正義の神と新英雄(フリーター)
みっしゅう
プロローグ【嵐丸托生という男】
青年の
「…あぁっ…ぐっ…ぅうあ…!」
彼はそのとき、死を
頭に
もはや正当な判断も効かず、
そして、脳が一気に溶(と)けるような感覚(かんかく)から、そのまま青年の意識は暗い穴に落ちていく…──
※
いずれ青年に起こるその事態から、およそ7時間前のことである…──
小さな企業(きぎょう)を支える小さな職場(しょくば)で、青年は|黙々(もくもく)とアルバイトに打ち込んでいた。
重たそうな荷物(にもつ)を運(はこ)ぶ彼の躰(からだ)はひどく痩(や)せこけており、腕など今にも折れてしまいそうだ。
ボサボサの髪の長さは肩まで届き、前髪も隠れている。
彼の名は、嵐丸(あらしまる)托生(たくせい)──彼は齢(よわい)17にして、社会的に追い詰められたフリーターとして生きている。
「托生くん…」
「…ハぃ…」
托生のすぐ隣から、20代程のバイトリーダーの女性が申し訳なさそうに呼びかける。
托生はそれに活力(かつりょく)なく反応し、徐(おもむろ)にそちらを向いた。
「…」
前髪から覗く死人のような目…──その瞼(まぶた)には、マーカーで塗りつぶしたかような、ひたすらに濃(こ)い隈(クマ)が刻み込まれていた。
彼の活力を失った目を見るたびに、目を背けたくなる。
心臓(しんぞう)が握られるかのような気分だった。
「…どうしたんです…」
「い…いえ…──最近調子は良いのかなって」
質問に托生はしばらく黙(だま)ってから、その表情にさらに陰(かげ)をおとすと、彼女から目をそらして言う。
「…よかった時なんてありません…」
「…」
托生がため息混じりにこぼしてから、バイトリーダーも調子を落とす。
彼はこれでも、アルバイトで1年間は頑張(がんば)っている。
ただでさえの虚弱(きょじゃく)体質でも、ここまでも勤勉(きんべん)に働いているのだ。
だが、ただそれだけの苦労だけなら、托生もここまで追い詰められていただろうか。
「──うっし、じゃあこれもやっといてくれや」
托生の前に、10代の男が荷物(にもつ)を置く。明らかに一人分のものではない。
後方からは若者共がケラケラと笑っている。きっと彼らのノルマも含まれているのだろう。
「…」
バイトリーダーは、情(なさ)けないその男を睨(にら)む。
睨まれた彼はそれに対し…──
「おいおい何見てんだ?こいつに給料2倍に見合った働きをしてもらうには上出来じゃねぇか」
「ふざけないで…!托生くんには特別な事情があるの!」
「事情ねぇ…俺らの給料から差し引くほど優先することかぁ?」
「「そうだ〜出てけ邪魔者ーッwww」」
托生を貶(おとし)める一同。
バイトリーダーは義憤に震えて声をあげようとする。
だが、托生はそれを止めた。
「…やめてくださいよ」
「托生くん…──…本当に、こんなに頑張ってる人をいじめるなんて…恥を知りなさい!」
「…やめてくださいって言ってるでしょ…かえって迷惑です」
「…」
托生が止めたのは、バイトリーダーの方だった。
彼女は托生を気の毒そうに思いながら、彼の心中を察してそのまま黙ることしかできなかった。
托生は文句1つさえつけずに、黙ってその仕事をこなす。
その重荷を持ち上げ歩きはじめた。
が…、その時彼に悪意が迫る。
「おおっと!危ない」
「おぁっ…!?──うっ!」
突然やって来た女がぶつかってきて、ただでさえ弱い托生の躰は、それに押され荷物ごと地面に倒された。
「はっ!托生くん…!」
托生は頭から倒れて、そして動かなくなった。
「…!」
彼を倒した女の方を見ると、彼女は1人の金髪の男とグータッチをしていたではないか。
「あ…托生ちゃーん!ごみーん!」
わざと声を高くして、女は舌を出して平謝(ひらあやま)りをする。
金髪の男とともに托生の様子を笑っているということは、簡単に察せた。
「…ぅあ…」
托生は頭を持ち上げて女を睨む。今までは悪口だけで容認していたが、暴力となると話が違う。
托生に睨まれた彼女はヘラヘラと、横の金髪の腕に怯える素振(そぶ)りで巻き付いた。
「やだーっ、こわーい!私ワザトじゃないのに!」
「あぁん?ゴルァ托生俺の女をなに睨んでんだよ!?殺すぞ」
バイトリーダーは、この惨状に涙が出そうになっていた。
「もうやめて!いい加減にして!──大丈夫?托生くん」
バイトリーダーは、托生に駆け寄って肩を貸す。
彼の体重がただでさえ軽いせいで、簡単に背負えてしまう。
「女性に背負わせるなんてダッサー!」「ヒョロヒョロでキショいんだよ!」
托生は後ろからの罵倒に耳を塞ぎたくなった。
だが今は、献身の擁護をしてくれるバイトリーダーの優しさに、ひたすらにすがることしかできなかった。
「あなたのノルマはもう終わってるの!このまま家に送ってあげるから…──…えっ?」
彼女はそこで、異変に気づく。
「はっ…はぁっ…──ゥンッ!ゲホッ!」
托生は、突然咳き込みだす。
まるで、何か喉を込み上げてくるものを、抑えるかのようだった。
その何かを必死に食い止めるさまを見て、一同は狂人をあざ笑うようだった。
バイトリーダーは、そのまま托生とともに、殺伐とした仕事場を出るのだった。
※
バイトリーダーは車に托生を乗せ、そのまま彼を家まで送ってくれるという。
「…ンゲッフッ!ぇえっホ!」
まだ、托生の咳は続いた。
「托生くん…それいつものことだから私はわかってる…だから遠慮せずに、全て出してもいいよ」
意味ありげな彼女の言葉。
それを受けてからか、托生は咳を止めた。
「…──…ゥウッ──」
咳は止まったが、何か彼が抑えていたものが、溢れてきた。
口を抑えていた掌には、血がこびりついていた。
正義の神と新英雄(フリーター) みっしゅう @n8078eq
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