【短編】小動物系幼なじみにフラれた俺は、清楚系幼なじみの元で自分磨きを始めました〜長過ぎる髪を切ってメガネを外して筋トレしたら、なぜか二人の幼なじみに板挟みハーレムされていた件〜

じゃけのそん

第1話

「おい見ろよ。高峯たかみねの奴また学年一位だってよ」


「ほんとだ。総合点499点ってほぼ満点じゃん」


 とある日の昼。

 廊下にできた人溜まりから、聞き慣れた声が聞こえてくる。


「2位と20点差ってマジかよ」


「ある意味イカれてるだろ」


「あいつの頭、機械なんじゃねぇの?」


 その会話の内容はあらかたわかった。


 確か今日は定期考査の結果発表の日。おそらく彼らは、俺の点数を見て恐れ慄いているのだろう。


 定期考査後の順位発表といえば、学生にとっては胸躍るようなイベントなのだろうが、いつからか俺は、自分の順位を確認することはなくなっていた。


 今回の期末考査で、もう定期試験は7度目。


 俺は高校に入学して以来、全てのテストで学年一位を取っている上に、ここ最近のテスト後は毎度のように、やれ『高峯は天才だ(言ってない)』の、やれ『高峯はハイスペックだ(言ってない)』の、祭りのように騒いでいる奴らがいる。


 故に俺は自分で結果を見るようなことはしない。なぜなら俺は、天才でハイスペックで学年一の秀才だから。


 一位とわかっていて、わざわざ見にいくのも手間だろう?



 とはいえだ。

 いい加減学年一位になるのも飽きてきた。


 最初の頃はあれこれ言われて優越感を覚える自分だったが、こうも何度も学年一位を取ってしまうと、最初のような特別感がなくなっていた。





「聞いたよ幸太郎こうたろう、また一位だったんだって? 凄いじゃん!」


 自席で本を読んでいると。

 幼なじみで同じクラスの相沢律あいざわりつが、いつもの調子で絡んできた。


「ははっ、何を言う。学年一位くらい当然だろう?」


「またまたー、そんなこと言っちゃって。どうせテスト前は猛勉強してたんでしょ?」


「ぐっ……何の話だ」


 おちょくるような悪い笑みを浮かべる律。


 実はテスト前、ちゃんと学年一位を取れるか心配で、毎日10時間以上勉強していたとは口が裂けても言えない。


 なぜならこいつは、昔からからかい体質だからな。下手に隙を見せると、笑いのネタにされかねない。


「過去全てのテストで学年一位の俺が、今更張り切って勉強する意味もないさ」


「ふーん。その割にはテスト前の幸太郎、目の下のクマすごかったけど」


「ぐぐっ……あ、あれは少し寝不足で、たまたまクマができただけだ」


「えー、そうかな。テストの時毎回あんな感じだよ?」


 そこまで知ってるなら、もう愛想笑いしかできません。


「でもさ、やっぱり一位なんて凄いよほんと」


「そ、そうだろう、そうだろう。まあ俺にかかれば楽勝だがな」


 なんて、苦し紛れに俺が強がると。


「やっぱり、幸太郎は“カッコイイ”ね」


 頬を薄っすらと染めた律は、吐息のような声で言った。


「え……今、何——」


「さーてと。次の授業の準備しよーっと。じゃあね幸太郎」


「お、おう」


 呆気にとられる俺に構わず、律はヒラヒラと手を振りながら行ってしまった。






 * * *






「……てことがあったんだが」


「なるほど。それは興味深いですな」


 放課後。

 家に帰るまでの雑談がてらに、俺はもう一人の幼なじみである雪城真冬ゆきしろまふゆに、昼間のことを相談していた。


「あいつに限ってまさかだよな」


「んー、それってこうちゃんの聞き間違えとかじゃないよね?」


「おそらくは」


「だとしたらりっちゃん、疲れてたのかも」


「おい。それはどういう意味だ」


 俺がジト目をぶつけると、真冬はにへらと笑ってごまかす。


「まあでも私たち幼なじみだし。挨拶みたいなものじゃない?」


「そうなのかね……」


 ちなみに真冬は小学校からの幼なじみ。そして昼間絡んできた律は、幼稚園からの幼なじみだ。


 知り合った期間が違うとは言え、俺たち3人はなんやかんやで10年以上の付き合いがあり、真冬に関しては家が隣で、親同士も凄く仲がいい。


 秀才である俺に勝らずとも劣らず、真冬は勉強も運動もこなせるオールラウンダー型で、おまけに容姿端麗で人柄も良いことから、男子女子問わず人気が高い。


 それに対し律は、勉学こそ苦手なものの、運動神経はピカイチで、所属する陸上部では期待のエースとして、数々の大会で結果を残している快活な女の子だ。


 黒髪で清楚な雰囲気を纏う真冬とは正反対で、小柄でボーイッシュな外見の律は、『THE・幼なじみ』とも言えるような、美少女ながらも安心感のあるポテンシャルを持っている。


 そんな長い付き合いの律から『カッコイイ』などと言われたのだ。例え秀才である俺とて、誰かに相談したくもなる。


「仮にりっちゃんが幸ちゃんのことを好きだったとしたら、幸ちゃんはどうするの?」


「どうするも何も……高校は学びの場であって、決して恋だの何だのに余計な時間を費やす場所じゃないからな」


「もう、そんなこと言って。幸ちゃん勉強飽きたって言ってなかったっけ?」


「ぎくっ……」


 確かに学年一位を取り過ぎて、高校の勉強には飽き飽きしているが……。


「それに幸ちゃん、今まで彼女いたことないでしょ?」


「それはまあ……」


「なら学生のうちにちゃんと恋しないとダメだよ?」


 将来的に考えれば真冬の言っていることもわかる。


 俺とていずれは結婚しなければならないわけで、その時に恋愛スキルが皆無だったら、色々と苦労するのだろう。


「高校は学びの場だって、自分でも言ったよね? だったら幸ちゃんは得意な勉強ばかり頑張るんじゃなくて、苦手な恋愛も少しずつ学んでいかないと」


 ぐうの音もでない。

 正論過ぎてなんと返していいのやら。


「だから幸ちゃん、りっちゃんに告白してみたら?」


「お、俺が律に告白だと⁉︎」


「そう、少しは自分からアクション起こさないと」


「そうは言ってもだな……」


 幼なじみ故に、『好きだ』とか『付き合って』とか、今更な気がしてならない。


 それに律は、本当に俺のことを好いているのだろうか。


「りっちゃんならフラれてもあんまり気まずくはならないだろうし。例えそうなったとしても、私が幸ちゃんのフォローするからさ」


「おい待て……なんでフラれる前提で話が進んでる」


 あはは……と愛想もクソもない笑みを浮かべる真冬。告白を勧めるならせめてもっと堂々としていて欲しいのだが。


「と、とにかく! 頑張って告白してみよ?」


「しかしだな……」


「カッコイイって言われたんでしょ? いけるよきっと」


「んん……」


 確かに『カッコイイ』とは言われた。

 それに真冬の言う通り、律なら告白しても気まずくなることはなさそうではある。





 んん……





 と、悩んだ末。


「……ふ、フハハハッ!」


 結局スイッチが入った。


「真冬よ。今回はお前の策に乗るとしよう」


「お、幸ちゃん告白する気になった?」


「ああ、もちろんだとも」


 そうだ、俺はカッコイイ。

 それに今日のあいつの反応を思い出せ。

 あれはまさに恋する乙女の顔だったじゃないか(知らんけど)。


 ならここらで一発、高峯幸太郎たかみねこうたろうが勉強だけの男じゃないというのを見せてやろう。


「そもそも俺は学年一の秀才ぞ。女の一人くらい簡単に——」









「ごめんなさい」


「え」


 物の見事にフラれた。

 ノータイムでの『ごめんなさい』だった。


「幸太郎のことは人として好きだけど、異性としては見れないかな」


「な、なんだと……」


 誰もいない放課後の屋上。

 吹き抜ける風に乗せるように律はポツリと呟いた。


「こんなにも賢い俺が告白してるんだぞ? 普通はOKするだろう?」


「うーんまあ、賢いのは良いことだけど。でも幸太郎、地味メガネだし」


「ぐっ……」


「髪長過ぎてもさいし」


「ぐぐっ……」


「中学くらいから喋り方変だし」


「ぐぐぐっ……」


「おまけにちょっとナルシストだし」


「お、おいっ……それ以上は……!」


 フラれただけのはずが、気づけば悪口大会になっていた。これ以上律に口を開かせると、俺のメンタルが再起不能になりかねん。


「とにかく私のタイプじゃないの。ごめんね」


「た、タイプだと?」


「そう。私はもっと爽やかでカッコイイ人が好きだからさ」


 そりゃタイプくらいあるだろうが。


「この間は俺のことを『カッコイイ』と言っただろう?」


「えっ? それいつの話?」


「ほら、定期試験の結果が張り出された時に」


 律は思案顔を浮かべると。

「あー」と思い立ったように声をあげた。


「どうだ。思い出したか」


「思い出したけど。あれは違うよ」


「何っ、違うのか⁉︎」


「私あの時『カッコイイ』って言ったんじゃなくて『かしこいい』って言ったんだよ?」


「『カッコイイ』じゃなくて『かしこいい』だと?」


「そう」


「…………」








 なんじゃそりゃぁぁぁぁ——!!








 普通賢いをそんな紛らわしい言い方するか⁉︎ しないだろ!


 そりゃ俺は勉強もできて頭もキレるが、あの時の律は確かに『カッコイイ』って……。


「もしかしてその時のことがきっかけで私に告白してきたの?」


「い、いや。何というかその……」


「だとしたらごめん。私、幸太郎のことは幼なじみとしか見れないかな」


 幼なじみとしか見れない。

 律のその言葉には、俺は口を噤むほかなかった。


「付き合うとかそういうのはちょっとね」


 そして引きつったような笑みを浮かべる彼女を前に、俺は人生で初めて、頭が真っ白になるという感覚を味わったのだった。






 * * *






「そっかー。幸ちゃんダメだったかー」


 近所のカフェ。

 真冬はキャラメルマキなんとかをストローで飲みながら、軽い感じで言った。


「俺のことは異性として見れないんだと」


「そうだよねー。なんだかんだ10年以上の付き合いだしねー」


「それがわかってたらなんで止めてくれなかったんだよ……」


 俺の言葉に真冬は申し訳なさそうに目尻を下げる。


「だって幸ちゃんやる気だったから。このまま上手く行って欲しいなって」


「それでフラれたら元も子もないだろ」


「そうだけどさ。でもちゃんと告白できたのは偉いじゃん」


 いくら告白したとはいえ、事実俺はフラれてるわけで。応援してくれていたのはわかるが、それでもこうなると知っていたなら止めて欲しかった。


「ちなみになんて言われてフラれたの?」


「地味メガネだし、髪長過ぎてもさいし、話し方変だし、ナルシストだし……って、今の俺にこれを言わせないでくれ……」


「ごめんごめん! でも主に幸ちゃんの地味なところがダメって言われたんだよね?」


「まあそうだが……」


 自覚はあるが、改めて言葉にされるとちょっと傷つく。


「話し方とか性格とかはさ、意識を変えればいつかはどうにかなるし。まずはその見た目から変えてみるのがいいんじゃない?」


 真冬の言う通り、俺の話し方と自信家な性格は、中学の頃に色々とこじらせてしまった名残なだけで、治そうと思えば治せるとは思うが……。


「見た目を変えると言っても、具体的にどのようにすればいいんだ」


「んー、そうだね。とりあえず髪は切ろう。そしてメガネは外してコンタクトに。それに幸ちゃん細いし、少し運動してみるのもいいかもね」


「なるほど。髪にコンタクトに運動ね」


「幸ちゃん元はいいんだから、髪とかちゃんとしたら絶対モテるよ?」


「それはつまり俺がイケメンだということか?」


 自信満々な俺の言葉に、なぜか真冬は顔をしかめる。


「ほら、そういうところ」


「あ、ああ……すまんつい」


 思わずいつもの虚勢が出てしまった。

 こういうところから治していかないと。


「ん、待てよ。そもそも俺の見た目やら性格やらを変えてどうするつもりだ?」


 今思えばそうだ。

 だって俺はすでに律にフラれてるわけで。次いで告白するような相手がいるわけでもない。


「今努力しても頑張り損なだけじゃないか?」


「もう、幸ちゃん? 努力に損なんてあるわけないでしょ?」


「勉強に関してはそうだが。見た目とかは……」


「今自分の欠点を治しておけば、いつか役に立つかもしれないよ? それに幸ちゃん、一度りっちゃんにフラれてくらいで諦めるつもり?」


「えっ?」


 呆気にとられる俺に、真冬はビシッと指を突き立てて言う。


「もう一回告白するんだよ! 言われた欠点を変えて! そしたらりっちゃんも考えを改めてくれるよ!」


「いや、そうは言ってもだな」


「それに幸ちゃんは学年一位の秀才でしょ⁉︎ このまま負けっぱなしでいいの?」


 発破をかけられているのだろうか。

 真冬の言葉からは、確かな熱意が感じられた。


 でも確かに俺は、学年一位の秀才で超ハイスペック。


 幼なじみである律にフラれ、落ち込んでいた部分は多少なりともあるが、それでもまだたった一度、足を挫いてしまっただけに過ぎない。


(そうだ。俺はまだ負けてない)


 高峯幸太郎はこんなところで立ち止まる人間じゃない。俺はやればできる男のはずなのだ。


 その証拠に今までだって幾多もの壁を乗り越えて来た。ならば真冬の言う通り、ここで諦めていいわけがなかろう。


「……ふ、フハハハハッ! いいだろう真冬。もう一度だけお前の策に乗ってやろう!」


 湧きあがる自身に身を任せ、俺は勢い良く席を立った。


「秀才である俺の欠点を無くし、更なる高みへと登って見せようぞ!」


「幸ちゃん、だからそういうとこだって」


「あ」


 ため息と共に肩を落とす真冬。

 これは不可抗力だろうと、涙目になる俺であった。





 * * *





 その後俺は真冬に言われるがまま、人生初の美容室へ行った。


 生まれてこの方、髪を切るとなれば、近所の安い床屋か母親に切ってもらっていたが、それじゃダメだということで、今回は仕方なく真冬の指示に従うことにした。


 髪を切るのはいつぶりだろうか。

 鏡と向かい合えば、驚くほどにボサボサな自分がいた。


「今日はどのようになさいますか?」


「ああ、えっと。それらしくいい感じに——」


「この写真みたいな感じで」


 答えようとした俺の言葉を遮り、真冬は美容師さんにファッション雑誌らしきものを開いて見せていた。


(俺の髪型なんですけど……)


 とは思ったが、そういった知識に疎い俺が注文するよりも、真冬のような『ファッションとは何たるか』をわかっていそうな奴に任せた方がいいのだろう。


 当事者であるはずの俺が、一言も発言することなくカットが始まり、あれほど長かった髪は、みるみるうちに切り落とされていった。


 そして30分ほどの施術の末、それらしき髪型が完成した。







「幸ちゃんやっぱり髪短い方が似合うよ!」


「そ、そうか?」


「うん! 凄くいい感じ!」


 幼なじみとはいえ、女の子に褒められるのは悪い気はしない。


 徐々に気持ちが高揚していく感覚を覚えながら、続いて俺たちは近所の眼科へと向かった。


 目的はもちろんコンタクトへの移行。


 その際に改めて視力を計るのだが、あろうことか俺は、壁に備え付けられていた記号の一番上すらも見えず。


 最終手段として『C』と表記された紙を持った看護師さんが、近づいて来たり遠ざかったりしながら視力を計るという、何ともシュールな検査方法になってしまった。




 そんなこんなでボサボサだった髪を整え、長年掛け続けていた地味メガネを捨て、新たな気持ちで学校へと向かったのだった。







「おい、あれって高峯だよな」


「うっそー、別人!」


「あいつって意外と爽やかな顔してたんだな」


 教室に入った瞬間、四方から噂話が聞こてくる。


 普段から少しは絡みのある男子に加え、全く絡みのないギャル系女子まで。揃いも揃って散髪しメガネを捨てた俺を見て、驚愕の表情を浮かべていた。


「……ふ、フハハハハハッ——あ」


 あまりの優越感に思わず高笑いしそうになってしまったが、そういえば今、真冬に自信家キャラを強く禁じられていたんだった。


 いくら見た目を変えようと、性格がそのままなら意味が無いしな。


 あくまでスマートに。

 心の中でそう言い聞かせ、俺の荒れ狂う厨二病にそっと蓋をした。







 ひとまず掴みは上々。

 あとは真冬に言われたように、このもやし体型を何とかしなくては。


 そう思ってからというもの。

 俺は毎朝のランニングと夕飯後の筋トレを始めた。


 食事も母さんに頼んで、出来るだけタンパク質多めのものにしてもらい、勉強や睡眠で潰れる時間以外は、極力身体を動かすように努力した。


 やがて高校は夏季休暇に入り、自由に使える時間が増えたことで、俺の肉体改造にも拍車が掛かった。


 普段は15分程度だったランニングは倍の30分に。夕食後だけだった筋トレも昼と夜の二回に増やした。


 今までは勉強ばかりで、こんなにも身体を動かしたことはなかったが、いざランニングやら筋トレやらをしてみると、思いのほか楽しく感じられた。


 もちろん辛いと思う瞬間もあったが、それでも俺は1日足りともサボることはせず、一ヶ月という長い夏休みの間、こつこつと身体を鍛え続けた。





 そして——。





「見て見て、超イケメン!」


「えっ⁉︎ あれって高峯くんじゃない⁉︎」


「やだ嘘! 超カッコイイんですけど!」


 夏休み明け。

 俺は廊下を歩くだけで、噂をされるほどの有名人となっていた。






 * * *






「あ、あの、幸太郎?」


 教室で本を読んでいると、背後から名前を呼ばれた。

 その感じからして間違いなく……。


「律か。久しぶりだな」


「ひ、久しぶり。元気だった?」


「ああ、とりあえずはな」


 約一ヶ月ぶりの会話だった。

 これだけ間が開けば、フラれたことはあまり気にならなかった。おそらく律もそう思ったから声を掛けたんだと思う。


「びっくりしたよ。しばらく見ないうちに幸太郎が別人みたいになってるから」


「そうか? 俺は元々こんな顔だぞ?」


「そうなんだけど、なんか色々と変わったね」


 確かに俺はあの日とは少し違う。

 真冬に言われて色々と意識を変えたからな。


「そういう律は相変わらずだな」


「もう、それってどう言う意味⁉︎」


 律の頬がぷくっと膨れ上がる。


「いや、悪い意味じゃないよ」


「ほんとに?」


「ああ」


「喜んでいい?」


「よ、喜んでいいんじゃないか?」


 ならよしっ、と、律は膨らんだ頬を元に戻す。


 言葉遣いは大丈夫だろうか。

 ナルシストは出ていないだろうか。


 心の何処かでそんな不安を抱えていたが、この様子なら大丈夫そうだ。


「えっとね、幸太郎」


「ん、なんだ」


「あのね、その……なんというか」


 すると律は頬を赤らめ視線を逸らした。


「……か、カッコイイよ?」


 そしてわざとらしく口元を手で覆い。律は俺が求めていた言葉を呟いたのだった。


「か、カッコイイか」


「うん。今の幸太郎は爽やかだし、口調もおかしくないし、凄くカッコイイ」


 今回のは聞き間違いじゃない。

 律は今、確かに『カッコイイ』と言った。


(やったぞ! 俺はやったんだ!)


 無性に達成感が湧き上がってくる。


 律に認めてもらうため、この一ヶ月努力した。その頑張りが報われた気がして、言葉にならないほど嬉しい。


 この嬉しさや達成感は、学年一位の時とは比べ物にならなかった。


「そう言ってもらえてよかったよ」


 はしゃぎたい気持ちをグッと堪え、俺はあくまでスマートに言った。







「初めからこれがよかったのに」


「え?」


 今、律はなんて——。


「ううん、何でもない。それじゃ幸太郎、また後でね」


「あ、ああ」


 意味深な言葉を残して、律は行ってしまった。






 * * *





 これならいける。

 今度こそ告白は成功する。


 確信にも近い自信を得た俺は、その趣旨を報告するべく昼休みに真冬の元へ。


「真冬、今ちょっといいか」


「こ、幸ちゃん⁉︎ う、うん。大丈夫だけど」


 弁当を食う時間もあるので、さらっと済ませちまおう。

 そう思っていたのだが……


 ……あれ?


 ただ話しかけただけなのに、真冬の態度がちょっとよそよそしい。それに心なしか俺を見る目が今まではとは違う気が……。


「……律へのリベンジの件なんだが」


 俺が真冬にだけ聞こえる声でそう呟いた瞬間。


「幸ちゃん! ちょっと来て!」


「え、あ、おいっ……!」


 急に真冬は席を立ち、俺の腕を掴んで教室を飛び出した。


「ど、どこ行くんだよ」


「屋上!」


「屋上⁉︎ 何で急に⁉︎」


「何でもへったくりもないの! いいから来て!」







 訳のわからぬまま来てしまった。

 一体ここで何をしようというのか。


「で、どうしたんだよ」


「……あのね、幸ちゃん」


 ハァハァと息を切らす真冬は、なぜか頬を赤く染める。

 そして口を開いたかと思えば。


「りっちゃんにリベンジするって話、考え直さない?」


「はっ⁉︎」


 予想だにしなかったそんな一言を吐いたのだ。

 これには俺も、思わず声を張ってしまった。


「律へのリベンジを考え直すだって?」


「そう」


「おいおい、どうしたんだよいきなり」


 真冬の意図がわからない。

 だって俺はそのために、見た目も言葉遣いも改めたんだぞ?


「今更辞められないだろ」


「そう……なんだけどさ」


「ん?」


 何やら真冬は真剣な顔つきになる。


「えっとね、その……」


「何だよ。言いたいことがあるならハッキリしろ」


「そ、それじゃあ言うけどね——」







「え」







 顔を真っ赤にした真冬の言葉に、俺の思考は完全に停止した。


「今なんて」


「だからね。りっちゃんに告白するのは辞めにして、私と付き合わない?」


 もう一度聞いても同じだった。

 どうやら俺の聞き間違いではないらしい。


「ど、どうしてそんな話になるんだ」


「だってね、幸ちゃんこの一ヶ月で凄くたくさん頑張ったし、昔みたいに凄くカッコよくなったと思うの」


 そりゃ多少は変わったとは思うが……。


「それでね。りっちゃんにリベンジするって言ってたけど、元々の幸ちゃんの目標は、恋愛を学ぶことだったでしょ? だから別にりっちゃんにこだわる必要もないのかなって」


 言われてみれば確かに。

 どうしても律である必要性はないのかもしれない。


「だからさ、一度フラれたりっちゃんを彼女にするんじゃなくてね。私を彼女にした方が幸ちゃん的にもいいのかなーって思ったの」


「それはまあ……もう一度告白することに固執してるわけでもないが」


「で、でしょ⁉︎ だから幸ちゃんはリベンジしないで私と付き合おっ」


「んん……」


 真冬の言ってることはわからんでもない。

 再び律に告白するというリスクを負うよりも、今ここで真冬の提案を飲んだ方が確実だし、別に俺はそれが嫌なわけじゃない。


 ただ。


 俺は律にフラれてから、様々な努力をした。

 リベンジを仕掛けないとなると、その努力が無駄になってしまう気がしてならない。


「ねえ幸ちゃん、私のこと嫌い?」


「別に嫌いってわけじゃ」


「じゃあ好き?」


「好きって、お前……」


 上目遣いで詰め寄ってくる真冬は、完全に本気だった。頬を高揚させ、目はハートマークで、甘い言葉で問いかけてくる。


「私は幸ちゃんのことずっと好きだったよ?」


 いつもの真冬とは到底思えない。

 こんなにもピンク色に染まる彼女を、俺は見たことがなかった。


「ねぇねぇ、付き合おうよぉ〜」


「ぐぬぬぬぬ……」


 なんて、俺が答えに詰まっていると。







「ちょっと待ったぁぁぁぁ!!」


 ガゴン! と屋上に通じる扉が開いて、慌てた様子の律がやって来たのだ。


「り、りっちゃん⁉︎」


「律⁉︎ お前までどうしてここに⁉︎」


 眉間にグッと力を入れた律は、声高らかに言った。


「ふーちゃん! 何で抜け駆けしてるの⁉︎」


「抜け駆け?」


「今幸太郎に『付き合って』とか言ってたでしょ⁉︎」





 律のその言葉を引き金に、状況は二人の言い合いへと発展した。


「そもそも幸太郎は私に告白するはずでしょ⁉︎ なのになんでふーちゃんがそれを邪魔するの⁉︎」


「邪魔って……だってりっちゃん、この間幸ちゃんの告白断ってたよね?」


「断ったけど、それは別に幸太郎が嫌だったからとかじゃないもん! ちょっと地味だなーって思っちゃっただけで、今の幸太郎は凄くカッコイイもん!」


「そんなこと言ったら私もそう思うよ! そもそもこれは私が考えた秘策なの! 地味な幸ちゃんのままわざとりっちゃんに告白させて、フラれたところで「リベンジしようね!」って言えば、私の望むように幸ちゃんは変わってくれるって知ってたから!」


 ん。

 秘策? わざと告白させた?


「それで言ったら私もそうだったもん! 地味な見た目の幸太郎をあえて振れば、絶対私好みの爽やかイケメンになってリベンジしてくるって知ってたもん!」


 あえて振る?

 リベンジしてくるって知ってた?

 こいつらは一体何を言ってるんだ。


「だったら私が今のうちに告白しても問題ないよね⁉︎ だって幸ちゃんはまだリベンジしてないんだもん!」


「問題なくない! そもそもふーちゃんは、幸太郎に告白すらされてないでしょ⁉︎ なのに一度告白されてる私を差し置いて付き合うとかありえないから!」


「ありえなくない!」


「いいや! ありえない!」





 二人の争いは言い合いの域を超えていた。


 これぞまさに修羅場。

 こんなにも感情をぶつけ合う二人は初めて見た。


 何とかして止めないと。

 そう思った俺が、意を決して割って入ったのだが……。


「幸ちゃんば黙ってて!」「幸太郎は黙ってて!」


 ここだけは息ピッタリな二人に、すぐさま跳ね返されてしまった。








 結局二人の言い争いは、昼休みを通して行われ。その結果『どちらがより俺をキュンキュンさせられるか』という訳のわからない条約の元、一度その場は停戦となった。


 とはいえ、二人の戦争状態は依然として続いており、事あるごとに俺にちょっかいをかけて来ては言い争い、ちょっかいをかけて来ては言い争いの繰り返し。


 そんな中、当初の目標であった律へのリベンジなど出来るわけもなく、結局俺はどちらとも付き合う事ないまま、幼なじみハーレムに板挟みにされるのであった。





 俺の残りの高校生活、一体どうなるの——!

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