シーフな魔術師 第三章〜相変わらず色々満載な毎日です

極楽とんぼ

卒業後3年目

第1話 星暦554年 藤の月04日〜5日 いざ出発!

「もう明日に出発だなんて。

年末休みに王都に帰ってから、早かったわねぇ」

シェイラがエールをグラスに注ぎながら言った。


何だかんだでアレクの所の年末パーティにシェイラと一緒に参加し、歴史学会の年末の馬鹿騒ぎ(としか言い様がないだろう、あのパーティは)に引きずって行かれ、そしてアレクに言われて魔術院の年末パーティにもちらっと顔を出した。


あとは適当に王都のバザールを歩いて回ったり美味しい店をシェイラと開拓したりしていたのだが、本当にシェイラの言うとおりあっという間だった。


誰かとこういう風にぶらぶらするという経験って今まで無かったのだが、意外と飽きない。

帰ってきたらまたぶらぶらしたいが、シェイラが王都にいないだろうなぁ。


遺跡発掘の仕事始めはかなり自由で、ツァレスなんかは既に2日から現場に戻っていたらしいが、シェイラは『王都と行き来するのが面倒』とのことで明日俺を見送った後にヴァルージャに戻ることにしている。


お陰で一緒に居る時間がたっぷりあったのだが・・・気が付いたら、既にもう出発は明日だ。


「準備はもう出来ているの?

一月も船の中で過ごすとなったら、着替えとか時間つぶしの物とか、ちょっとしたお酒やお菓子も持って行かないと辛いわよ~?」

俺にグラスを手渡しながらシェイラが尋ねる。


「別に洗濯は清早に頼めば綺麗にしてくれるからそれ程沢山着替えは要らないだろう?

酒は別に飲まないし、お菓子だって無ければ無いで構わないぞ?」

食べる物にはそれ程拘りが無いからな。


学院長の影響か、お茶にはちょっと煩くなった気がしないでも無いが、茶葉はそれなりに持って行くし、水を清早に出して貰えばお茶を淹れるのは簡単だ。


「長期の航海で食べる食事がどんな物か、ちゃんと確認した?

最低でも2週間は食糧を補給できない想定だから保存食ばかりなんでしょう?

海の長旅じゃあないけど、遺跡を求めて発掘の長期探索に出かけた人の話によると、食糧を補給できないような地域に行った時の長期連続な保存食って本当に辛いらしいわよ?」

シェイラが聞いてきた。


・・・。

考えてみたら、そうだよな。

転移門は向こうに着くまで使えないのだ。となると、食糧の補給は無い。

途中で島があったらそこで果物とか採取できるかも知れないが数は知れているだろうし、船乗り(や俺たち魔術師)に野生の動物を狩って解体して食べるなんてスキルは無いんじゃないだろうか。


少なくとも、俺には無いぞ。

こういう長期航海に乗るような船乗りにはあるのかな?


見つけた島に住人がいて、言葉が通じて食糧を買い取れれば良いが、下手に言葉が通じない相手だった場合だったら近づいたら攻撃されかねないしなぁ。


しまったな。

食べ物や寝る場所は商業省が準備しておいてくれると言われていたから、あまり考えていなかった。


寝る場所は一応アレクに言われて(アレクはフェルダン・ダルムに聞いたらしい)高級だが薄くて強いハンモックを入手しておいたから、ベッドは合わなくても何とかなるはずだが。


「だけど、食糧を買い出しして持って行っても、それこそ2週間も持たないだろう?」

単に金の問題で食事がわびしくなると言う話だったら、魔術院の専門家もいるんだし、これからもきっと何かあったら頼み事をしたい上級精霊加護持ちのシャルロもいるんだから、それなりに商業省も配慮してくれるだろう。


配慮してもどうしようも無い部分っていうのは手の下しようがないんだと思う。


「食事はしょうが無いにしても、ちょっとした焼き菓子でも持っていくと大分気分が違うらしいわよ?

パディル夫人に頼んだらどう?」

そうだな。

ケーキはまだしも、クッキーだったら缶に入れておけばそれなりに持つか。


「よし、急いで帰って頼んでくる!

それじゃあ、また!」

この話が持ち上がってきたのが昼食時で良かった。まだ間に合うだろう。

これが夕食時だったら目も当てられない。


・・・つうか、どうせならもう少し早くこの話題を持ち出して欲しかったな、シェイラ。


でも、考えてみたらシャルロがお菓子はばっちり準備しているかな?

いや、シャルロが自分用に用意したお菓子だったらあまり分けては貰えないだろうな。

寮に入っていた時期だって、余程のことが無い限りシャルロが秘蔵していたお菓子は分けて貰えなかったし・・・。


◆◆◆


「・・・狭いね」

新規航路開拓のための船は、大きかった。

ティリア号というそれは、新型船で以前見かけたアドリアーナ号とちょっと似たような感じだったが、あれよりも細めでスマートな感じだった。


これだけ大きいのだったら食糧もそれなりに積めるだろうし、台所もちゃんとしたものがあるんだろうと思った俺の期待は、俺たちの船室を見せられた時点で下方修正された。


部屋が小さい。


部屋の両側に寝棚が2段ずつ取付けられてあり、真ん中に細い通路分のスペースがあってその奥にお情け程度の荷物置き場と椅子が一脚だけ置いてある。


3人で使う部屋だということを考えると、日中は2人は寝棚に座り、上の段の寝棚を使う人間が椅子に座るのか?


奥に小さな丸い窓がある。

押し開けて下を覗いてみたら、甲板を走り回る船員たちの姿が見えた。


「これって顔を洗った水を窓から捨てられないよな?

どうするんだ?」

振り返って俺たちを案内してくれた副長 (らしい)に尋ねる。


「水回りの事は廊下の突き当たりの向こうにある部屋を使ってくれ。そこだったら水を直接海に捨てられる。

一応顔を洗う用の真水も準備されるが、無駄遣いはしないよう気をつけて貰いたい」

俺たちの微妙な反応に気が付いたようだが、それに対しては何もコメントせずに副長が無表情に答えた。


「ああ、水だったら俺もシャルロも出せるから、心配しなくて良い。

と言うか、必要になったら出すことも可能だから言ってくれ」

水を出すのだったら清早に頼めば簡単だ。船員達に貸しを作っておいても損はない。


「それは助かる。

一応航海に足りるだけの最低限の水は積んであるが、新鮮な真水を補給できると大分航海が楽になるからな」

副長の目元が少し嬉しげに緩んだ。


最初からシャルロの蒼流に期待して水を積む量を減らしたりはしてないんだ。

水を補給してくれって魔術師に頼むのってあまりしないのかね?


「出発前後は船内も色々とバタバタしているので、夕食の際には誰か船員を案内によこすから今日は部屋にいてくれ。

朝と昼は銅鑼が鳴ったら適当に食堂に来たら食べれることになっている。

後は何か分からないことがあったら夕食の時にでも聞いてくれ」

ちゃちゃっと部屋の使い方(というか、殆ど使う物がなくって単に寝棚の固定方法程度だった)を説明して、副長が出て行った。


ふう。

いや、贅沢を言っちゃあいけないのは分かっている。

ギルド時代に使っていた隠れ家よりは大きい。

この寝棚だって、床に直接寝るよりは寝心地が良いだろう。


だが。

この年になって寮に居た時の2人部屋のサイズの所に3人で2週間過ごせと言われるとは思っていなかったぜ。


「豪華客船以外だったら、船というのは交易品なり食糧なりを運ぶことで利益を得るんだ。寝るための部屋なんてこんなものだろう」

改めて部屋を見回してため息をついた俺に、アレクが肩を竦めながら言った。


そうなんだ・・・。


お坊ちゃまなシャルロが驚いていたのはある意味当然だが、アレクがこれを当然だと思っているのは意外だった。

まあ、アレクのことだ。部屋のサイズとか食事のこととか、既にダルム商会の人にでも聞いてあるんだろうな。


「ちなみに、食事の内容はどんな物になるのかな?

依頼主が食事と部屋は請け負うと言われていたから、昨日シェイラに言われるまで何も考えて無かったんだが、やはり2週間かなり粗末な食事になるのか?」

家の保存庫フリッジに大量に食料品を入れて持ってくることも考えたが、現実的では無いと諦めた。


荷物制限について何も言われなかったが、流石に自分で持ち上げられない重さの物を船に持ち込むのはド顰蹙だろう。


「魚が捕まればそれを食べることになるな。

だが、大洋に出て陸から離れるとなかなか魚が捕まらない海域を進むこともあるらしいからな。そうなると干し肉シチューが定番料理だと聞いた。

あと、乗組員用のパンを焼くようなオーブンは無いだろうから、パンは堅焼きパンの可能性が高い」

アレクが答えた。


魚?

あまり魚料理って馴染みがないんだが・・・。

でも、干し肉シチューってのもあまり美味しそうに聞こえない。試して微妙だったら清早に魚を捕ってくるよう頼むか。


考えてみたら、俺も贅沢になったよなぁ。

ガキの頃はカビが生えた堅焼きパンだってむさぼり食った時期だってあったのに。


「そっかぁ。パンのことは考えてなかったな。

クッキーは大量に運び込んでもらっといたんだけど」

シャルロが寝棚の上に積み上げられた箱を確認しながら言った。


おい。

その大きな箱2つとも、クッキーかよ??!!

お前、箱に押し出されて寝棚から落ちるんじゃ無いか??


と言うか、前もって荷物を船に送りつけられたのかぁ。

当日持ち込める物だけだと思っていたから、結局俺は缶に2つ分しかクッキーは持ってきていない。


「取り敢えず。

その箱が乗っている寝棚をしまって、その場所も荷物置き場にしないか?

シャルロはその上の寝棚を使ったら良い。

流石に上の寝棚にその箱を乗せるのは大変そうだし、固定していても船が揺れた際に落ちてきたら危ないからな」

アレクがため息をつきながら提案した。


微妙にシャルロに呆れたような口ぶりだが・・・奥に置いてある箱、お前のだろ?

俺は何も送りつけてないんだから。


「シャルロは焼き菓子だろうが、アレクが送っておいたのは何なんだ?」

梯子を登って先程副長が固定して見せた寝棚を試しながら尋ねる。


「リンゴ。

あと、オレンジも入っている。

船では新鮮な野菜は少ないと聞いたからな。一応船の方でも果物をある程度準備してあるだろうが自分の好みに合う物も欲しいと思って準備しておいた」

そうか。

リンゴやオレンジだったら2週間程度なら持つのか。


ううむ。


・・・お前ら、俺にももう少し助言してくれても良かったのに~~~~!!




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