第131話カルロさんの子守り

 あの楽しかった王城襲撃事件を終えて、闇ギルドに戻って来たカルロは溜まっていた仕事に追われていた。


 一日たっぷりとさぼったので、その分の仕事が上乗せされ、ギルド長としてとーっても忙しい日を迎えていた。


 だがそれでも昨日の王城乗り込みは楽しかったと、手を動かしながらも、心の中では昨日のニーナの活躍を思い出し、口元が自然と緩んでいた。


 アレクのあの慌てぶりも面白かったが、何よりもあのバーソロミュー・クロウという男だ!


 この闇ギルドにも来たらしいが、残念ながらその時は会えず、昨日が初めての顔合わせだった。


 あそこまで面白い男は中々いない。


 そうバーソロミューは、天然のコメディアンだった。


 その上どんな状況になっても失禁もする事もなく、そして気を失う事も無く、ニーナに立ち向かうその姿はとても面白く、ドラゴン並みの肝が座っているのでは? とカルロが思う程だった。


 多分ドラゴンだってニーナの前では失禁する事だろう。


 あの笑顔を前に物言えるだけでもバーソロミューは凄い男だと思う。


 まあ、鈍感……とも取れなくは無いが……普通の感覚ではないことは確かだった。


 それに何よりバーソロミューは、国王であるアレクへの忠誠心が強い。


 このまま死ぬことなくニーナ様の側に居てくれれば、行く度に面白いものが見れるだろう。


「出来ればアイツには成長しないで貰いたいなー……」


 カルロはそう呟くと、思わずクックックと笑っていた。



「あの……ギルド長……」

「あん? なんだ? どうした?」


 急にカルロの補佐が窓を指差した。


 目も口も開けたままで、ポカンと変な顔をしている。


 そう、まさにマヌケ顔だ。


 一体どうしたのだ? と思い、カルロも同じ様に窓へ視線を送れば、そこには宙に浮く四人の子供の姿があった。


「ブホォッ! ディオン! シェリー! お前たち、なーにやってんだー!」


 残念ながら闇ギルドの窓には強力な結界が張ってあり、音は外へ漏れないようになっている。


 ディオンとシェリーが何かを言っているが、パクパクとしているだけで音が聞こえないため、カルロには意味がわからない。


 ただ、小さめの絨毯の用なものに乗り、空を飛んでいる事はだけハッキリと分かる。


 それに見た事がない二人の子供も一緒だが、明らかに顔色が悪い。


(まさか、これはニーナ様の魔道具か?!)


 ニーナ慣れしているカルロがピンッと来て急いで窓を開けると、絨毯に乗ったディオン、シェリー、そして二人の見知らぬ少年少女が、カルロの執務室に飛び込んで来た。


「カルロおじさん、こんにちはー」

「カルロおじ様、あっそびっましょー」


 ディオンとシェリーは通常通りだが、一緒に居る子供二人は疲れ切っているのか言葉も出ない様だ。


 力が入らず絨毯から降りれないようなので、カルロと補佐がそれぞれを抱えソファーに座らせる。


 そしてその子達の風貌を正面から見て、カルロは頭を抱えた。


 どっからどう見ても、アレクの孫のウィルフレッドとアンジェリカだ。


 カルロは直接は二人に会った事は無いが、アレクに肖像画を見せられては孫自慢をされたので顔だけは知っていた。


(まさか王子と王女を闇ギルドに連れて来るとは……)


 流石ニーナの兄姉だと、カルロはディオンとシェリーの破天荒ぶりを改めて実感していた。


「ディオン……シェリー……これはどう言う事だ? 何故ここにきた?」


 ディオンはニコニコしながら絨毯をまとめ、シェリーは優しい天使スマイルでウィルフレッドとアンジェリカにお茶を勧めていた。


 そんな二人は顔を見合わせると、相変わらず無駄に可愛すぎる顔をしてカルロに答えた。


「散歩をしようって話になって……街に出る前にカルロおじさんにお肉をお金に換えてもらおうと思ったんだー」

「シェリーはね、お肉が食べたいの。ウィルとアンは街に出た事ないんだって、だから一緒にお肉たーっくさん食べるんだよー」


 カルロは大きなため息を吐くと、補佐にすぐに連絡するよう指示を出した。


 きっと王城では今頃大騒ぎになっている事だろう。


 王子と王女が空を飛んでどこかへ行ってしまったのだ。


 使用人や騎士達が青くなっている姿が簡単に想像がついた。


(まったく……ニーナ様が街へ来た途端、これ程面白くなるとは……)


 カルロは頭を抱えながらもクスリと笑みを浮かべると、温かいお茶を飲み、少し顔色が良くなったウィルフレッドとアンジェリカに話しかけた。


「あー、ウィルフレッド王子、アンジェリカ王女、私はカルロ、アレク国王陛下の友人です」


 二人はまだ言葉が出ないのか、コクンと頷くだけだ。


 その間ディオンとシェリーは魔法袋ゴソゴソと漁り、補佐とどの魔獣が良いかと話し合っている。


 カルロはディオンとシェリーのニーナの兄姉らしい様子を見ながら、二人にまた話しかけた。


「ディオンとシェリーが街へ行こうと行っております。私と他に数名の護衛を付ける予定ですが、殿下方はどうなさいますか? ここで迎えを待つ事も可能ですし、お忍びで街へ行くことも可能ですよ」

「わ、我々も、ま、街へ行けるのか?」


 ウィルフレッドの言葉にカルロは頷く。


「私も行っても宜しいの? 後で怒られたりしないかしら?」


 アンジェリカの言葉にカルロはクスリと笑って頷く。


 怒られるとしたらディオンとシェリーだろう。


 だが田舎で育った二人に、城を抜け出してはならないと指導しなかったニーナが怒るはずはない。


 それに間も無く王都の学校へ通うのならば、社会勉強は必要だ。


 決してカルロが面白がっている訳ではない。


 子供達の成長の手助けがしたいだけなのだ。


 ウィルフレッドとアンジェリカは、魔法袋から魔獣を数体出しているディオンとシェリーのことをウットリと見つめている。


 どうやら見目のいい兄妹に、ウィルフレッドとアンジェリカは既に虜になっているようだ。


 二人がベンダー男爵家兄妹を見つめるその目には、幼いながらも恋慕が見てとれた。


 そんな二人は大きく頷くと、カルロに決意を話した。


「カルロ殿、私はシェリー嬢と街へ行ってみたい」

「私もディオン様と一緒にお出掛けしてみたいですわ」


 生き生きとそう答えた二人に、カルロは笑顔で頷いた。


「ええ、では先ずは着替えましょう! 今日は庶民のフリをするのですよ」


 ウィルフレッドとアンジェリカは、カルロの言葉にワクワクした顔で頷いた。


 本物の王子と王女の登場に街は大騒ぎになるかもしれない。


 見目のいいディオンとシェリーも騒がれることは確実だろう。


 カルロはこれでこの国は益々面白くなるだろうと、心の中でニヤリと笑ったのだった。


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