『偉人魔導士のめんどくさレシピ』

やよ

Appetizer 魔王討伐戦



 美と堅牢を兼ね備えていた魔王城が、今まさに崩れ落ちていた。暗紫色あんししょくの空を貫いていた高い尖塔は根本から折れて崩れ、おどろおどろしい彫刻の施された柱も壁も、毛の長い絨毯を敷いていた床も、瓦解して落ちていく。

 凄まじい音が、魔界の森に響いていた。

 城を瓦解させたのは、他ならぬ、城の主魔王だった。

「ヒャーッハッハッハッ!! この攻撃を受け止めるたぁ、なかなかやるじゃあねーか!!」

 視界を覆っていた土煙が晴れてくると、魔族の王の姿が見えてきた。

 禍々しいほど紅く大きな繊月せんげつを最後の下僕として従えながら、言葉は粗野だが美を集積したように美しい魔族の王が、魔界の空に君臨している。

「結界張ってンのは、ボウズの方か、嬢ちゃんの方か? ……あぁ、ボウズの方か。〝異次元いじげんえだ〟たぁ……珍しいもんを持ち出してきたもんだな」

 魔王は、乗りこんできた勇者パーティへの激励とばかりに、派手な大魔法をぶっ放してくださった。玉座どころか、魔王城すべてを瓦解させるほどの魔法である。

 勇者たちは即座に対応した。魔法の防御壁で自分たちを守った。

 それを素早く行ったのは、魔導士のソランだった。

「……このくらいのものがなければ、太刀打ちできないと思ったものでね」

 ソランは、爆風で少しズレた黒縁のメガネを押し上げながら、そう言った。

 ソランの持つ「聖木杖せいぼくじょう」は、異次元世界にある「聖木」から得られたものだ。文字通り、ソランの力を異次元レベルで引き上げてくれる。魔王討伐に必要不可欠と判断し、死ぬ思いで手に入れた。

 それを見た美しい魔王は、嬉しそうに笑った。

「そーかそーか。そんじゃあ……その苦労に報入れるよう、楽しい戦いにしてやろうじゃないか。なぁ? 『勇者』よ」

 ソランの背後で、光が瞬く。

 白く輝く光の剣は、その瞬きを増し、所有者の精悍な顔立ちを照らし出した。

「――楽しいかどうかは、わからないが、世界の平和のため人々のため……お前はここで倒させてもらう! 魔王バース!」

「いいぜいいぜ!! ハデにヤろうぜ――!!」

 かくして決戦の火蓋が落とされ、勇者パーティと魔王の激しい戦いが始まった。

 魔界を揺さぶるほどの衝撃が何度もあった。勇者フェイドが光の聖剣を振りかぶり、バースの腕と斬りあう度、衝撃波が魔界の森を駆け抜けた。ここまでに重臣のすべてを失った魔王はもはや単身だというのに、ソランや女魔導士ラジェンナ、高僧ソーン、拳闘士ガイの攻撃にも対応してくる。

 光の加護がなければ、表界が滅ぼされるというのも、頷ける強さだった。

 しかし、今代の勇者パーティは歴代でも最強に分類される。

 数の差もあり、徐々にバースが劣勢へと向かっていった。

 そして……

「……あーあ、表の連中は……〝光〟は、いつも独り占めしやがる……」

 地へと倒れたバースは、夜の明けない魔界の空をつまらなそうに眺めていた。もう、指一本動かせない。

「ズルイじゃねぇか……。キラキラしたもん、全部お前らのモンでさ……」

「バース……」

 フェイドの目に、憐憫が浮かぶ。それをバースは、笑って跳ねのけた。

「トドメを刺せよ……『勇者』」

「ッ……」

 迷う勇者に、魔王が失笑する。

「仕方ねぇか……『光の勇者』だもんなぁ」

 ばぎりっ、と、嫌な音がした。

 驚くフェイドたちの前で、魔王の体が黒ずみ、朽ちていく。

「これは……」

 うろたえるフェイドに、ラジェンナが顰めた顔で言った。

「自分の〝魔力炉〟を壊したのね。魔力炉は魔族にとって第二の心臓よ。失ったら、命を保てない」

 後味の悪い最期だった。

 だが、それでも、勇者パーティの役目は無事に終えられた。

 国へ戻った彼らは盛大に迎えられ、王より『偉人』の称号を賜る。

 およそ、1年前の話だ。









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