第119話謝罪
グレイスを無事に取り戻し、落ち着いたニーナ一行は、今リチュオル国の王、アレクサンドル・リチュオルの私室に来ていた。
前世、大聖女セラニーナであった6歳児のニーナも、そしてアレクと兄弟のように育ったシェリル、ベランジェ、アルホンヌ、クラリッサも、国王の部屋だからといって緊張することはない。
闇ギルド長であるカルロは、一般庶民? なので、何度かこの部屋に来たことはあるとはいえ、やはり多少は緊張している。
まあ、カルロの場合はこれからどうなるのか? という楽しみの方が強いだろう。
そして助け出されたグレイス。
まさかニーナたち一行の中に、国王陛下が居るだなんて思ってもいなかった。
なので今頃になって緊張してきた。
クラリッサが隣に座り、グレイスを落ち着かせようと思ってだろう、手をずっと握ってくれているが、なんだか返って落ち着かない。
何故なら今日のクラリッサ様はとっても可愛く見える。
勿論元々綺麗な女性だとは知っていた。
だけど……
グレイスを抱きしめ泣き出したクラリッサ様は、とにかく可愛かった。
なのでグレイスは今、国王陛下にドキドキしているのか、それともクラリッサにドキドキしているのか分からない状態だった。
まあ、両方という所だろうか……
そしてこの場で一番緊張しているのは、何と言っても名推理で国の危機を招いた王の補佐官のバーソロミュー・クロウだ。
皆がソファーへと腰掛ける中、自ら進んで床に正座した。
この世界に正座の概念があるのかは分からない。
本来ならばマナー的には立って頭を下げるべきなのかもしれない。
だがここまで続いた散々な恐怖から、もう既に足の力がなくなっていた。
緊迫した数十分のあの時間は、補佐官の持っている瞬足パワーも奪い取り、とにかく疲れて、心臓に悪くって、今は体中のエネルギーを持っていかれた状態だ。
なので反省を表そうと、補佐官が考えた態度が正座で頭を下げる。
つまり土下座だ。
補佐官の人生初の土下座は、ニーナ・ベンダー6歳に向けてのものだった。
「それで……補佐官殿は私を敵国のものだと勘違いなさったのですね?」
「は、はい! 大変、大変、大変、申し訳ございませんでしたー!!」
補佐官は王の部屋のふかふか絨毯に頭をこすりつけ、深く深く謝る。
アレクがちょっと嫌だなーと思っている事など、気付きはしない。
そう、何故ニーナの事を、そしてグレイスの事を、敵国の人間だと勘違いしたのかを、恐怖から溢れ出そうになる涙をこらえ、補佐官は命をかけて語っていた。
そう、最初はちょっとした勘違いから始まった。
そう、呪い課長から聞いた名前が悪かった。
いや、聞いた相手が悪かった……と言える。
ナーニ・イッテンダー。
この国にはイッテンダー家など存在しなかった。
だからこそ他国の貴族だと勘違いした。
その上呪いの葉書の件だ。
確かに呪い課長は呪いの葉書ではないと言っていた。
ベランジェ様も呪いの葉書ではないと言っていたらしい。
だが補佐官はそうは思えなかった。
国の有名人が王の願いを断って城から出て行く。
そんな事はあり得ないと思ったのだ。
大の男が涙をこらえ、経緯を話すその姿を見て、皆何かしら罪悪感を感じていた。
ニーナは必ず届くようにとそんな可愛らしい願いを込めただけで、まさか呪いの葉書だと勘違いされてしまうとは思わなかった。
そして魔獣を売る際に少しでも高値で売れるようにと、それとアランに人生経験を積ませようと思った事が、まさかこれ程大事になってしまうとは思ってもいなかった。
少しでもお金……いえ、ベンダー男爵家の経済が潤えばと思っただけなのだが、まさかこんな事になってしまうとは……
グレイスが無事だったことで爆発寸前だった怒りが収まり、冷静さを取り戻したニーナは、ちょっとだけ胸がチクリと痛んでいた。
そして王であるアレク。
四人には自分の傍にいて欲しかった。
寂しかった……という事もあるが、自分だけセラニーナの傍に行けない事が悔しかったのだ。
ほんのちょっと「行かないで……」「戻って来て欲しい……」と呟いた言葉が、まさか国の崩壊を招くギリギリまでの大惨事になるとは、アレクもまた王としてちょっとばかし反省していた。
そしてシェリルとベランジェ。
弟の様な存在の可愛いアレクを揶揄った。
ニーナからの手紙を見せて揶揄った。
良いだろう? 良いでしょう? と自慢して揶揄った。
ちょっとだけ大人げなかった自分たちを反省していた。
そしてアルホンヌ。
アレク兄の事は俺が守る! と言っていたのに、ニーナからの連絡でさっさと城を後にした。
まあ国が平和だから……というのもあるし、後輩が育ったというのもあるし、国内移動だったというのもある。
だが何よりもニーナの傍にいれば楽しいんだもん! という欲に負けてしまった。
アレク兄を置いてきぼりにして、ちょっとだけ罪悪感を感じていた。
そしてクラリッサ。
クラリッサは今グレイスしか見えていない。
クラリッサが手を握っただけで頬を染め恥じうグレイス。
可愛い。
グレイスはただ可愛い。
もうクラリッサには他の事は見えていない。
今のクラリッサの頭の中では、グレイスを牢屋の中で抱きしめた時に、頭をなでなでされたり、頬を伝う涙を拭って貰ったり、「大丈夫、大丈夫」と優しく声を掛けられたりとして、嬉しかったなーという思いが込み上げていた。
それから見た目よりも体つきはしっかりとしていたなー、なーんてグレイスの体を想像したりもしていた。
とにかく今のクラリッサには補佐官など目に入っていなかった。
どうでもいい存在だった。
虫と一緒だった。
そう、グレイスの隣に座る幸せ。
もう絶対に離さない。
クラリッサはグレイスの事だけ考えていた。
「補佐官殿……いえ、バーソロミュー・クロウ殿」
「は、はい!」
ニーナに名を呼ばれ、補佐官はやっと顔を上げた。
額には絨毯の赤い糸くずがベッタリと付いている。
掃除はきちんとされているが、補佐官の汗の酷さに張り付いてしまった様だ。
それを見てアレクがちょっとだけ顔をしかめる。
自分の部屋が補佐官の汗で汚されるのが嫌なようだ。
ニーナはそんな様子は気にすることなく話を続けた。
「色々とありましたが、これからはアレクを支えこの国を一緒に守って参りましょう……」
「は、はい! も、勿論です!」
ホッとした。
バーソロミュー・クロウはホッとしていた。
許された、もう大丈夫。
殺されはしない。
それが何よりも嬉しかった。
だが……
「クロウ殿」
「あ、はい!」
「私の名はナーニ・イッテンダーではなくニーナ・ベンダーと申します」
「あ、はい!」
補佐官は笑顔で頷く。
この小さな少女が何者かはハッキリとは分からないが、国王陛下が「ママン」と呼んでいた人物なので、見た目以上に凄い人であることは何となく分かっている。
それに名前も、皆が「ニーナ様、ニーナ様」と呼んでいたので、自分の情報が間違っていたことは流石に気が付いた。
補佐官が納得する姿を見て、ニーナの可愛らしい笑顔を浮かべた言葉が続く。
「私はニーナ・ベンダーであり、元大聖女のセラニーナ・ディフォルトなのです。フフフ……クロウ殿、これからも仲良く致しましょうね……」
「えっ? ええええーーーー?!」
補佐官は思わず大声を上げたが、そう言えば王が時折ママンではなくセラニーナ様と呼んでいたことを思いだした。
自分が攻撃した相手がセラニーナ様?!
補佐官は余りの衝撃的な言葉を聞き情報が追いつかず、正座したままフラフラヨレヨレになっていた。
ニーナの秘密を知った王の補佐官バーソロミュー・クロウの今後がどうなるか……
今は誰にも分からないのだった。
☆☆☆
おはようございます。白猫なおです。(=^・^=)
補佐官の厳罰を望んでいた方申し訳ございません。バーソロミュー・クロウは引き続き本編に登場し続け、胃に穴が開きそうな毎日を過ごす予定でございます。
グレイスが海よりも広い心でクロウ補佐官を許した今、皆も落ち着き自分たちも悪かったかも?と反省をしました。なのでクロウ補佐官には精神的苦痛のみのお仕置きになりました。
ただ……このまま続くのである意味彼には辛いかもしれません……。
クロウ補佐官には頑張って貰う予定です。(=^・^=)
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