第223話 いざ魔法の国セレスティアへ 9 ノイギア=ギリオン様


「うわっ、外吹雪いているぞ。真っ白じゃねーか」



 気が付いたら外は猛吹雪。


 なんにせよ腹が減ってしょうがないので街中に食べに行くことに。サーズ姫様とハイラは公務でお城に残るので、俺達だけで行くことになった。


 サンディールン様が気を利かし案内役として、この国で一番と言われる魔法使いさんを紹介してくれたのだが……。



「うわ~これはすごいことになっているね~お店探すの大変かも~。ねね、ノギギ~温かい物食べられるとこ教えて欲しいな~」


「……………………」


 馬車までわざわざ手配してくれたのは嬉しいが、この案内人のノイギアさんが全く喋らない。無表情で睨んでくるばかりでどうしたものか。


 よそ者には厳しい人なんだろうか。


 それしてもラビコをずっと睨んでいるな。



「ラビコ、やっぱりあの人になんかしたろ。明らかにお前を睨んでいるぞ。今、馴れ馴れしくノギギとか言ったのも機嫌損ねた原因じゃねーのか?」


 耳打ちでラビコと話すが、いきなり愛称で呼ばないほうがいいような。


「え~? だって長いじゃん~。親しみも込めたつもりだし~」


 反省の色なしか……まぁいい。何があったか知らないが、俺は腹減ってんだ。


 吹雪だろうが案内人の機嫌が悪かろうが、空腹状態の俺には何の障害にもならないな。ふはは。


 ノイギアさんに聞かなくてもラビコやアンリーナが情報持っているだろうし。




 用意してくれた馬車にありがたく乗せてもらい、街中へ向かう。


 ラビコの向かいに無言で座ったノイギアさんが終始ラビコに視線を送っていた。どんだけ恨まれてんだよ、ラビコ。


 睨まれている当の本人は気にもせず、ニッコニコで俺の右腕に抱きついているが。つぇえな、ラビコ。


 まぁ擁護すると、国一番の魔法使いであって、街のグルメ紹介のプロではないからな。


 むしろ優秀な分お城にいる時間のほうが長そうだし、街中のお店には縁遠く、突然案内役に任命され困っているのかもしれない。




 お城を囲うように流れている巨大な川に架かる橋を超え、街中に馬車は入る。


 かなりの吹雪で、歩いている人もほとんどいない状態。馬車が通る大きな道は魔晶石を利用した熱で雪が溶け、とても通りやすい。一本路地に入ると雪の悪路で大変なことになっているが。


 しかしこんな吹雪の中、あちこち探し回ってられないぞ。



「ラビコ、アンリーナ、どこかいいお店知らな……」

「……そこ。スルスル……」


 俺が二人に情報を聞き出そうとすると、黙っていたノイギアさんが静かに角にあるお店を指した。え? そこ、スルスル? 何かの暗号か、ここの方言か?


「たまに来る。スルスル鍋が美味しい……です」


 ボソボソとノイギアさんが情報をくれたが、聞きなれない料理名だな。


「ああ、スルスルね~。セレスティアでは有名なお魚だよ~細長くて手でつかもうとすると、スルスル抜けて逃げていくからスルスルって言うのさ~。よく鍋物に使われるね~」


 ラビコが解説をしてくれた。


 ほう鍋か、いいじゃないか。吹雪にはうってつけだぜ。つかマジで凍える寒さなので早くお店に入ろうぜ。




 喫茶店風の見た目のお店にノイギアさんを先頭に入り、俺達五人が続く。


 中は下町で長くやってます、的な家庭的雰囲気。暖炉で薪が炊かれていてかなり暖かい。薪の焼けるパチパチといういい音が出ているぞ。


 時間は昼過ぎだが、さすがに外が猛吹雪なせいか客は俺達しかいない。



「いらっしゃい、あらノイギアちゃん。今日はお友達いっぱいじゃない、ふふ」


 奥から出てきた店主と思われるセレスティアマダムが、ノイギアさんを見て微笑む。たま来る、とか言っていたから顔を覚えられているのだろうか。


 大きいテーブルに案内され、コート類を脱いで席に座る。


 何を頼もうかメニューを見て悩んでいたら、ノイギアさんがセレスティアマダムに近づき、なにやらボソボソ話している。


 マダムが笑顔で頷き、厨房に戻っていった。


「あれ、注文は……」


 俺が不安そうに聞くと、ノイギアさんが俺の持っていたメニューを指しボソボソ呟いた。


「オススメのスルスル鍋、頼んだ……。体を温めるにはそれが一番いい、です」


 そう言うとノイギアさんはラビコの向かいに座り、またラビコをじーっと見続ける。


 ……どうやら睨んでいるわけではなく、普段の口がへの字なせいで怒って睨んでいるように見えたっぽい。喋り方の雰囲気がうちのアプティの静か版って感じだろうか。


 ただ大人しいだけで、悪い人ではなさそうか。



 ラビコ、ロゼリィ、俺でケルシィとセレスティアどっちが寒いか、みたいなどうでもいい話をしていたらマダムが湯気がモサモサ出ている鍋を持ってきてくれた。


「お待たせ。外は寒いからさ、これ食って温まりな旅の人」


 ベスには別に頼んだリンゴを渡してから鍋に向かう。用意された鍋は二個、俺達はノイギアさん含め六人。三人で一個の鍋を突く感じか。

 


「へぇ、この白いのがスルスルだっけか。あれ、スープが白いけどこれって……」


「ミルクスープ。魚介のスープに牛乳を足している。スルスルからもダシが出るから、煮込まれた野菜もとても美味しい、です」


 白いスープに俺が驚いているとノイギアさんが解説をしてくれた。


 なるほど、確かに牛乳の香りがする。少しスープをいただくと、言われた通り魚介のダシが少し効いているのが分かる。イケメンボイス兄さん、シュレド、アンリーナの船のお抱えのシェフほどではないが、今までの旅先のお店の中ではトップクラスの味じゃないか。


「うん、美味しいぞ。魚自体にあまり味は無いが、このミルクスープとダシに合わさると中々うまい」


 俺が褒めると、その様子を見ていた皆が一斉に鍋に箸を突っ込む。あ、こら取り分け用の箸がある……まぁいいか。皆お腹空いていただろうし。



「うま~あっはは~そういえば以前食べたな~これ。うまうま~」


 ラビコが上機嫌。ガツガツと鍋に箸を入れ、はふはふ食べている。いい笑顔だ。


 そしてそのラビコの姿をじーっと見ているノイギアさん。口はへの字だが、少し目が優しい。紹介したお店が好評で嬉しいのだろうか。



「おいしいです、このお魚鍋。体もほかほかです、ふふ」


 ロゼリィも笑顔で鍋を突く。うん、これ女性受けがかなりよさそうな鍋だもんな。見た目もかわいいし。


「うん、なかなか美味しいですわ。寒い地域ならではの物ですわねー」


 アンリーナがうんうん頷きながら鍋を楽しんでいる。これ、シメにうどんとか入れたら最高だよな。いやご飯も捨てがたい。


「……おいしいです、マスター」


 アプティも無表情ながら、満足そうに食べている。このお店正解だな、ノイギアさんに紹介してもらって助かった。



「ノイギアさん、ありがとう。俺達どこに行っていいか分からなかったから、すごく助かったよ。ノイギアさんがいなかったらどうなっていたか……ここはとてもいいお店だ」


 俺がきちんとお礼を言うと、視線をラビコから俺に向け、少し照れたように下を向いてしまった。


「いつも来ているお店だから嬉しい、です……」



「あれ、どうしたんだいノイギアちゃん。借りてきた猫みたいになっているじゃないか、いつものキリっとしたノイギアちゃんはどこに行ったんだい?」


 お水を持ってきてくれたマダムが、不思議そうにノイギアさんを見ている。


「あ……う……!」


 顔を真赤にしたノイギアさんが急に立ち上がり、ダッシュでお店の外に出て行ってしまった。


 ちょ、外吹雪だぞ。


「あら、変なこと言っちゃったかしら……」


 マダムに聞くと、ノイギアさんはもっとキリっとした格好いい雰囲気らしい。それが今日はボソボソと喋って様子がおかしいから聞いただけだそうだ。


 なんにせよこの吹雪にコート羽織らずはまずい。俺はノイギアさんのコートをつかんで外に出る。



 お店の裏の狭い通路の隙間にビッチリハマっていたノイギアさんを発見。


 なんでこんなところに……。


「ノイギアさん、さすがに吹雪の中は危険ですよ。さぁ、ご飯の続きを食べましょう」


 俺が声をかけると、ノイギアさんがこちらを向き、顔に両手を当てプルプルと震えだした。


「あああああ……! ごめんなさい、もう嬉しくてどうしたらいいか分からなくって言葉が出てこなかったの! だって子供の頃から憧れていたあのラビィコールさんがいきなり目の前に現れたんですよ!? もう、心臓がバックバクでこの興奮を抑えるのに必死で上手く喋ることが出来なくって、あああああすごいすごい、あの大魔法使いラビィコールさんが私の目の前に……! 写真じゃなくて本物、本物、本物……!」


 興奮したノイギアさんが一気に早口でまくし立てる。



 いきなりキャラが変わって驚く俺。


 なるほど、マダムが言っていた本当のノイギアさんはこっちか。













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