第207話 再び王都へ 3 森の噂と手を出さない紳士様


 ご飯も食べ終わり片付けをしていると、南のほうに見える広大な森が目に入った。



 そういえば前回、魔晶列車の終点の街フォレステイに着いたときにラビコが何か言っていたな。なんだっけ。




「ラビコー、ここから見える森ってなんだっけか」


「え~? 森? ああ、あれは暗示の森って言うそれはそれは怖~い森なんだよ~」


 髪を櫛でとかしていたラビコがその櫛を俺に向けニヤニヤ笑う。


 暗示……なんかさっき見た変な夢の中でそういう言葉を使ったような……。



「迷い込んだが最後、不思議な力で方向感覚を失い死ぬまで森を彷徨うことになるっていう、それはそれはもう怖い~……」


「ラビコ様、それは森の奥も奥。人がほぼ行くことがない場所に軽装備で迷いこんでしまい帰って来れなかった。とかいう結構自業自得なお話でしたような」


 ラビコの隣で手鏡で口紅を付けなおしていたアンリーナが首をかしげながら言う。


「も~せっかく社長を脅かそうと思ったのに~。オホン、そうさ~向こうに見えるのは暗示の森っていうところで~これから行くフォレステイの街が伐採場にしているところさ~。本当に広大な森で~奥の方はいまだに人が踏み入ったことがないんだ~」


 ああ、そういやフォレステイで聞いたな。あの街は木材の商売が盛んなんだよな。そうか、ここから木を切ってくるのか。


「でも本当にたま~に変なことが起きて、作業員が迷い込んで帰ってこないことがあるんだよね~」


 おほ、怖い怖い。絶対近寄りたくないぜ。


「その人達は本当に伐採の作業員だったのかな~。噂だと~何かを企んだどこぞの国の騎士達だった、とか聞いたけど~あっはは~」


 どこぞの国の騎士? この森の奥で何を企むっていうんだ。何か不思議な力でも手に入るのか? 


 あれか、不思議な薬草とか鉱物とか。あとはとんでもない財宝が眠っているとか。うーん、夢が広がるぞ。絶対に行かないけどな。



 しかしここから見える感じと、さっき夢で見た風景はなんかだいぶ違うな。背の高い老木が生い茂り、太陽の光をも遮る深い霧。俺は一体なんの夢を見たのか。


 なんとなく……魔王エリィがいた世界の雰囲気に近いか? いや、単に先にそっちを見ていたからそこのイメージを重ねて夢でも見たのだろうか。






 一休みをして宿場を出発。



 目指すは魔晶列車の駅があるフォレステイ。前回と同じ時間で行動しているから、夕方には着くんじゃないかな。



 俺はもう絶対寝ないように目を見開き馬車に揺られる。


 逆に女性陣が全員寝た。




「……これはその、あれか。普段とても頑張っている俺に神からのご褒美なんだろう」


 左の席に座るロゼリィは俺の腕を掴んですぅすぅ寝息を立てている。


 右のラビコは窓に頭をつけてスコースコー寝ている。


 向かいのアンリーナは隣のアプティに寄りかかりスヤスヤ。


 アプティは……分からん。目は閉じている。


 ベスも寝ているし、吠えられる心配もなさそうだ。



 さぁどこから攻めるか。


 何しても多分怒らないのはアプティ。ラビコとアンリーナは怒りそうか、ロゼリィは……分からんな。つうかロゼリィに腕つかまれているから動けないじゃん。いや、その腕に伝わる二つの素晴らしい感触だけでも贅沢だろうが、って話なんだけどさ。



 大きな夢を胸に抱いた少年は冒険に出たいのだ。



 手を伸ばせば届くのは左右に座っているロゼリィとラビコ。向かいの席はさすがに届かないから、二択か。


 一時の満足と引き換えに魔法を全身に食らうか、鬼の握力で首を絞められるか。うーん。


「どっちも嫌だな」


 結局少年は家に引きこもりネット三昧ってか……ここに来る前の俺だな。


「はーあ、俺にはそういう度胸はねーや」


 自由な右手を上げロゼリィに近づける。少しロゼリィがピクリと動いたが、起きたわけではないか。まぁいい。俺はそのまま右手で優しくロゼリィの頭を撫でた。


「いつもありがとうな、ロゼリィ」




「……ぅ、ぅぅううう! やりました! 私の勝ちです! 嬉しいです、これは相思相愛……!」


 頭を軽く撫でていたら突如ロゼリィが目をバチンと開け笑顔で抱きついてきた。な、なんだ? 


「うわっちゃ~……ロゼリィか~。つぅか腕掴んでるんだもん、それじゃあ動けないから~この勝負はナシだな~」


「そうですわ! 場所の差が大きすぎます!」


 ラビコが苦笑いしながら俺のほっぺを突いてきて、向かいのアンリーナが怒ったように立ち上がる。


「……マスター。私はいつでも大丈夫です……」


 アプティも目を開け俺を無表情で見てきた。ぐ、これ……皆起きていて俺の行動を観察していたのか。さっきやられたことの仕返しをしてくるだろうから、誰に最初に行くか賭けていたってことか?



「あっはは~ま、予想通りだけどね~うちの社長は妙に紳士だから。絶対に無理矢理触ってはこないと思ったよ~」


「ふふ、やっぱりあなたは優しい人です。触り方で分かります。あなたはとても柔らかく頭を撫でてくるから……目を閉じていてもすぐに誰か分かってしまいます」


 ロゼリィが嬉しそうに笑う。


「な、なんだよ……みんな起きてたのかよ。ちぇー俺だって男なんだからな、いつか我慢しきれずに襲ってやるから覚悟しとけ」


 俺がブツブツ言っていると、女性陣がその指にはめられた指輪をざっとかざしてくる。ああ、そういえば四銃士になったんだっけ。


「構わないよ~他の女に向けられるより、私にその欲が向けられるのは嬉しいさ~」

「お、お風呂には事前に入らせて欲しいです……」

「いつでもどうぞですわ! せめて広いベッドがいいですけど」

「……待っています」

「ベスッ」


 ちぇっ……これ完全にからかわれているじゃんか。


 あと俺がベスに襲いかかることはないぞ。



 最後にベスが吠えたことに女性陣が大爆笑。


 俺もつられて笑うがやっぱりなんだかんだ楽しいわ、このメンバー。












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