第141話 ウェントスリッターへの道 8 教え子と先生様



「お前のチケットを買う奴がいたんだな、驚いたよ。そいつよっぽどバカで救えない奴なんだろうな、ははは!」



 メラノスはハイラインに車輪を近づけ笑う。



「…………」


「おい、聞いてんのか? このレースで無様な姿見せてサーズ様の顔に泥塗るんじゃねーぞ。ビリになったら即刻騎士辞めろ、いいな」



「…………」




 やっぱり先生はすごいな。



 メラノスさん、先生の予想通りの行動と発言をしてくる。


 二日間っていう短い時間の特訓だったけど、基本的な体の動かし方からレースの試合運びの手順、そして周りのライバル達への対処の仕方……そして最後に必ず勝てる作戦を教わった。


 どれも私が考えたこともなかったものばかりで、最初はびっくりしてしまったけど、先生の言う通りにやると、目に見えて私の飛び方と考え方が変わった。




「おい、レースが終わったら騎士を辞めろ、いいな! 俺はお前のことを思って言っているんだからな」




 心の保ち方も対策してくれた。


 先生が当日、周りに言われそうな言葉を考えて私に言うというもの。


 ほとんどがメラノスさんに言われそうなセリフ集で、言っている内容はキツイものだけど、先生が物真似で言ってくれたりしてあれは面白かったなぁ。


 それ以来メラノスさんを見ると、先生の物真似が浮かんでしまって、笑いを堪えるのが大変だった。なるほど、一度同じような言葉を聞いておくと、それほど心にダメージは無い。さすがだなぁ、先生。というか先生のほうが酷いこと言っていたし……だめだ、思い出すと笑ってしまう。





「ふん、まぁいい。二度と飛車輪に乗れないようにしてやる」




 列車の飛龍戦のときにも思ったけど、先生は何者なんだろうか。


 あのラビコ様を従え、誰も勝てなかった銀の妖弧を撃退し、サーズ様にも認められていて……とても不思議な人。



 最初はすぐに女性に手を出す変態さんかと思って近寄りたくなかったんだけど、一緒に過ごして分かる先生が側にいるという安心感。


 私は短い時間の付き合いだけど、長く一緒にいるというラビコ様、ロゼリィさん、アプティさんはもう気付いている。先生は優しくて、ああ見えて実はすごい紳士な男の人で、いざとなると誰よりも早く動いて周りに勇気を与える。



 列車のときはすごかった。


 怯える私に即座に指示を出し、乗客を守るように勇気ある行動を見せ……あれこそペルセフォスの訓示にある勇者だと私は感銘を受けた。



 今回のレースも、サーズ様が気を使って派遣してくれた指導者の人が私のダメっぷりに匙を投げてしまったというのに、先生は最後まで私の目を見て勝てる方法をしっかり考えてくれた。


 まさか私のチケットを買っていたのが先生だったのは驚いたけど、すごく嬉しかった。



 先生は私を信じてくれている、私を想っていてくれている。



 これこそペルセフォスの訓示にある人の心を動かす勇気、続く者は輝きを受け継ぐ。今まさに私の中に先生の勇気が入ってきて、輝きとして心を暖めてくれている。


 メラノスさんに何を言われようが、今の私の心には何も響かない。メラノスさんの言葉には何の輝きも感じない。先生の勇者の輝きの前ではメラノスさんは霞んで見えるぐらいだ。




 さぁ、行こう。



 あとは教え子の私が先生の期待に応える番だ。先生の教えは正しい、それを私が証明するんだ。






「それでは今年のレースを始めたいと思います。準備はいいですか……皆に良き風と幸運を! さぁ行きなさい!」


 フォウティア様の言葉と同時に花火が上がりレースが始まる。




 私は先生の勇気の輝きを胸に、誰よりも先に前へ飛び出した。







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