サーズ姫様がゆっくり歩き、俺の側まで来る。


「お疲れ様です、いい飛行演舞でしたよ。さすがにラビコとの息もぴったりでしたね」


「ふん~違うね~私が変態の動きに合わせてタイミングを計ったのさ~褒めるならこのラビコ様を抱きしめて褒めちぎって欲しいね~」


 後ろからラビコが不満そうに現れ、チラチラ俺を見てくる。


「わ、私も頑張りました! ただ浮いていただけですけど……」


 ハイラが走り寄ってくる。ハイラは細かい方向転換は苦手だからな。空中にとどまったハイラの飛車輪にラビコが乗り、サーズ姫様が動き回る人選は正解かと。


「みんなお疲れ様。すごく綺麗だったよ」


 ラビコとハイラの頭を撫で、チラチラ視線を送って来ていたサーズ姫様の頭も撫でる。人が多くいる場でサーズ姫様の頭を撫でてもいいのかは知らんが、観客の視線は上空の魔法の演舞に向いているだろうからいいだろ。



 しかし綺麗だな。雪が軽く舞う夜空に開く魔法の花。一緒に見ている女性陣が皆笑顔だ。


 マリアテアトロという夜空に輝く魔法の花も綺麗でいいが、俺はそれを見るみんなの嬉しそうな顔がとても心に残った。来てよかった。



 この雰囲気、この感じ、俺がいた世界ではこう言うんじゃないだろうか――メリー・クリスマスって――











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